ザ・リベンジャー

tobu_neko_kawaii

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序章

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 両親が事故で死んだのは、俺が高校に上がってすぐだった。

 親戚は皆無で、施設で生活するか己で生きて行くかの選択を、俺とたった一人の家族である妹はすることになる。

 俺は高校を止め、アルバイトで生計を立てながら妹と暮らすことを選んだ。

 勿論周囲には反対されたが、それをするだけの意志を持てる理由が俺にはあった。

 その意志を支えたのはカワイイ妹で、妹のためなら人生をかけて働いて死ねると思っていた。

 朝、昼、晩のバイト、開いた休日は日雇いのバイトで稼いで、生活費と将来の妹が通う大学の学費を稼ぐ日々、妹の手作り弁当を持ってその日も家を出た。

 だけど、家を出た後からの記憶が無くなって、次に気が付いた時はテレビで見たアニメに出てくる何かを召喚をする魔法陣の上だった。

 天井は学校の体育館なんか比較にならないほどに高く、床や柱は一瞬顔が映るかもと思わせるほどに輝いていた。

「もし――」

 そう声をかけてきたのは、昔話に聞く西洋のお姫様の格好をした女の子で、歳は二十一の俺が言うのも変だけど歳下か歳上か定かではなかった。

「……だ、誰ですか?」

 突っ立ていた俺に、その子は優しい笑みで話しかける。

「ここはクライテニアという世界、その一つの国アルダイナ王国の王都ですわ」
「お、俺は……」
「名をお聞きするのは後にしましょう、それよりもまず説明すべきことが沢山ありますから」

 彼女はまだ夢だと思っている俺に、丁寧に丁寧に事の経緯を教えてくれた。

「ここは勇者を召喚する神聖な場所、と言っても勇者様は一人、それ以外に召喚された者はすべて勇者様の同行者、あなたも同じく同行者というわけですわ」

 そして、俺は勇者の同行者であると言われた。

「召喚された者は等しく、加護と何らかの使命を持ちになりこちらへ召喚されています」

 使命とは、勇者であるとか賢者であるとか戦士であるとか聖職者であるとか、所謂ゲームなどの職業――ジョブのことだそうだ。

 そこまで説明された段階で、俺は夢ではなく現実なんだという自覚を持ち始めていた。

「元の世界へ帰してくれない?俺は冒険とかしている場合じゃないんだけど」

 そう言った俺に、彼女が告げるのは最悪の回答で。

「残念ながら、この世界に召喚された方を元の世界へ帰す事は叶いません」

 そんな馬鹿な話があるだろうか。苦しいながらささやかな平穏だった生活を奪われ、帰ることもできないなど。

 そう告げられた俺は彼女を両手で掴んだ。

「帰してくれ!妹が待ってるんだ!妹にはまだ俺がいないと!いや、俺しかいないんだ!」

 そう彼女に言うと、不意に現れた甲冑姿の騎士に殴り飛ばされた。

「無礼者が!王女様に触れるな!」

「おやめなさい」

 血を噴き出すほどの威力で頬を殴られた俺は、そのまま倒れてしまうが、痛みを感じたのは数秒で、体の傷はすぐに治癒し始めた。

「その治癒力こそ神が召喚者に対し与えたもう加護です、それは召喚者を癒す聖なる力です」

 その瞬間からはもう、彼女の御託はどうでも良くなっていた。

 うな垂れる俺は、彼女に連れられてその建物の狭い個室の中へ入れられ、妙な爺さんにマジマジと顔を見られる。

「残念ながら、彼の使命はありません」
「……使命がない?では彼は――」

 二人が何を言っているかは聞いていた、だけど、その時の俺は絶望の入り口にいて、二人の話何て理解していなかった。

 そして、動転していた気が落ち着く頃、俺の前を歩くのは兵士だけになって、姫の姿はもう周囲にはいなかった。

 景色が大きな門の前まで行くと、ようやくそこが教会のような建物、いや、むしろ神殿のような建造物だと気が付いた。

「去れ、好きにするがいい」

 兵士はそう吐き捨てるけど、右も左も分からない状況に俺は怒りをぶつけた。

「好きにって!呼んだのはそっちだろ!ちゃんと責任を持てよ!」

 食って掛かる俺に、兵士の対応は再びの暴力だった。一発二発じゃない、殴りたいだけ、気が済むだけ殴ると兵士は言う。

「去れ、命があるだけましだったと思うことだ」

 人生で殴られたことなどほぼ一度もない俺は、痛くて悔しくて苦しかった。

 クソが、クソが、クソが!こんな理不尽があっていいのか!こんな、何で俺がこんな目に!

