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7 婚約破棄と国外追放
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「シルヴィア・アルストレイン! 本日をもって、お前との婚約を破棄する!」
貴族たちが集う華やかな夜会。重厚なシャンデリアが煌めく会場で、レオナルト王太子の鋭い視線がシルヴィアを射抜いた。
今日に限って妙に機嫌がよく、夜会への出席を許したアルストレイン公爵の口元には、ほくそ笑むような笑みが浮かんでいた。妹のセレスティーナも、勝ち誇ったようにシルヴィアを見つめている。
「……理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
静かに問い返すシルヴィアに、王太子は嘲るように鼻を鳴らした。
「理由だと? まさか本当に聞くつもりか、この引き籠もりが! 貴族としての義務も果たさず、社交の場にすらまともに顔を出さない。そんな者が、未来の王妃にふさわしいとでも思っているのか? お前は常に俺から背を向け、まるで幽霊のようにひっそりと閉じこもるばかりだったではないか!」
引き籠もり――そう言われても、シルヴィアは否定できなかった。実際、彼女はめったに部屋を出ない。だが、それには理由があった。父から決して口外してはならないと固く禁じられていた理由なので、この場でも言うことができないが。
「お前はたいした用事もないくせに、俺を避けるようにさっさと屋敷に戻ったな。王宮での講義の後の話だぞ。本来なら、俺や母上のお茶会に参加し、社交を学ぶべきだろう? だが、お前はそれすらしなかった。そのせいで、わざわざセレスティーナが代わりを務める羽目になったんだ!」
シルヴィアは、セレスティーナが自分の代わりにそんなことをしていたなど、今の今まで聞いたこともなかった。
「お姉様の非礼は、妹の私がなんとかしなくてはと思っただけですわ。どうかお姉様を責めないでください。お姉様は人とお話しするのが苦手なだけなのです」
セレスティーナは、シルヴィアがアルストレイン公爵から山のような仕事を押しつけられていたことには触れない。ただ、無垢な少女を演じるように微笑むだけだった。
レオナルト王太子はそんなセレスティーナに目を細め、優しく微笑む。
「セレスティーナは優しいな。だが、そんな優しい妹を虐げるとは、恥知らずもいいところだ。セレスティーナの侍女からも証言がとれている。アルストレイン公爵夫妻も、お前の横暴に困っていたそうだな?」
シルヴィアは思わず両親を見つめるが、アルストレイン公爵夫妻はしれっとした顔で頷いている。
「お父様、お母様。なぜそんな嘘を? 私がいつセレスティーナを虐めたと? 横暴? 私が一度だって我が儘をむりやり通したことがありましたか? それに……私にそんな暇があると思いますか?」
ルドヴィクは、シルヴィアがこれ以上口を開けば、自分が仕事を押しつけていた事実まで暴かれると悟った。焦りを隠すように咳払いをし、静かに諭すような口調で言う。
「素直に認めるんだ、シルヴィア。お前に王太子妃は無理だ。大丈夫だ、妹に王太子を譲れば丸く収まる。好きなだけ籠もっていられるんだぞ」
だが、王太子は冷笑しながら首を振った。
「何を言っている、アルストレイン公爵? シルヴィアの婚約破棄は当然として、それだけで済むと思うのか。こいつの罪は重い。国外追放に決まっているだろう?」
「……はい? 国外追放?」
ルドヴィクが思わず聞き返す。
「いや、それはまずい……」
「何がまずいんだ?」
レオナルトは軽く肩をすくめ、当然だろうと言わんばかりに続ける。
「セレスティーナは俺の婚約者となり、未来の王妃となる。そんな彼女を虐げていた悪女を、この国に置いておけるわけがないだろう!」
想定外の展開に、ルドヴィクは表情を引きつらせた。
「セレスティーナを虐めたとはいっても、姉妹喧嘩の延長に過ぎません。国外追放など、大げさすぎるのでは?」
ルドヴィクは冷や汗をかきながら言葉を選んだ。シルヴィアがいなくなれば、仕事を押しつける相手が消えてしまう。それだけは避けたかった。
「お父様。私が嘘を吐いているとでも? お姉様は私のリボンやドレスを欲しがり、あげないと言うと隠したり壊したりしました! それだけじゃありません。わざとドレスを汚し、ネックレスを引きちぎったこともあります! あれは紛れもない虐めです!」
大きな瞳を潤ませ、ポロリと涙を落とすセレスティーナ。その姿は、まるで儚げな天使だった。
シルヴィアは呆然とするしかなかった。
――それ、全部あなたが私にしてきたことじゃない。
何かの冗談かと思うほど、堂々とした嘘。だが、両親は当然のように頷いた。
「……もちろん、セレスティーナが嘘を吐くはずがないさ。シルヴィアは悪い子だった。それは認めよう」
「ええ、旦那様の仰るとおりですわ。可愛いセレスティーナが嘘をつくわけがありません」
――お父様、お母様。あなたたちは知っているでしょう? セレスティーナが私に何をしてきたのか。それでも、私が悪いと決めつけるのね。そんなにもセレスティーナのほうが大事なの?
