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【黒の創造召喚師 ―Closs over the world―】
第051話 水火の相克②
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健介が当主の「御水無瀬」を始め、「鏑木」・「火之輪」・「金城時」・「土御門」の五家門は、首都近辺を五分割した区域に結界を施しており、魔物の存在をいち早く察知できる体制を構築している。
今回、千陽が現場に素早く向かうことができたのもこの結界によるものだった。具体的にどの区域まで結界が張られているのかは非公開とされ、その情報は五家門に属する人間にしか共有されていない。
千陽が戦ったオーガの魔物は、御水無瀬家が担当する区域であったために彼女がいの一番に駆け付けられたというのが真相だ。
(五家門による結界、その網に引っ掛かった魔物に関しては、すべからく担当外の他の家にも伝えられる。だが……それは所詮、明文化されていない規律だ。破ろうとすればいくらでも破ることができる)
健介は背もたれに身を預けながら、ぼんやりと天井を見つめつつ思案に暮れる。彼の考える通り、魔物に関する情報は「他の家にも共有される」よう当主間で取り決めがなされてはいる。しかしながら、それは「暗黙の了解」とも呼ぶべきもので、明確に文書化されているわけでもなければ、違反しても罰則があるわけでもない。
「はぁ……尊琉君に関しては、今さらどうこう考えても仕方がない。しばらくは千陽の動向に目を光らせておくほかないか。それよりも――」
健介はむくりと天井に向けていた目を、作業机の脇に移す。彼の視線の先には、妖しげな紅き輝きを放つ魔煌石がある。それは病院のベッドで寝ていた千陽に見せたもの――ナイトオーガの身体にあったもの――である。
「逃げた魔物の行方を追うのが先決だな。そのためにも、まずは千陽から得た情報を他の家にも共有しておくとするか。千陽によれば、逃げた魔物は討伐されたものより弱いとの話であったし、魔煌石の保管手続きは、とりあえず後回しにしておくとしよう」
健介は深く息を吐くと、端末に向かって他の四家の当主宛てにメールにて魔物の特徴を連絡する。
この時、彼は一つの思い違いをしていた。
――逃げた魔物は弱く、一体のみである
という思い込みである。
この判断が、後々大いなる脅威となって自らの身に降りかかろうとは、まだこの時は知る由も無かった――
◆◇◆
時間は少し遡り、ゼクスがアザエルと共に九条の「食事」の様子を眺め終えてからしばらく経過した頃。自らの執務室へと戻ったゼクスのもとに、一人の女性が訪れた。
「……討伐された? それは確かな情報なのですか、アルファ?」
彼のもとに訪れたのは、長い金髪を後ろで一つに結わえた妙齢の女性であった。女性でありながらも、そのキビキビとした所作は、異国の騎士を連想させる。アルファと呼ばれたその女性は、ゼクスからの問いかけに対して淀みない口調で答える。
彼女はゼクスが抱える「ラウンドガード」と呼ぶ護衛役の一人だ。ラウンドガードは彼女の他に「ベータ」・「ガンマ」・「デルタ」・「イプシロン」・「ゼータ」の計6名により構成されている。
現在ゼクスの前に立つアルファは、そのラウンドガードを統括する人物であった。
「ハッ! まず間違いはないものと推察します。今回被験者の身体に埋め込んだ魔煌石はオーガとナイトオーガのものでした。その後の経過観察により両被験者は魔物化が進行し、オーガとナイトオーガの魔物となりました。しかしながら、侵食率が90%を超えた段階で完全に魔物と成り果て、これ以上の魔物化進行はリスクしかないと判断し、実験は失敗と認定。規定に則り埋め込んだ魔煌石を回収しようと部隊を動かしたものの、無事に回収できたのはオーガの魔煌石のみという結果になりました」
「そうですか……実験は失敗したと。相変わらず私や貴女のように侵食率が100%となっても魔物に喰われずに意識が『定着』する確率は低いですねぇ。まぁその確率を上げる方途を探るのは別の機会にしましょう。それはそうと、被験者は常にその位置を特定できるよう、全地球測位システムをの極小端末を体内に埋め込んでいるのでしたか?」
確認するように訊ねるゼクスに、アルファは直立不動の体勢のまま答える。
「はい、仰る通りです。具体的には被験者の脳に端末を埋め込み、常時位置を特定・把握できる体制を整えております。これに例外はありません。今回、ナイトオーガの魔物に関しては、回収部隊を動かしていた折にその反応が消失しました。GPS端末については、その特性上、被験者の生命活動が停止するとそれを感知して自動的に脳脊髄液に溶けて消える仕組みになっております。このことから、私は討伐されたものと判断いたしました」