 それから俺は自身がどこにいるのか、これからどうすればいいのか、そんなことを街の片隅で座って考えた。いや、考える事しかできなかったんだ。

 誰も教えてはくれない、誰も俺が召喚されてこんな酷い目に遭っている事を知らない。

 この世界に召喚された事実、帰れない事実、召喚した者には頼れない事実。

 次に理解したのは文字が読めないこと、言葉は通じるが、常識が一切通じないことだ。

 働くにはどうしたら、そう考えて行動した俺は更なる理不尽と対峙する。

「働きたいだ?なら身分証を出せ……ん?ないだと!なら身分証を手に入れてから出直しな」

 この街で働くには身分証が必要で、身分証は銀貨三枚、それを稼ぐことから始めなくてはならなかった。

 だが、働くには身分証、身分証には金、金には働く、つまりは不可能であることがすぐに分かった。

「どうしてこんなに不便な世界なんだ」

 働かずして金を得る方法は、施しを受けるか、盗む、そのどちらで、俺がどちらを選択するかは明白で、すぐに物乞いを始めた。

「お願いします!身分証を買うお金を分けて下さい!お願いします!」

 こんなところで死んではいられない、俺は妹の元へ帰らないと。

 でも、誰も俺に硬貨一枚すら分けてはくれなかった。

 銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚、金貨十枚で白金貨一枚の価値があると知ったのは、屋台で買い物している様子からだった。

 俺が着ている服は、目覚めた時からボロイこっちの世界の服だったため、それを金にすることはできないし、アニメのようにはいかない。そんな事実だけを考えると、あの姫が俺にコレを着せたのかもしれないけど、今は姫も恨んでいたから考えないようにしていた。

 もう一度物乞いを始めてすぐ、兵士がやってきて俺は捕まった。

「お前!ここで何をしている!」

 この街では物乞いを禁止する法がある、それを知ったのは兵士にボコボコにされた後だった。

「この国の簡単な決まりさえ守れないのか!この愚民が!」

 クソったれの拳で、傷の上にさらに傷が刻まれて、死ぬんじゃないかとさえ思えた。

 そうして、次の日に解放された俺は、正直言ってこの世界もこの国も街も人もクソだと思っていた。傷は加護とやらで直ぐに癒えるけど、それがなんだっていうんだ。

 空腹で腹が鳴り、喉が渇いても銅貨一枚の薄汚れた水すら飲めない。死にたい、そんな気持ちで街を出ようとしてふらついていた。

「あんちゃん、これ飲みな」

 物乞いは禁止されているが、施しはこの国の法で禁止されてはいない。

「生きてりゃどうにかなる、諦めるなよ」

 そう言う老人はボロを身に纏い、体中ボロボロなのに、俺にコップ一杯の水とパンをくれた。

「……おじさん……ありがとうございます!」

 その固い噛みごたえしかないパンを涙を流しながら頬張ると、今まで生きてきた中で一番うまい、そう思えてしかたがなかった。

 そうして何とか動けるようになった俺が、その後目にしたのは小さい子どもが、首から下げた証明書で、ジッとそれを見て羨ましく思っていた。

 盗む、その考えを行動に移さないのは、さっきの老人のおかげだ。

 街を囲う壁、勇者が呼ばれる世界だ、魔物だのなんだのがいるに違いない。

 街の門は小さなビルに匹敵する高さで、そこを抜けるのに身分の保証が要らないのがせめてもの救いだった。

 門を抜けた俺は、行商人と使命――ジョブを持つ男との会話をたまたま耳にする。

「魔物が出たら俺を囮にして逃げる、俺はそのまま囮として魔物を引き付ける、あんたは荷物も無事で払うのは銅貨十枚、どうだい?」
「なるほどな、野盗が出ても同じように囮になってくれるんかい?」

「なるなる、俺の使命は狩人、南の森でなら野盗や魔物くらいは簡単に撒けるさ」
「分かった!雇うとしよう!」

 積み荷に対する補償として銅貨十枚は簡単に出す、俺はそれを知るとすぐに行動に出た。

 数々のアルバイトの経験で、会話スキルはさっきのおっさんよりも上だ。

 多少常識に欠けるが、積み荷の相場、野盗の危険性、それを鑑みて交渉すれば。

「分かった、銅貨十五枚だ、言っとくが、お前が死にそうでもワシは逃げるぞ」

「オケー!全額前金でもらえれば俺を見捨ててくれて構わないですよ!」
「オケ?……ま、なんでもいいか、お前さん元気だしな」

 上等じゃないか、命なんてもうそこまで価値もない。これぐらいの賭け、今の俺にはどうということはなかった。

 デコイ、俺が今できるのはせいぜいその程度で、慣れない荷馬車に揺られながら、武器も防具も経験も補償もないまま、俺は他人の荷物より安い金を稼ぐためにその命を対価とした。
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