胸の奥が冷たくなっていく。
「ならば、国外追放は妥当だな。性根の腐った引き籠もりの悪女め、この国から消え失せろ!」
王家の騎士たちに腕を掴まれ、シルヴィアは馬車へと押し込まれた。
そして――
馬車が止まったのは、国境の森の手前。
「降りろ」
騎士の冷たい声が響き、シルヴィアは足元の固い地面へと押し出され、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。乾いた土が舞い上がり、むき出しの膝に鋭い痛みが走る。手をついた掌もじんと痺れ、擦り傷からじわりと血が滲んだ。
戸惑う間もなく、砂埃を巻き上げながら、馬車はそのまま走り去っていった。
荷物も、金貨も、飲み水すら何も持たされていない。
風が吹き抜ける。
夜の森が、静かに口を開いていた。
シルヴィアは、ただ立ち尽くすしかなかった。
一方、その頃――バルディア王国では……
貴族たちが集う華やかな夜会。重厚なシャンデリアが煌めく会場で、レオナルト王太子の鋭い視線がシルヴィアを射抜いた。
今日に限って妙に機嫌がよく、夜会への出席を許したアルストレイン公爵の口元には、ほくそ笑むような笑みが浮かんでいた。妹のセレスティーナも、勝ち誇ったようにシルヴィアを見つめている。
「……理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
静かに問い返すシルヴィアに、王太子は嘲るように鼻を鳴らした。
「理由だと? まさか本当に聞くつもりか、この引き籠もりが! 貴族としての義務も果たさず、社交の場にすらまともに顔を出さない。そんな者が、未来の王妃にふさわしいとでも思っているのか? お前は常に俺から背を向け、まるで幽霊のようにひっそりと閉じこもるばかりだったではないか!」
引き籠もり――そう言われても、シルヴィアは否定できなかった。実際、彼女はめったに部屋を出ない。だが、それには理由があった。父から決して口外してはならないと固く禁じられていた理由なので、この場でも言うことができないが。
「お前はたいした用事もないくせに、俺を避けるようにさっさと屋敷に戻ったな。王宮での講義の後の話だぞ。本来なら、俺や母上のお茶会に参加し、社交を学ぶべきだろう? だが、お前はそれすらしなかった。そのせいで、わざわざセレスティーナが代わりを務める羽目になったんだ!」
シルヴィアは、セレスティーナが自分の代わりにそんなことをしていたなど、今の今まで聞いたこともなかった。
「お姉様の非礼は、妹の私がなんとかしなくてはと思っただけですわ。どうかお姉様を責めないでください。お姉様は人とお話しするのが苦手なだけなのです」
セレスティーナは、シルヴィアがアルストレイン公爵から山のような仕事を押しつけられていたことには触れない。ただ、無垢な少女を演じるように微笑むだけだった。
レオナルト王太子はそんなセレスティーナに目を細め、優しく微笑む。
「セレスティーナは優しいな。だが、そんな優しい妹を虐げるとは、恥知らずもいいところだ。セレスティーナの侍女からも証言がとれている。アルストレイン公爵夫妻も、お前の横暴に困っていたそうだな?」
シルヴィアは思わず両親を見つめるが、アルストレイン公爵夫妻はしれっとした顔で頷いている。
「お父様、お母様。なぜそんな嘘を? 私がいつセレスティーナを虐めたと? 横暴? 私が一度だって我が儘をむりやり通したことがありましたか? それに……私にそんな暇があると思いますか?」
