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最終話
心の友(1)
しおりを挟む『蛍大丈夫?』
「うん……」
猫の姿から人の姿に戻って数日経った正月三ヶ日、私は高熱が出てものの見事に寝込み、ベッドで天井を見上げながら、真紀ちゃんからの電話に出ていた。会社にインフルエンザと嘘をついてバチが当たったのかもしれない。
今はなんとか熱も平熱に戻ったが、熱が下がった後特有の体のだるさが残っていた。
喉の痛みも鼻水も出ないので、多分だけれど猫から人に戻って寒さが堪えたのだと思う。なんてったって猫の時は立派な毛皮があった。
猫の時も寒かったのは寒かったが、感じ方が違う気がする。人間から猫、猫から人間になった人が周りにいないので真実は分からないが。
『あれから迅くんと連絡取ってないの?』
「連絡交換してないし、今の私があの家行ったら推しの家に押しかけたヤバすぎるファンになっちゃうと思うんですけど」
『確かに……』
物理的にも精神的にもたくさんお世話になったし、お礼も言いたかったけれど、私と迅くんの立場が微妙すぎる。
お世話になったのは猫の姿だったし、いくら中身が同じとはいえ人の姿で行けば驚かれるだろう。
猫の姿だったらオタクっぽさがいくらかマイルドになっていたと思われるが、人の姿だったらそれこそダイレクトだ。有名人本人や家族からしたらあまり直接会いたいものではないだろう。
猫の姿で一緒に生活していたのは私からすれば不可抗力なので不問にして頂きたいところだが、後ろめたくはある。
それに加えて迅くんは大学生で、私はアラサーの社会人。いくらやましい気持ちがないとはいえ、連絡を取ったり二人で会うのは絵面的にまずい気がする。
だから、迅くんに会ってお礼が言いたい気持ちと、申し訳なさから会えないという気持ちがせめぎ合っていた。
『まったく、人間ってめんどうくさい生き物よねぇ』
頭上のベッドボードから声がして、目をそちらへ動かす。
ベッドボードの上では、しゃなりとした白猫が顔を洗っていた。
ノエルだ。
あの時成仏したかのように思ったのだが、なぜだか私の家に居着いている。
一時私は幽霊が視えなくなっていたのだが、しばらくするとノエルの姿が視えるようになり、他の幽霊も視えるように戻ってしまった。
なぜ、一条家ではなくうちに来たのかと聞けば、
『冬馬と迅の所に戻ったら二人が心配するし、私のせいで冬馬が危ない目に遭いかねない。でも、私は冬馬の勇姿をこの目に焼き付けたいの。だって、あの子がそう望んでくれた。だから、しょうがなくあんたの所に来たって訳。分かった? おばかさん』
居候の癖に生意気すぎてむかついたが、真紀ちゃん曰く、一度強い縁が結ばれたノエルが近くにいるから、もう一度幽霊が視えるようになったのだろうとのことだ。
視えても嫌だが、視えなくてもいる事は知ってしまったので、それなら視えた方がいい。
ノエルの態度はムカつくが、近くに居てくれることでこちらが得られることもある為、渋々同居している。
最初ノエルがいるせいで体調が悪いのかと思ったが、ノエル曰く『あんたもそもそもゼロ感でしょ。私がそばにいてもそんなにすぐ影響は出ないわよ』とのこと。
しかしその後に『まぁ、どれだけそばにいれば影響が出るのかは知らないけれど』とくすくす笑っていた。美女の手のひらの上で転がされているような気持ちになった。
真紀ちゃんと繋がった電話の向こうで、わふわふと犬がおしゃべりしている声が聞こえる。
「きなこくん元気?」
『元気元気。もうきなこの言葉は分からない感じ?』
「うん。それだけは残念だなぁ」
ノエルの声は聞こえるようになったが、きなこくんの声は分からなくなってしまった。
今はノエルが近くにいることで一時的に霊力を持っている状態になっている為、幽霊のノエルのは視えるし、声が聞こえる。
だが、きなこくんは普通の犬だ。猫だった時は同じ動物だから言葉が分かったが、人間に戻ってしまった今はきなこくんの言葉は分からなくなってしまった。
『まぁ、きなこが何話してるかは私には分かんないけどさ、今回蛍が訳してくれて今までなんとなくこうかなって思ってたことが結構そのままだったのが分かってよかったわ』
きなこくんは比較的表情に出やすい子だが、それでもきちんと意思の疎通ができると安心すると思う。
冬馬くんはノエルと言葉を交わせなかったが、最初の別れの時より、お互いの気持ちが伝わっていればいいなと思った。
『とにかくあんたは早く風邪治しなさい。二週間後にはライブでしょ。早く体力戻さないとキツイわよ』
「ウッス」
二週間後にはノエルに強奪されたチケットのライブ、最前列中央で推しを見れるライブが待っている。
最高のステージを万全の体調で迎え撃つ。
この日のために、私の日々の善行と努力は存在するのだ。
真紀ちゃんとの電話を切って、もう一度布団にもそもそと潜り込むと、ベッドボードに座っていたノエルがベッドに降りてきて枕元で丸くなる。
「ねぇ、あなた人の姿になれるでしょ。それでちょっと買い物行ってきてよ」
もう冷蔵庫の中はすっからかんだ。試しにノエルに頼んでみたら、首を持ち上げて顔を歪める。
『はぁ? なんで私がそんなことしなくちゃいけないのよ』
「デスヨネ~」
ノエルの言葉は分かるけれど、きなこくん以上に言葉よりも表情が物語っている。
ダメもとで言ってみたことなので、さほど残念に思わずもう一度布団に潜り込み、もう少し体力が戻ったら食材を買い込みに行かなければと思いながら目を閉じた。
目が覚めると、机の上には色々な食材が詰め込まれたレジ袋と、私の財布が転がっていた。
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