推しの猫になりまして

朝比奈夕菜

文字の大きさ
21 / 24
第五話

ノエルの真実(2)

しおりを挟む


 床下から出てきたノエルが、恐る恐る迅くんに近寄るのを、私と真紀ちゃん、そしてきなこくんは少し離れた場所で固唾を飲んで見守っていた。
 迅くんは今、冬馬くんの人格をその身に降ろしているそうで、今ノエルには迅くんが冬馬くんに視えているらしい。
「うまくいくといいんだけど、なにしろ父さんとネット知識の合わせ技なんちゃって呪術だからなぁ……」
『おとーさん物知りだったねぇ!!』
 とにかくノエルを捕獲することが最優先となり、まず頼ったのはお寺の住職をされている真紀ちゃんのお父さんだった。
 しかし今は年末の日本。神社仏閣はゆく年くる年の準備で大忙しであり、真紀ちゃんの家のお寺も例に漏れずだった。
 そんな猛烈に忙しい中でも真紀ちゃんのお父さんは今回使えそうな技を教えてくれたのだが、「あとはネットで調べろ!!」とネットに丸投げされたらしい。
 それでいいのか、とも思ったし、そもそもネットで調べて出てくるのかと思ったけれど、案外出てきた。それでいいのか、ともう一度言いたくなった。
 元々は神霊をその身に降ろして、神霊の意図を伺って対策を立てるための術らしい。冬馬くんは普通の人間だが、確かにある意味「神」である。主に我々にとって。
 冬馬くんの人格を降ろし、ノエルを誘い出したところで「筒封じ」と呼ばれる封印術を行う。
 昔は竹筒や壺など何か密閉できる容器に閉じ込めたらしいが、現代ですぐに用意できる手頃なものがファンシーなクッキー缶しかなかった。ちなみにピンク色。手に収まるくらいの正方形で、サイズ感や頑丈さは申し分ないのだが、正直言ってあまり強そうには見えない。
 そのファンシーな缶の中に「猫霊封じ・急急如律令」と書いた人形を入れた。
「あー……まずいな、警戒されてる」
 室外機の影から迅くんとノエルの方を伺う。
 術をかけたと言われても、私にはどう見ても迅くんにしか見えなかったのだが、ノエルは床下からそろりと出てきた。どうやら術はちゃんとかかっているらしい。真紀ちゃんのお父さんとネットすげぇ。
 しかし、ここからが難しかった。ある程度ノエルが迅くんの手に届くところに来ないと封じることができないのだ。術がかかっているとはいえ、やはり警戒しておいそれと近寄ってこない。
 息を呑んで見守っていたのだが、ふと、ノエルが体を翻した。
 あ、と思った次の瞬間に、迅くんが足元に隠していた缶を手に取って、ノエルに飛びつく。
 どう見ても缶よりノエルの方が大きいのに、ノエルは一瞬で缶に吸い込まれていった。
「確保ー!!」
 真紀ちゃんの掛け声と同時に室外機の影から駆け出して、二人と二匹で缶の蓋を全力で抑える。
 私たちが押さえている間に、迅くんが手早く缶を麻糸でぐるぐる巻きにする。
『おのれおのれおのれおのれおのれ!!』
 大人数で缶を抑えているというのに、ドコドコとものすごい力で押し返してくるし、ドスの効いた怒鳴り声が響く。あんなかわいい姿から、こんな治安の悪そうな声が聞こえるなんて信じられない。
「よしっ!!」
 迅くんがぎゅっと最後に力一杯麻糸を片結びにする。二人と二匹全員で息を吐き出した。
『出せ出せ出せ出せ出せ出せー!!!!!!』
 なんとか封印できたものの、缶が内側から殴られているかのようにぼこぼこになっていく。
 猫の姿の時はもちろん人の姿の時も綺麗で華奢だったので化け猫感が薄かったが、こうしてみると完全に化け猫だ。
 姿が見えなくなった途端、本性を表すとはある意味化け物らしいっちゃらしい。
「兄貴の血こわ…………」
 ぜいぜいと荒い息を吐きながら、迅くんがぼそりとつぶやいた。
 この中では一番体力があって若い迅くんが一番に息を整え終わって、ノエルを封印している缶を片手で拾う。
「ゼロ感でも幽霊吸引体質なんだったら、幽霊を惹きつける何かを元々持っているのかもね。元々の繋がりが深ければ余計に」
 続いて真紀ちゃんが大きく息を吐き出しながら立ち上がった。
『あんたら絶対タダじゃおかない!! 末代まで祟り殺してやる!!』
 缶の中で響いている憎悪の声に、その場の全員が黙り込んだ。本当に祟り殺されそうだ。
 きなこくんなんか恐怖のあまりかちんこちんに固まってしまっている。かわいそうに。
『私を騙した!! よりにもよって冬馬の姿になって!!』
「今の大変な時期に兄貴引っ張り出す訳にはいかねーだろ。風邪でも引っ掛けてきたらどうすんだよ」
『だからってやって良いことと悪いことがあるでしょ!!』
 それをあんたが言うんかい……と思わず思ってしまった。
「おいノエル」
 迅くんがコンコンと缶の蓋を手の甲で軽く叩く。それまで騒いでいたノエルが静かになった。
「大人しくしねぇとこのまま埋めるぞ」
『大人しくしたら埋めるんでしょ!』
「大人しくしねぇと埋めるぞって言っただろ……」
 テンションが上がって缶の中からこっちの言葉に噛みつきまくるノエルに、迅くんはげんなりとした表情を浮かべた。
 悪しきものを封じて、二度と出てこないようにする。本来の筒封じはそうするらしい。
 だが、私たちはそうする為にノエルを封じたわけではない。
 ノエルと冷静に対話をする為にこの方法を選んだ。
「大人しくしたら、兄貴に会わせてやる」
 それまでは火がついたように叫んでいたノエルが急に静かになった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...