ルドヴィクは、シルヴィアがこれ以上口を開けば、自分が仕事を押しつけていた事実まで暴かれると悟った。焦りを隠すように咳払いをし、静かに諭すような口調で言う。
「素直に認めるんだ、シルヴィア。お前に王太子妃は無理だ。大丈夫だ、妹に王太子を譲れば丸く収まる。好きなだけ籠もっていられるんだぞ」
だが、王太子は冷笑しながら首を振った。
「何を言っている、アルストレイン公爵? シルヴィアの婚約破棄は当然として、それだけで済むと思うのか。こいつの罪は重い。国外追放に決まっているだろう?」
「……はい? 国外追放?」
ルドヴィクが思わず聞き返す。
「いや、それはまずい……」
「何がまずいんだ?」
レオナルトは軽く肩をすくめ、当然だろうと言わんばかりに続ける。
「セレスティーナは俺の婚約者となり、未来の王妃となる。そんな彼女を虐げていた悪女を、この国に置いておけるわけがないだろう!」
想定外の展開に、ルドヴィクは表情を引きつらせた。
「セレスティーナを虐めたとはいっても、姉妹喧嘩の延長に過ぎません。国外追放など、大げさすぎるのでは?」
ルドヴィクは冷や汗をかきながら言葉を選んだ。シルヴィアがいなくなれば、仕事を押しつける相手が消えてしまう。それだけは避けたかった。
「お父様。私が嘘を吐いているとでも? お姉様は私のリボンやドレスを欲しがり、あげないと言うと隠したり壊したりしました! それだけじゃありません。わざとドレスを汚し、ネックレスを引きちぎったこともあります! あれは紛れもない虐めです!」
大きな瞳を潤ませ、ポロリと涙を落とすセレスティーナ。その姿は、まるで儚げな天使だった。
シルヴィアは呆然とするしかなかった。
――それ、全部あなたが私にしてきたことじゃない。
何かの冗談かと思うほど、堂々とした嘘。だが、両親は当然のように頷いた。
「……もちろん、セレスティーナが嘘を吐くはずがないさ。シルヴィアは悪い子だった。それは認めよう」
「ええ、旦那様の仰るとおりですわ。可愛いセレスティーナが嘘をつくわけがありません」
――お父様、お母様。あなたたちは知っているでしょう? セレスティーナが私に何をしてきたのか。それでも、私が悪いと決めつけるのね。そんなにもセレスティーナのほうが大事なの?
胸の奥が冷たくなっていく。
「ならば、国外追放は妥当だな。性根の腐った引き籠もりの悪女め、この国から消え失せろ!」
王家の騎士たちに腕を掴まれ、シルヴィアは馬車へと押し込まれた。
そして――
馬車が止まったのは、国境の森の手前。
「降りろ」
騎士の冷たい声が響き、シルヴィアは足元の固い地面へと押し出され、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。乾いた土が舞い上がり、むき出しの膝に鋭い痛みが走る。手をついた掌もじんと痺れ、擦り傷からじわりと血が滲んだ。
戸惑う間もなく、砂埃を巻き上げながら、馬車はそのまま走り去っていった。
荷物も、金貨も、飲み水すら何も持たされていない。
風が吹き抜ける。
夜の森が、静かに口を開いていた。
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一方、その頃――バルディア王国では……
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