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第五話
ノエルの真実(1)
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***
迅に再会してから数日が経った。
きっと私を探し回っているだろうから、前から使っていた河川敷近くのねぐらは捨てた。今は新しく見つけた空き家の床下をねぐらにしていた。最初のうちは見つからないかとビクビクしていたけれど、今のところ見つかっていない。
あと少しで冬馬との約束が果たせる。だから、今捕まるわけにはいかない。
本当は迅とも仲良くしたかった。でも迅はすごく怒ってたから、無理だった。
私は確かに一度死んだ。冬馬と迅に看取られて。
でも、目が覚めたら冬馬と最初に出会った橋にいた。今までの幸せな記憶は幻だったのかと思って、冬馬に会いに行った。
けれど、霊感のない冬馬には私が視えていないし、なぜだか冬馬に近づくと気分が悪くなった。迅にも会いに行こうとしたのだが、こちらは冬馬と比べ物にならないほど近寄れなかった。
私はただ冬馬との約束を果たしたいだけなのに。
ここは寒い。ぎゅっと丸くなって寒さから逃げようとするが、ちょっとした隙間から寒さが這い上がってくる。
冬馬に会う前は、ずっと寒いところにいた。
このまま死んじゃうんだろうな。少し生きて死ぬだけなのに、なんでこんな苦しい思いをしないといけないんだろう。死んだら寒いのも、お腹が空くこともマシになるんだろうか。
分からないけれど、今よりはマシかもしれない。でも、痛いのは嫌だ。怖い。
どうしたらいいのか分からず、ただ死ぬのを待つだけだった私の元に天使が現れた。
それが冬馬だった。
冬馬は私をあたたかい場所に連れて行ってくれて、ごはんも、ふかふかの寝床も与えてくれた。
主に世話をしてくれたのは迅だったけれど。いつもぶつくさ言いながらも、冬馬の何倍も丁寧にお世話をしてくれた。私に兄がいたらこんな感じだったのだろうかと思った。
兄は冬馬だけれど、冬馬はあんまりしっかりしていなかったから、兄という感じはだいぶん薄かった。
冬馬は「アイドル」という仕事をしているらしい。家にある黒い絵の中で綺麗な衣装を着て歌って踊る冬馬の姿を初めて見た時は、本当に一緒の人なのかと疑ったが声がどう聞いても冬馬だった。
黒い絵の中の冬馬はキラキラしていて、歌声は私の心を震わせ、いつもワクワクドキドキした。
真っ暗だった世界に、こんな綺麗なものがあるのだと、初めて知った。迅もキラキラの冬馬が好きなようで、いつも一緒に冬馬の姿を見ていた。
家にいる時のどこかぼさっとした冬馬も好きだけれど、絵の中でキラキラ輝いている冬馬の姿が一番好き。
人間はいいな。大きなところで、目の前で、冬馬がキラキラしているところが見られる。私も、一度でいいから冬馬がキラキラしているところをこの目で見たかった。
「ノエル」
聞き覚えのある声が聞こえて来た。ぴくぴくと耳が無意識に反応して動く。
「ノエル、がんばれ。今度ね、すっごく大きな舞台でライブをするんだ。ノエルにも見てほしいなぁ」
お別れする少し前に、冬馬が言っていた言葉。
『……冬馬?』
近くにいるのに会えなかった。
でも、もしかしたら迎えに来てくれたのかもしれない。
ゆっくり立ち上がって、床下の出入り口を目指す。
今日は満月で、やわらかな月の光が出入り口から差し込んでいた。
「ノエル」
床下から出ると、月を背にした冬馬がしゃがんでこちらに向かって笑いかけている。
『冬馬? 本当に冬馬なの?』
「うん。待たせちゃってごめんね。ノエル、おうちに帰ろう。迅も待ってるよ」
そう言って冬馬がこちらに両腕を差し出した。
なんで冬馬は私の姿が視えるようになったんだろう。それに、近寄っても気分が悪くなることもない。
これはきっと、今まで頑張った私へのご褒美なのかもしれない。
ふらふらと冬馬の方へ歩み寄るが、ふと、違和感がよぎった。
匂いがしない。
「ノエル?」
ピタリと動きを止めた私に、冬馬が首を傾げる。
『……あなた、誰?』
「誰って、ノエルの飼い主の一条冬馬だよ」
ジリジリと後ずさりするが、私が後ずさるとその分冬馬の偽物が距離を詰めてくる。やっぱりなんか変だ。
見た目は冬馬なのに、それ以外の部分が冬馬じゃない。
