首輪 〜性奴隷 律の調教〜

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R side  瀬戸宅にて ep1

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目を薄く開けると、見覚えのない天井にきらきらと木漏れ日が揺れていた。
心地良い寝具の中で、まだ意識が睡眠と覚醒の中間にいるみたいだ。
時間の感覚が無い。ずっと眠っていたような気がするけど、頰に触れる穏やかな風にもう一眠りしてしまいたくなる。

僕は、意識がある時ほとんどこういうリラックスした気持ちにならない。小さい頃から、ずっとそうだった。
次々に訪れる苦しみに、気を緩めると自分が壊れるような気がしていた。

だから分かる。
こんな落ち着いた気分でいられる理由が。
今、僕は薬を打たれている。

まぶたをもう一度ゆっくり開けて、斜め上の方を見ると、点滴の袋が吊り下げられていた。
僕は納得して、特に抵抗する気にもなれず、ふわふわとした気分のままベッドへ沈み込む。誰かが僕をこの状態で居させたいなら、それで良い。何も思い出せないけれど、すごく辛かった気がする。
僕はもう疲れてしまった。
何かを考えたり、思い出したりするのは危険だと、心のどこかで分かっているみたいだ。
僕は何も考えたくない。このまま、ずっとここでぼんやりとしていたい。

小さくなって眠ろうした時、異変に気付いた。手首と足首の違和感。どうやらベッドに拘束されているみたいだった。

その事実にも、僕の思考はまだ輪郭を結ばない。ただ事実を事実として受け止めているだけだ。
薬が効いているからだろうか。
だとしたら、この薬が僕の人生の中で唯一の救いになりそうだった。この薬の海の底に永遠に沈んでいたかった。



「気が付いたの?」
不意に声を掛けられる。どうやら目を開けたまま朦朧としていたみたいだ。
声の方へ目をやると、眼鏡を掛けた背の高い男の人がベッドの横に立っている。声で男だと分かったが、顔立ちは女性的で、美しい人だった。顔中に猫に引っかかれたような傷があり、どこか間抜けな印象を拭えない。

でも、どんなに優しそうな人も僕には凶暴になり得る。だから、気を抜いちゃいけないんだ。分かっているのに、緊張感をどこかに置いてきたみたいで、眠気が押し寄せて来る。
声がうまく出なくて、口を開けたまま何も言えずにいると、その人は何かを悟ったように点滴の袋を見上げて、薬が落ちて来るスピードを調節する。降りしきる雨の日の雨どいから滴り落ちるような速さだった薬液が、数秒に一滴の遅さに切り替えられ、僕の心を僅かに曇らせる。

「昨日のことは覚えてる?」
その人が白衣を着ていることに気付く。お医者さんなのだろうか。僕のイメージするお医者さんとは少し違う。
僕は黙って首を横に振る。
「じゃあ、ここに来てからのことは何か覚えてる?」
どうやら僕は、ここに来てから幾らか日が経っているらしい。
僕はまた黙って首を横に振る。
その人は僕の反応に答えるように笑顔を見せる。安心してしまいそうな笑顔だった。
「今日はすごく落ち着いてるみたいだね」
薬が合ってたのかな、と呟いてその人は僕の手首の拘束を解いた。
軽くなった腕をほんの少し動かして、ゆっくり布団の中へ入れる。大人しくしている僕の様子を見ると、その人は足の拘束も外してくれた。
僕が不思議そうにその人の行動を目で追っていたからか、困ったように笑ってベッドサイドへ腰掛ける。
「僕がケガするのは良いんだけど、律くんがケガすると桐山に怒られるからね」
少し痺れた足首の感覚に気を取られていて相手の言葉を理解するのに時間がかかる。
僕は無意識の間に自傷する癖があった。その事を言っているのだろうか。この人の顔の傷は、僕が抵抗して付けたのだろうか。まだ頭の中が霞がかかって、一つ一つの言葉に理解が追い付かない。

桐山。
桐山。
聞いたことがある名前だ。
だけど思い出さない方がいいと本能が告げている。
桐山。
桐山。
ああ、そうだ。
御主人様に、新しい御主人様になる人だと言われた人だ。
新しい御主人様。
もう僕は、以前の御主人様のものじゃないんだ。
いらないから、捨てられたんだ。
いらないから、もう、僕はいらないから。

蘇った記憶に体が痙攣するのが分かる。息が苦しい。

僕は、御主人様に捨てられたんだ。
死にたい。死にたい。
御主人様に必要とされないなら、僕は生きていたくない。

急に暴れ始めた僕にその人は慌てて誰かを呼ぶ。看護師さんが走って来て、また手足を繋がれた。
それでも泣きながら何かを大声で叫んで体を捩らせる僕を見て、また点滴のスピードが上げられた。

「律くん、大丈夫だよ。もう誰も傷付けないから」
その人はとても優しい声で、僕が全く望んでいない事を言う。
僕を殺して下さい、と僕は大声で叫ぶ。

はっきりし始めていた意識がまた朦朧とする。夢の底に落ちて行くような感覚だ。

ふと目の端に見えた窓の外の景色は、初夏の青々とした緑に包まれた庭だった。

御主人様に連れて行ってもらった、お花見のピクニックを思い出した。僕は外で食べるお弁当が大好きだった。
初めて海を見に行った日や、真冬の別荘の大きなストーブの前で本を読んでもらった事、クリスマスの日の朝のツリーへ走るわくわくした気持ちが突然蘇る。

大切過ぎて、幼い頃の美しい思い出を、僕の大きくなってからの汚い日常で汚したくなくて、ずっと思い出すこともなく守ってきた思い出の箱が、薬の力で急に開いたみたいだった。

御主人様の優しい横顔が脳裏をよぎって大粒の涙がこぼれる。
迷子になった日に、迎えに来てくれた御主人様と手を繋いで家まで帰った日の事だった。僕がどこでどんなに迷っても、もうあんな事は起こらない。

悲しくて悲しくて、涙が止まらなかった。

そして、唐突に最後の日の事を思い出す。
縋り付いた汚い僕を御主人様は抱き締めてくれたんだ。

「リツ、その桐山という男を殺しておいで。そしたらまたここに戻してあげよう」

御主人様が耳元で囁いた最後の言葉が蘇る。あの時も、御主人様はとても優しい顔をしていた。

そうだ。
僕の心は急に平穏を取り戻す。
だから僕はここに来たんだ。

僕は暴れるのをやめて、薄らぐ意識に逆らわずに目を閉じる。
そしてまた、深い眠りに落ちて行った。

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