「……なるほど。確かにそうしたシステムならば、貴女の判断は正しいでしょう。それで? 討伐されたと目されるナイトオーガの魔煌石の在処について、目星はついているのですか?」
スッと目を細めて訊ねるゼクスに、アルファはわずかに緊張を滲ませながら答える。
「は、はいっ! おそらくは、という予想ですが。被験者の反応が消えた際、その付近から病院に運ばれた者がいます。また、その運ばれた者の家より魔煌石から放たれる微弱な『魔力波』を観測しました」
彼女の言う「魔力波」とは、魔煌石より放射される特殊な電磁波を指し、他の鉱石と識別する際に用いられている。
石自体に特殊な電磁波が存在するなどとは専門的な研究をしていなければ見出すことは叶わなかったであろう。
こうした科学的なアプローチは、科学技術水準が高い地球――なかんずく、アザエルたち「ニーベルング」独特の手法だ。
「ほぅ……なるほど。戦闘による負傷により病院に運ばれた……といったところでしょうか。それで? その運ばれた患者の名は?」
静かに圧を込めて訊ねるゼクスに、アルファはゆっくりとその質問に答える。
「――御水瀬千陽。御水瀬神社の娘です」
彼女の口から紡がれた名に、ゼクスは眼鏡の縁をキラリと輝かせながら口の端をわずかに吊り上げた。
「なるほど。それなら、その御水瀬神社に目的のブツがあると見て間違いはなさそうですね。それでは……こちらの準備ができ次第、正面から堂々と取り返すこととしましょうか」
あくまでも淡々と、しかしながら有無を言わせぬ迫力を伴いつつゼクスは命ずる。
「魔煌石……それは我が主より賜った貴重な『手駒』を生み出す、まさに原石。手段は選ばん……何としても奪い返して来い。私の前に、あの紅き宝玉を差し出せ」
「ハッ! 全ては我らラウンドガードの総帥――ゼクス様の御心のままに……」
勢いよく告げたアルファは、そのまま踵を返してゼクスの執務室から去っていく。
「ふむ、私の忠犬たちを放ったことですし……あとは結果をご覧じろ、といったところでしょうかね」
ゼクスは今しがたアルファが退出した際に閉めた扉を眺めつつ、ふと心の底から湧き上がった言葉をそのまま虚空へと放つ。
次いで、ギシリ音を立てて背もたれに身を預けた彼は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらそっと呟く。
「さてさて……アルファたちは、一体いくつの首を狩って来てくれるのでしょう。フフッ、これもまた楽しみの一つですね……」
ゼクスの口から紡がれた問いに答える声はなく、その言葉はただ溶けるように宙に消えていった。
今回、千陽が現場に素早く向かうことができたのもこの結界によるものだった。具体的にどの区域まで結界が張られているのかは非公開とされ、その情報は五家門に属する人間にしか共有されていない。
千陽が戦ったオーガの魔物は、御水無瀬家が担当する区域であったために彼女がいの一番に駆け付けられたというのが真相だ。
(五家門による結界、その網に引っ掛かった魔物に関しては、すべからく担当外の他の家にも伝えられる。だが……それは所詮、明文化されていない規律だ。破ろうとすればいくらでも破ることができる)
健介は背もたれに身を預けながら、ぼんやりと天井を見つめつつ思案に暮れる。彼の考える通り、魔物に関する情報は「他の家にも共有される」よう当主間で取り決めがなされてはいる。しかしながら、それは「暗黙の了解」とも呼ぶべきもので、明確に文書化されているわけでもなければ、違反しても罰則があるわけでもない。
「はぁ……尊琉君に関しては、今さらどうこう考えても仕方がない。しばらくは千陽の動向に目を光らせておくほかないか。それよりも――」
健介はむくりと天井に向けていた目を、作業机の脇に移す。彼の視線の先には、妖しげな紅き輝きを放つ魔煌石がある。それは病院のベッドで寝ていた千陽に見せたもの――ナイトオーガの身体にあったもの――である。
「逃げた魔物の行方を追うのが先決だな。そのためにも、まずは千陽から得た情報を他の家にも共有しておくとするか。千陽によれば、逃げた魔物は討伐されたものより弱いとの話であったし、魔煌石の保管手続きは、とりあえず後回しにしておくとしよう」
健介は深く息を吐くと、端末に向かって他の四家の当主宛てにメールにて魔物の特徴を連絡する。
この時、彼は一つの思い違いをしていた。
――逃げた魔物は弱く、一体のみである
という思い込みである。
この判断が、後々大いなる脅威となって自らの身に降りかかろうとは、まだこの時は知る由も無かった――
◆◇◆
時間は少し遡り、ゼクスがアザエルと共に九条の「食事」の様子を眺め終えてからしばらく経過した頃。自らの執務室へと戻ったゼクスのもとに、一人の女性が訪れた。
「……討伐された? それは確かな情報なのですか、アルファ?」
彼のもとに訪れたのは、長い金髪を後ろで一つに結わえた妙齢の女性であった。女性でありながらも、そのキビキビとした所作は、異国の騎士を連想させる。アルファと呼ばれたその女性は、ゼクスからの問いかけに対して淀みない口調で答える。
彼女はゼクスが抱える「ラウンドガード」と呼ぶ護衛役の一人だ。ラウンドガードは彼女の他に「ベータ」・「ガンマ」・「デルタ」・「イプシロン」・「ゼータ」の計6名により構成されている。
現在ゼクスの前に立つアルファは、そのラウンドガードを統括する人物であった。
「ハッ! まず間違いはないものと推察します。今回被験者の身体に埋め込んだ魔煌石はオーガとナイトオーガのものでした。その後の経過観察により両被験者は魔物化が進行し、オーガとナイトオーガの魔物となりました。しかしながら、侵食率が90%を超えた段階で完全に魔物と成り果て、これ以上の魔物化進行はリスクしかないと判断し、実験は失敗と認定。規定に則り埋め込んだ魔煌石を回収しようと部隊を動かしたものの、無事に回収できたのはオーガの魔煌石のみという結果になりました」
「そうですか……実験は失敗したと。相変わらず私や貴女のように侵食率が100%となっても魔物に喰われずに意識が『定着』する確率は低いですねぇ。まぁその確率を上げる方途を探るのは別の機会にしましょう。それはそうと、被験者は常にその位置を特定できるよう、全地球測位システムをの極小端末を体内に埋め込んでいるのでしたか?」
確認するように訊ねるゼクスに、アルファは直立不動の体勢のまま答える。
「はい、仰る通りです。具体的には被験者の脳に端末を埋め込み、常時位置を特定・把握できる体制を整えております。これに例外はありません。今回、ナイトオーガの魔物に関しては、回収部隊を動かしていた折にその反応が消失しました。GPS端末については、その特性上、被験者の生命活動が停止するとそれを感知して自動的に脳脊髄液に溶けて消える仕組みになっております。このことから、私は討伐されたものと判断いたしました」
「……なるほど。確かにそうしたシステムならば、貴女の判断は正しいでしょう。それで? 討伐されたと目されるナイトオーガの魔煌石の在処について、目星はついているのですか?」
スッと目を細めて訊ねるゼクスに、アルファはわずかに緊張を滲ませながら答える。
「は、はいっ! おそらくは、という予想ですが。被験者の反応が消えた際、その付近から病院に運ばれた者がいます。また、その運ばれた者の家より魔煌石から放たれる微弱な『魔力波』を観測しました」
彼女の言う「魔力波」とは、魔煌石より放射される特殊な電磁波を指し、他の鉱石と識別する際に用いられている。
石自体に特殊な電磁波が存在するなどとは専門的な研究をしていなければ見出すことは叶わなかったであろう。
こうした科学的なアプローチは、科学技術水準が高い地球――なかんずく、アザエルたち「ニーベルング」独特の手法だ。
「ほぅ……なるほど。戦闘による負傷により病院に運ばれた……といったところでしょうか。それで? その運ばれた患者の名は?」
静かに圧を込めて訊ねるゼクスに、アルファはゆっくりとその質問に答える。
「――御水瀬千陽。御水瀬神社の娘です」
彼女の口から紡がれた名に、ゼクスは眼鏡の縁をキラリと輝かせながら口の端をわずかに吊り上げた。
「なるほど。それなら、その御水瀬神社に目的のブツがあると見て間違いはなさそうですね。それでは……こちらの準備ができ次第、正面から堂々と取り返すこととしましょうか」
あくまでも淡々と、しかしながら有無を言わせぬ迫力を伴いつつゼクスは命ずる。
「魔煌石……それは我が主より賜った貴重な『手駒』を生み出す、まさに原石。手段は選ばん……何としても奪い返して来い。私の前に、あの紅き宝玉を差し出せ」
「ハッ! 全ては我らラウンドガードの総帥――ゼクス様の御心のままに……」
勢いよく告げたアルファは、そのまま踵を返してゼクスの執務室から去っていく。
「ふむ、私の忠犬たちを放ったことですし……あとは結果をご覧じろ、といったところでしょうかね」
ゼクスは今しがたアルファが退出した際に閉めた扉を眺めつつ、ふと心の底から湧き上がった言葉をそのまま虚空へと放つ。
次いで、ギシリ音を立てて背もたれに身を預けた彼は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらそっと呟く。
「さてさて……アルファたちは、一体いくつの首を狩って来てくれるのでしょう。フフッ、これもまた楽しみの一つですね……」
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