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しおりを挟む「君、肌白いよね」
「なっ、ーー!?」
指を刺した鎖骨。ようやく彼はシャツのボタンをほぼ全開にさせられていることに気付いたらしい。慌ててシャツを寄せて隠した。
ほんとうに無防備だ。
「隠したかったのはチョーカーじゃなくて、キスマークだったんだ?けど色も薄いし、小さいね」
「……、や、離してっ!」
腰を引き菊池から逃げ出そうと試みているが、小柄でオマケに細い体などいとも簡単にねじ伏せられる。
(番いがいないΩが不用心にキスマークなんてつけてたら、周りから何を思われるのか、ちゃんと分かってんだろうね)
才能の塊だと称賛されエリート層が多いαと、彼らを惑わすフェロモンを持ち発情期があるΩ。
とくに男のΩは、どんなに社会的な体制が変わろうとも劣っていると疎まれ、蔑まれる。
か弱く、誰か…αの加護がなければ生きていけない生き物。
「目的は、なに…?」
「うん、目的?」
「お金はありませんが…でも、あの人が…卒業するまでは…っ」
「あ、そうくる?」
Ωの欲情相手がβなんて御伽噺だ。偏見の目が愛しいセフレに向かないようにしたいらしい。
けどそのβに、大事にされていない君。なんとも健気で、馬鹿らしい。
何も言わなくなった菊池を前に、歩はぐっと横になったまま目線を下げた。
心底傷付き、泣きそうになっているのを必死で堪えているのだろう。
「俺、金とかに興味はないんだけど…。黙っとく代わりに、一つだけいい?」
「…なんですか?」
「隠した鎖骨、ちゃんと見せて?」
「…え」
白い肌に痩せた体。
つけられた花びらたちを散々眺めた後だったが、眠っている相手には興奮しなかった。
「大丈夫。先生も帰ってくる気配ないし…。でも早くしないと俺の気が変わっちゃうかもよ?」
「で、でも…っ…」
裸になれと要求しているわけじゃないのに戸惑っている。
俺だって別にお前の身体に興味があるわけじゃない。
欲しいのは、その匂いだけ
「面倒くさいしアイツを呼ぼうか?この状況みて、なんて思うかは知らないけど」
「だ、だめっ!…言うとおりにするから…っ」
「なら、早く」
ぐっと下唇を噛んで、そっと胸元を露わにする。
「首元、もっと出せよ」
「…っ、や…やだっ」
やだ。ってさ、可愛いーね?
けどもっと嫌がって欲しいなぁ
この、いい匂いの正体が汗とかの体臭とフェロモンが混じり合ったものなら
歩が興奮すればするほど、増すはずだ。
「素直にゆうこと聞いてくれたら、手を離してあげるし、もう帰るよ」
帰る。の言葉に反応したのか肩が揺れるのが見えた。
ぐいっとシャツを引っ張り、恐る恐る首を横に傾けると、いくつかの斑点が見えた。
緊張した汗のせいか
思ったよりも、ぶわっと…、匂いが増した…。
「あ"っ…!、痛っ!!」
思うより行動が先だった。
抵抗する手も体も、ベッドに押さえつけて肩に食らいついた。
ほんのりと、口の中に充満する鉄の味。
強く噛んでいるつもりはないのに、彼は恐怖で声が出なくなってしまったらしい。
「…や、痛っ、…きもち、わるっ…い!」
気持ちが悪い?
当然の反応なんだろうけど、誰かに見られたくない気持ちが強いのか、たいして声は出せていない。
なら好都合だと、細く微笑んだ。
* * *
「ふっ…・、や、っ…」
どれほど、そうしていただろうか。
うつ伏せ状態にされたまま彼は自分の口を押さえ必死に声を殺していた。
「怯えなくて大丈夫。いまみたいに静かにしてくれるなら、もう痛くしないから」
「…っ、…・…」
信じない!と左右に首を振って無言の抗議をしているがジタバタはしない。
ー 早く、早く終わって!
完全に思考は痛みと恐怖に支配されているのか
いっそ保健医が戻ってきて助けてくれるか、それともチャイムが鳴って解放されるかを望んでいるようだ
やたらと受け身だが、Ω故にこうした状況に慣れているのだろうか?
時間がくれば解放してもらえると…。
(残念だけど、そのつもりなら遠慮はしなくていいよね)
抵抗しないことをいいことに、ぐっとシャツをたくし上げ背中や脇に舌を這わせてみたり、甘噛みをしたりを繰り返す。
「ゃ、っ、…っ!痛、…」
ちゅうっと吸い上げると痛かったのかまた悲鳴を出す。
(ま、君が叫んで暴れたところで殴って黙らせたらいいだけだったし…こっちの方が平和でいいや)
すんすんと鼻息が肌に触れるたび、また噛まれるのかと小刻みに震えるとフェロモンが漏れている。
兎は天敵に狩られた時、なるべく苦しまないよう快楽に似たホルモンを出すと聞くが、αに捕食されるΩも同じなのだろうか…?
(………チョーカー、邪魔だな)
ヒート状態ではないから番い関係にならない。そう分かっていても、弱点を噛んで全てを蹂躙して、支配し尽くしたい。
動けなくなるほど殴って、噛んで、舌で抉って
最後は抱きしめて深く消えない証を刻み込んで、そばに置いてー…
「も、…、離せよっ!!」
「………!?」
突然の大声でハッと我に帰った。
Ωの弱点である首筋を触ると、いままで以上の身の危険を感じたらしい。
体格差で払い除けることは出来ずとも、渾身の力で身を捩って睨みつけてくる。
(俺…、なにを考えて…た?)
「っ、こんなことしてっ、貴方は恋人とか…いたことないんですかっ」
(恋人?……あぁ。こいつには身を呈してでも庇いたいクソβがいるんだっけ…)
この強姦状態は棚上げで、心の中は冷ややかにテンションが急降下する。
「恋人とか面倒くさ。セックスできて気持ちよけりゃ良くない?」
「は!?」
「君だってβのセフレがいるじゃん。なに?まさかそんな純粋な気持ちで付き合ってるわけ?」
何故だろうひどくイライラし始めるのは。
けど止まらない。
産まれて、はじめて 理性を失いかけていた…。
「……君さ、俺んとこ来ない?」
「!?」
そんな言葉が自然と出た事が不思議でたまらない。
涙目のまま菊池を凝視している。
「やっと俺の顔…ちゃんと見てくれたね」
それだけのことが、ひどく嬉しくて彼の頭を撫でる。
(なんだか今日はやたらと調子が狂うなぁ…)
けど、もっと彼が俺を見てくれたら――――…。
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