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第四話
モデルデビュー(4)
しおりを挟む「大丈夫か?」
『ストレスで禿げそう……』
「兄貴の仕事の為にすまんな。禿げた時は薬塗ってやるよ」
乙女の禿げをそんな軽々しく扱わないで欲しい。
家に着いてキャリーケースから出してもらい、しばらくその場で呆然とする。
推しに抱っこしてもらいながら写真撮影とかどんなご褒美……!? 私このまま一生分の幸運を使い果たして死ぬんじゃないかしら、とうっすら不安にはなった。
いや、心臓へのストレスはすごかったけれど、過ぎた今となっては最高の思い出である。記憶にエフェクトがかかってキラキラしている。
二人で少し休憩した後、リビングの机で以前冬馬くんと迅くんが飼っていた猫について話す事になった。
「あんたの前に兄貴が拾って来た猫がこいつ」
そう言って迅くんがスマホの画面をこちらに向ける。
『この子……!!』
スマホの画面には、真っ白な毛並みに金色の目をした猫がお澄まし顔で写っていた。
私が猫になってしまったあの時に出会った猫の姿と酷似していた。
「名前はノエル。まだ子供だったけど、気位が高くって、拾って来た兄貴以外の人には全然触らせない猫だったよ。食べ物の好き嫌いも多くって、食べてくれるキャットフード探すのに苦労した」
『この子です! 私が猫になる前に会った子です!』
私が声を上げると、迅くんは目を丸くした。
写真から見ても気位の高さはよく感じられた。
つんとお澄ましの表情で、どの写真もカメラを見据えている。背中からのショットだって、くるりと振り返っており、決して無防備な姿は撮らせていない。
それこそ、カメラの前では決して気を抜かないスーパーモデルの様だと思った。緊張と混乱でカメラの前で目を回していた私とは雲泥の差である。
最初の方の写真は痩せこけて汚れていた子猫だったが、だんだんと美しく、健康的な姿になって行く。
『でも私が猫になった後、この子がいたところには人間の女の人がいた。すっごく綺麗で、白髪に金目の……それこそ人離れした感じだった。その時は意味が分からなかったけれど、猫と同じ白髪金目だし、今思えばあの猫が人に化けた姿だったのかなぁって』
あの時はパニックで何が何だか分かっていなかったが、幽霊がこの世に存在することを知った今は、自分がありえないと思っていたこともありえるのだと知った。
私の言葉に迅くんは眉間にシワを寄せて写真を見つめる。ありし日のノエルが窓辺に佇んでこちらに振り返っている、見返り美人の様な写真だった。
「ノエルは拾った時は本当に普通の猫だったんだ。最後の時まで霊力は感じなかった。真紀さんの言う通り、死んだ後になんらかの影響で妖怪化したのかもしれないな……」
「たっだいまー!!」
沈痛な雰囲気で話し合いをしていたのだが、底抜けに明るい冬馬くんのご帰宅ボイスでそれまでの重々しい空気は一瞬で霧散した。
迅くんが立ち上がって出迎えに行く。おそらく帰り道に引っ付けてきた物を祓いに行くのだろう。
「ただいま! みーちゃーん! 今日はお仕事お手伝いしてくれてありがとうねー!」
冬馬くんはテーブルに向かって突撃してくるので、びっくりしてケージの中へ慌てて逃げ込んだ。
「えー、さっきは大人しく抱っこさせてくれたのに……」
冬馬くんはしょぼんとしてケージの向こうからこちらを見つめる。
「さっさと手洗いとうがいして来い」
「はぁい」
相変わらず弟の言う事には素直に従って、冬馬くんは踵を返して洗面所へ向かう。
「ノエルを拾って来た場所?」
手洗いうがいをしている間に迅くんが淹れてくれたココアを飲みながら、冬馬くんは大きな目をパチパチ、と瞬いた。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「言ってたかもしれないが、あの時それどころじゃなかっただろ」
「ああ、まぁそうだったねぇ」
じろりと恨めしそうに言う迅くんに、冬馬くんは苦笑を浮かべる。
私を拾って来た時は前の経験があるからある程度活かせたのだろうが、ノエルを拾って来た時は二人とも猫を拾うのは全くの初心者。
何をするべきか、何が要るのかを調べ、実践していくのは相当大変だと思う。
しかも猫は言わずもがな生き物だ。弱っている個体だっただろうし、刻一刻と状況が変わる。冬馬くんはもちろん、迅くんの心労は計り知れなかっただろう。
「ノエルを拾って来たのは駅からの道に掛かっている橋の上だよ。隅っこにうずくまって動かなかったから、最初はビニール袋か何かかと思った。子猫だと分かってびっくりしたよ」
冬馬くんの顔がゆるりと綻ぶ。
「懐かしいね。ノエルがうちに来てくれたのは去年のクリスマスだったから、もう一年前かぁ。一年はあっという間だ」
クリスマスに拾ったから名前がノエルなのか。
しかしノエルはめちゃくちゃセンス良い名前なのに、なんで私はみーちゃんなのかと思ってしまった。名は体を表すとはこの事か。
「一年後の同じ時期にみーちゃんを拾って来ちゃったんだから、僕はこの時期猫にご縁があるのかなぁ」
「……さぁな」
ノエルは元々霊的な力は持っていなかったとは言え、結果的には霊的な力を持った存在になっているかもしれない。
そして私も元は人間だとしても、今は霊的な作用で猫になっており、分類としては化け猫なのだろう。
猫に縁があるのか、霊に縁があるのかは分からない。
「あんなに悲しい思いをするのなら、もう動物を飼うのは無理だなぁって思ってたんだ。でも、ノエルを拾った時と同じ季節に、震えてるみーちゃんを見つけたらどうにも放っておけなくてさ。連れて帰っちゃった」
へらりと笑う冬馬くんを、迅くんはじっと見つめてた。
「学校とか家事で忙しいのに、みーちゃんのお世話も任せちゃってごめんね」
「別に。料理や掃除は好きだし、兄貴にはやることを全力でやって欲しい。それに、兄貴が世話したらこいつストレスで禿げんぞ」
「ええっ、そんな事ないよねぇ、みーちゃん?」
『…………』
言っても通じないことは分かっているが、気まずくて目線を合わせないように明後日の方向を見つめる。
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