推しの猫になりまして

朝比奈夕菜

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第一話

神席への道(1)

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「生中頼んだ人ー!!」
「こっち料理余ってるから誰か食べてー」
「メニュー表ってどこ?」
 人がぎゅうぎゅうに詰め込まれたチェーン店の居酒屋で、私は忍者の様にただひたすら気配を消して梅酒のロックをちびちびと飲んでいた。
 今日は少し早い会社の忘年会である。年末の浮き足だった雰囲気も手伝って、酒に飲まれる連中は馬鹿騒ぎしていた。
 ただでさえ狭い店舗にぎゅうぎゅうに人が詰め込まれているのに、締め切られた空間で騒がれては空気も悪くなる。
 気分が悪くなりそうなのだが、なりそうなだけで実際ならないのが悲しい。気分が悪くなれば後ろ髪引かれることなくこの場から離脱できるのに、やたらと頑丈な自分の体が今は恨めしく感じる。
 別に適当なこと言ってさっさと帰ればいいのは私もよく分かっている。しかし、大して体調が悪くないのに嘘をついて心配されると居心地が悪いのだ。
 つくづく損というか、生きることに不器用な性格で嫌になる。
神代かみしろさん、次何か頼む?」
「……梅酒ロックで」
 隣に座った同期の女の子におかわりを聞かれ、反射で答える。こうなったら会社の金でとことん飲めるまで飲むしかない。
 どれだけ飲んでも酔わないのでそこそこ元を取れるとは思うが、こういう酒は美味しくないのがもうダメ。ただひたすら酒を流し込む機械と化した。
 大人って、なんで仕事以外の自分のしたくないことまでしなくちゃいけないんだろう。それとも、したくないこともしなくちゃいけないのが大人なのだろうか。
 タダ飯タダ酒が食べれられるとはいえ、疲れてしまったら意味がない。なんでこんな年末まで疲れるようなことをしているのだろう。
 たとえ多少金は掛かっても、自分の好きなダルダルのパジャマにすっぴんで、近くのスーパーのお惣菜をアテにしてやっすい発泡酒片手にくだらない特番でも見ている方がよっぽど楽しい。
「神代さ~ん、平田ひらたさ~ん、めっちゃ飲んでるじゃ~ん!」
 ベロベロに酔っ払った同期の男がジョッキ片手に私と女の子の間に割り込んでくる。端的に言ってめっちゃウザいしめっちゃキモい。
 できるだけ距離を取ろうとすると、まるで「最後の晩餐」のマリア様みたいになっている気がする。安い居酒屋で最後の晩餐とか嫌すぎる。
「神代さんがつーめーたーいー! こんなあからさまに避けるとかひどくね!?」
 ゲラゲラ笑いながら茶化してくるが、気持ちは冷める一方だ。
 無駄に大きい声がピリピリと私の神経を逆撫でしてくる。平田さんはなんとか愛想笑いを浮かべているが、口の端が少し引きつっていた。
北井きたいさんは飲み過ぎですよ……」
「いーのいーの! 今日飲まなきゃいつ飲むんだって話ですよ!」
 平田さんが苦笑を浮かべながら嗜めるが、北井は全く気にしていない。全力で気にするべきだ。多分あんたはいつでも飲んでる。
 酒を飲むのはいい。だが、飲まれる奴はダメだ。
 自分の目がどんどん虚ろになって行くのが分かる。感情が全部顔に出てしまうのが私の短所だという事は、学生時代の就職活動の時に知った。
「あれ、これどっかで見た気が……」
 さっきまでわあわあと騒いでいた北井がふと静かになった。
 妙に思って視線だけ隣に向けると、彼は机の上に置いていた私のスマホを凝視している。
 画面を下に向けて置いていたので、スマホの背面が見える状態だ。
 いつもなら当たり障りのないデザインのものにしていたのだが、先日イベント用に変えていたのをめんどくさがって通常仕様に変えるのを忘れていた事に今更気付いた。
 今の私のスマホケースは何の変哲もないクリアケースで、それ自体は何も問題はない。
 ただ、そのクリアケースに挟んでいたステッカーが問題なのだ。
「ああー!! ごめんなさーい!!」
「うわああああああー!!!!??」
 手元が滑った風な下手くそな演技をして持っていた梅酒のグラスをひっくり返し、自分と北井の間に酒をぶちまけた。
「大丈夫!?」
 平田さんが慌てて手近の台拭きやおしぼりをかき集めて拭いてくれる。
「ギリかからなかったからセーフセーフ。神代さん器用に溢すね~」
「すみません」
 北井も自分のジョッキを置いて一旦拭く作業に徹する。
「何の話してたんだっけ?」
 びしゃびしゃになった台拭きとおしぼりを店員さんに渡して一息ついたところで、北井がまたしても余計なことを言い出す。
「そういえば北井くん、最近彼女できたって言ってなかった?」
 こうなれば全く興味がないが別の話に逸らすしかない。職場の人間の恋愛事情など全く興味などないが、背に腹は変えられない。
「そう! そうなんだよー! 俺の惚気聞いてくれる~!? 俺の彼女めちゃくちゃかわいくてさ~!」
「聞く聞く~」
 ひどい棒読みで返事を返したが、幸いにも相手は酔っ払いで、かわいい彼女を自慢したくて仕方がないので、私の棒読みに全く気付いていない。
 北井が新しくできた彼女のかわいさについて熱く語っているうちに、私はそろりそろりと机の上に置いていたスマホを静かに自分の膝の上に移動させて事なきを得た。


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