逃げよう。
体を翻してもう一度床下に逃げ込もうとした時、何かに体を絡め取られた。
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迅に再会してから数日が経った。
きっと私を探し回っているだろうから、前から使っていた河川敷近くのねぐらは捨てた。今は新しく見つけた空き家の床下をねぐらにしていた。最初のうちは見つからないかとビクビクしていたけれど、今のところ見つかっていない。
あと少しで冬馬との約束が果たせる。だから、今捕まるわけにはいかない。
本当は迅とも仲良くしたかった。でも迅はすごく怒ってたから、無理だった。
私は確かに一度死んだ。冬馬と迅に看取られて。
でも、目が覚めたら冬馬と最初に出会った橋にいた。今までの幸せな記憶は幻だったのかと思って、冬馬に会いに行った。
けれど、霊感のない冬馬には私が視えていないし、なぜだか冬馬に近づくと気分が悪くなった。迅にも会いに行こうとしたのだが、こちらは冬馬と比べ物にならないほど近寄れなかった。
私はただ冬馬との約束を果たしたいだけなのに。
ここは寒い。ぎゅっと丸くなって寒さから逃げようとするが、ちょっとした隙間から寒さが這い上がってくる。
冬馬に会う前は、ずっと寒いところにいた。
このまま死んじゃうんだろうな。少し生きて死ぬだけなのに、なんでこんな苦しい思いをしないといけないんだろう。死んだら寒いのも、お腹が空くこともマシになるんだろうか。
分からないけれど、今よりはマシかもしれない。でも、痛いのは嫌だ。怖い。
どうしたらいいのか分からず、ただ死ぬのを待つだけだった私の元に天使が現れた。
それが冬馬だった。
冬馬は私をあたたかい場所に連れて行ってくれて、ごはんも、ふかふかの寝床も与えてくれた。
主に世話をしてくれたのは迅だったけれど。いつもぶつくさ言いながらも、冬馬の何倍も丁寧にお世話をしてくれた。私に兄がいたらこんな感じだったのだろうかと思った。
兄は冬馬だけれど、冬馬はあんまりしっかりしていなかったから、兄という感じはだいぶん薄かった。
冬馬は「アイドル」という仕事をしているらしい。家にある黒い絵の中で綺麗な衣装を着て歌って踊る冬馬の姿を初めて見た時は、本当に一緒の人なのかと疑ったが声がどう聞いても冬馬だった。
黒い絵の中の冬馬はキラキラしていて、歌声は私の心を震わせ、いつもワクワクドキドキした。
真っ暗だった世界に、こんな綺麗なものがあるのだと、初めて知った。迅もキラキラの冬馬が好きなようで、いつも一緒に冬馬の姿を見ていた。
家にいる時のどこかぼさっとした冬馬も好きだけれど、絵の中でキラキラ輝いている冬馬の姿が一番好き。
人間はいいな。大きなところで、目の前で、冬馬がキラキラしているところが見られる。私も、一度でいいから冬馬がキラキラしているところをこの目で見たかった。
「ノエル」
聞き覚えのある声が聞こえて来た。ぴくぴくと耳が無意識に反応して動く。
「ノエル、がんばれ。今度ね、すっごく大きな舞台でライブをするんだ。ノエルにも見てほしいなぁ」
お別れする少し前に、冬馬が言っていた言葉。
『……冬馬?』
近くにいるのに会えなかった。
でも、もしかしたら迎えに来てくれたのかもしれない。
ゆっくり立ち上がって、床下の出入り口を目指す。
今日は満月で、やわらかな月の光が出入り口から差し込んでいた。
「ノエル」
床下から出ると、月を背にした冬馬がしゃがんでこちらに向かって笑いかけている。
『冬馬? 本当に冬馬なの?』
「うん。待たせちゃってごめんね。ノエル、おうちに帰ろう。迅も待ってるよ」
そう言って冬馬がこちらに両腕を差し出した。
なんで冬馬は私の姿が視えるようになったんだろう。それに、近寄っても気分が悪くなることもない。
これはきっと、今まで頑張った私へのご褒美なのかもしれない。
ふらふらと冬馬の方へ歩み寄るが、ふと、違和感がよぎった。
匂いがしない。
「ノエル?」
ピタリと動きを止めた私に、冬馬が首を傾げる。
『……あなた、誰?』
「誰って、ノエルの飼い主の一条冬馬だよ」
ジリジリと後ずさりするが、私が後ずさるとその分冬馬の偽物が距離を詰めてくる。やっぱりなんか変だ。
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