1 / 24
第一話
神席への道(1)
しおりを挟む「生中頼んだ人ー!!」
「こっち料理余ってるから誰か食べてー」
「メニュー表ってどこ?」
人がぎゅうぎゅうに詰め込まれたチェーン店の居酒屋で、私は忍者の様にただひたすら気配を消して梅酒のロックをちびちびと飲んでいた。
今日は少し早い会社の忘年会である。年末の浮き足だった雰囲気も手伝って、酒に飲まれる連中は馬鹿騒ぎしていた。
ただでさえ狭い店舗にぎゅうぎゅうに人が詰め込まれているのに、締め切られた空間で騒がれては空気も悪くなる。
気分が悪くなりそうなのだが、なりそうなだけで実際ならないのが悲しい。気分が悪くなれば後ろ髪引かれることなくこの場から離脱できるのに、やたらと頑丈な自分の体が今は恨めしく感じる。
別に適当なこと言ってさっさと帰ればいいのは私もよく分かっている。しかし、大して体調が悪くないのに嘘をついて心配されると居心地が悪いのだ。
つくづく損というか、生きることに不器用な性格で嫌になる。
「神代さん、次何か頼む?」
「……梅酒ロックで」
隣に座った同期の女の子におかわりを聞かれ、反射で答える。こうなったら会社の金でとことん飲めるまで飲むしかない。
どれだけ飲んでも酔わないのでそこそこ元を取れるとは思うが、こういう酒は美味しくないのがもうダメ。ただひたすら酒を流し込む機械と化した。
大人って、なんで仕事以外の自分のしたくないことまでしなくちゃいけないんだろう。それとも、したくないこともしなくちゃいけないのが大人なのだろうか。
タダ飯タダ酒が食べれられるとはいえ、疲れてしまったら意味がない。なんでこんな年末まで疲れるようなことをしているのだろう。
たとえ多少金は掛かっても、自分の好きなダルダルのパジャマにすっぴんで、近くのスーパーのお惣菜をアテにしてやっすい発泡酒片手にくだらない特番でも見ている方がよっぽど楽しい。
「神代さ~ん、平田さ~ん、めっちゃ飲んでるじゃ~ん!」
ベロベロに酔っ払った同期の男がジョッキ片手に私と女の子の間に割り込んでくる。端的に言ってめっちゃウザいしめっちゃキモい。
できるだけ距離を取ろうとすると、まるで「最後の晩餐」のマリア様みたいになっている気がする。安い居酒屋で最後の晩餐とか嫌すぎる。
「神代さんがつーめーたーいー! こんなあからさまに避けるとかひどくね!?」
ゲラゲラ笑いながら茶化してくるが、気持ちは冷める一方だ。
無駄に大きい声がピリピリと私の神経を逆撫でしてくる。平田さんはなんとか愛想笑いを浮かべているが、口の端が少し引きつっていた。
「北井さんは飲み過ぎですよ……」
「いーのいーの! 今日飲まなきゃいつ飲むんだって話ですよ!」
平田さんが苦笑を浮かべながら嗜めるが、北井は全く気にしていない。全力で気にするべきだ。多分あんたはいつでも飲んでる。
酒を飲むのはいい。だが、飲まれる奴はダメだ。
自分の目がどんどん虚ろになって行くのが分かる。感情が全部顔に出てしまうのが私の短所だという事は、学生時代の就職活動の時に知った。
「あれ、これどっかで見た気が……」
さっきまでわあわあと騒いでいた北井がふと静かになった。
妙に思って視線だけ隣に向けると、彼は机の上に置いていた私のスマホを凝視している。
画面を下に向けて置いていたので、スマホの背面が見える状態だ。
いつもなら当たり障りのないデザインのものにしていたのだが、先日イベント用に変えていたのをめんどくさがって通常仕様に変えるのを忘れていた事に今更気付いた。
今の私のスマホケースは何の変哲もないクリアケースで、それ自体は何も問題はない。
ただ、そのクリアケースに挟んでいたステッカーが問題なのだ。
「ああー!! ごめんなさーい!!」
「うわああああああー!!!!??」
手元が滑った風な下手くそな演技をして持っていた梅酒のグラスをひっくり返し、自分と北井の間に酒をぶちまけた。
「大丈夫!?」
平田さんが慌てて手近の台拭きやおしぼりをかき集めて拭いてくれる。
「ギリかからなかったからセーフセーフ。神代さん器用に溢すね~」
「すみません」
北井も自分のジョッキを置いて一旦拭く作業に徹する。
「何の話してたんだっけ?」
びしゃびしゃになった台拭きとおしぼりを店員さんに渡して一息ついたところで、北井がまたしても余計なことを言い出す。
「そういえば北井くん、最近彼女できたって言ってなかった?」
こうなれば全く興味がないが別の話に逸らすしかない。職場の人間の恋愛事情など全く興味などないが、背に腹は変えられない。
「そう! そうなんだよー! 俺の惚気聞いてくれる~!? 俺の彼女めちゃくちゃかわいくてさ~!」
「聞く聞く~」
ひどい棒読みで返事を返したが、幸いにも相手は酔っ払いで、かわいい彼女を自慢したくて仕方がないので、私の棒読みに全く気付いていない。
北井が新しくできた彼女のかわいさについて熱く語っているうちに、私はそろりそろりと机の上に置いていたスマホを静かに自分の膝の上に移動させて事なきを得た。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる