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第三話
推し危機一髪(2)
しおりを挟む「ただいまー……って、あんたなにしてんだよ」
帰って来たのは迅くんだった。外は寒かった様で、鼻の頭が赤くなっていた。
『じじじじじ迅くん……!! 大変大変!!』
待ち焦がれていた人ではなかったので一瞬がっかりしたが、今一番頼りになる人だ。
迅くんはマフラーを解きながら眉間にシワを寄せる。私は玄関に降りて迅くんのズボンの裾に縋り付いた。
『冬馬くんがコンビニ行っちゃった!!』
「はぁ? 兄貴がコンビニ行ったくらいで何騒いでんだよ」
迅くんは最初は怪訝な表情を浮かべていた。あれ? そんなに大事じゃない感じ?
なんだぁ……とホッとしたのも束の間、迅くんはリビングの方を見てクワッと目を見開いた。
『ひぎゃああああ!!??』
ドカドカと大股でリビングに向かうのはいいのだが、ズボンの裾に私の爪が刺さったままなのでそのままの状態で大きくスウィングされる。まるで遊園地にある海賊船のアトラクションに乗っているみたいだ。私あれめっちゃ苦手なんですけど。
ズボンに縋りついている私の存在を忘れているのか、迅くんはそのまま歩いて行ってリビングの机の上に置かれている物を掴んだ。
「あんのクソ兄貴!! お守り忘れて行ってんじゃねぇか!!」
踵を返して迅くんが玄関へ向かう。引っかかった爪がまだ取れず、そのままの状態でもう一度海賊船アトラクションを楽しむ羽目となってしまった。
「おい! いつまでくっついてんだ!」
靴を履く段階でようやく私の存在が邪魔で気付いたらしい。
『すすすすすみません!! 爪がズボンに引っかかって取れなくって……!! こんな時に本当すみませんんんん!!』
私が必死に訴えると、迅くんは鋭い舌打ちをしてしゃがんだ。荒々しい態度とは裏腹に優しい手つきで爪を外してくれた。
「あんた、人の匂いって追えるか?」
『そりゃあ人の時よりかは分かる気はするけれども』
「よし」
なにが「よし」なんだ、と思っていたら、もはや慣れた手つきで首根っこを掴まれて豪快に迅くんのマウンテンパーカーの中に押し込まれる。
『えええええ』
チャックを下ろしてくれたので、そこから顔を出す。落っこちない様に左手で下を支えてくれているが、果たして私は必要なのか。
「兄貴の奴、スマホも置いて行きやがった。手当たり次第探すしかねぇ」
迅くんが凶悪な表情でギリっと歯軋りする。顔が怖いので、今からカチコミに行きますと言われた方が納得できるのだが、彼がしようとしているのは兄探しだ。本当に兄思いのいい子である。
迅くんの言う通り、このご時世にスマホなしの人探しはいささか厳しい。
といっても私は猫歴数日だ。こういう人探しは犬の方が得意だろうし、猫になって日が浅い私が果たして戦力になり得るのか。
『さっむ……!!』
マンションのエントランスを出ると、ぴゅうと風が顔に吹きつけてきて思わずぶるりと身震いした。空は雲一つない晴れ模様で、見る分にはとっても清々しいのだが、ものすごく寒くもある。
ここ数日は一条家でお世話になっていたので、外の寒さをすっかり忘れていた。
「とりあえず近所のコンビニ当たってみるから、もし途中で兄貴っぽいの見つけたら言えよ!」
『あわわわわ』
迅くんが支えてくれているとはいえ、めちゃくちゃ揺れる。
すれ違う人たちが迅くんのパーカーから顔を出している私を見てぎょっとしていた。
そりゃあガラの悪そうな男の子が服に猫突っ込んで凶悪な顔で走ってたら私だって二度見する。
冴えた冬の空気の中、ふと、最近嗅ぎ慣れた匂いが鼻先を掠めた。
『なんか、こっちの方から冬馬くんの匂いがする……! 多分!』
「よし!」
迅くんが私が示した方向に向かって走り出す。ずっと走り続けているのに、スピードが全く落ちないのがすごすぎる。
視線の先にコンビニが見えてきて、店前のベンチで項垂れて座っている冬馬くんを見つけた。
「兄貴!!」
迅くんが声を張り上げて名前を呼ぶと、冬馬くんがゆっくりと頭を上げた。出て行った時とは違って血の気のない真っ青な顔をしている。
この短時間で一体なにがあったのか。
「迅くん……」
「お守り忘れて行ったろ!」
「ああ、そうだった……ついうっかり……」
冬馬くんが力無く笑う。その表情があまりにも生気がなくなっていて、ぞっとした。
迅くんが冬馬くんの右腕を掴んで引っ張り上げようとした時、迅くんが眉間にシワを寄せる。
『ひぃっ!?』
冬馬くんの肩に顔が半分潰れた女性が後ろから冬馬くんに抱きついていた。
潰れていないところの顔が美しい分、潰れてしまったところとの対比が尚更痛々しい。
だが、彼女は痛がる素振りをするどころか、うっとりとした表情で冬馬くんに顔を寄せている。
冬馬くんが反応していないところを見ると、おそらく幽霊だ。
「おい、テメェなにもんだ」
ただガラが悪いだけと思っていたが、迅くんが普通に突っ掛かって行って度肝を抜かれた。声もいつも以上に低くて、私の方が震え上がる。
『ちょ、ちょお!? そんな不遜な態度で大丈夫!? お相手めっちゃヤバそうじゃない!?』
「下手に出て引くような相手かよ。舐められたらやられんぞ」
ほれ、と顎で幽霊の方を指す。
幽霊のお姉さんは潰れていない方の顔でにっこりと綺麗な笑顔を浮かべた。
その表情一つで、ああ、大人しく引いてくれる人じゃないな、とすぐに察する。
「さっさと離れろ。今なら見逃してやる」
『見逃す? あなたに許してもらう必要なんて、ある?』
こんな凶悪なオーラを纏った迅くん相手に、幽霊のお姉さんは馬鹿にした様にくすくすと笑っている。
私は迅くんサイドの人間(猫)だが、迅くんのあまりの凶悪な雰囲気と、普通に怖い幽霊のお姉さんの煽り言葉にさっきから心臓がヒュンヒュンしまくりである。
『私がいれば他の変なものは寄ってこない。私は冬馬くんにとって必要な存在よ。昔から、ずっと私が支えてきたんだもの』
それってどういうこと? と私が首を傾げていると、迅くんは一歩前に進み出て、財布から何か紙のようなものを取り出す。
それを幽霊のお姉さんのおでこにペタリと貼った。紙幣かと思っていたら、何か達筆な文字が書かれたお札だった。
『ぎゃああああああああ!!??』
『!?』
断末魔の叫び、と言うのはまさにこれなのだろう。
幽霊のお姉さんはものすごい悲鳴を上げながら、おでこに貼られたお札を掻きむしろうとする。
しかしよほどしっかり貼り付いているのか、剥がれそうな気配が全くない。
やがてお札から火が上がり、幽霊の体を火が包む。
周りには延焼していないので、普通の火じゃないことは分かるが、幽霊とはいえ人の姿が火に包まれている様はおぞましい。
火に包まれた幽霊は地面に倒れ伏し、ゴロゴロと転がる。
全身を焼き尽くした火が燃え尽きると、そこにはなにも残っていなかった。
『えっ、あの人どうなったの?』
「祓った。ここで見逃しても他で悪さされるかもしれねぇし」
迅くんはふぅ、と大きく息を吐き出して冬馬くんの方へ歩み寄る。
「兄貴」
冬馬くんは途中で意識を失っていたらしく、ベンチに座って項垂れていたので迅くんが膝をついて下から顔を覗き込んで声をかける。
「あれ……? 僕……」
「早く帰るぞ。こんなところで居眠りしたら凍死する」
兄の腕を引っ張り上げて、帰路についた。
ぼんやりしていた冬馬くんは、途中から眠気が覚めてきたかのように意識がはっきりしてくる。
「そうだ! 僕お腹すいたから何か買って帰ろうと思ったんだよ! たい焼き食べたい!」
「へいへい」
先ほどまで幽霊に憑かれていた人とは思えないほど元気だ。
冬馬くんは色々なものに好かれて憑かれる体質だそうだが、迅くんがいることと自分自身の持って生まれた精神の強靭さが彼を今日まで無事に生かしたのだろう。
兄弟二人の顔を見上げながらしみじみと思っていると、迅くんがくちゅん、とかわいすぎるくしゃみをした。おそらく走ってかいた汗で体が冷えてしまったのだろう。
「迅くん寒いの? あれっ、みーちゃん!? みーちゃんがいる!! なんで!?」
今まで気付いた上でスルーしていたのかと思っていたら、気付いていなかったらしい。
冬馬くんが驚いて声を上げるので、私も思わずビクッと反応してしまう。
「湯たんぽ代わりに連れてきた」
ずび、と鼻を啜りながら、冬馬くんはマウンテンパーカーの上からポンポンと私の体を撫でた。
「いいなー! いいなー! 僕もみーちゃん抱っこしたい!! みーちゃんおいでー!!」
冬馬くんがしゃがんで私に目線を合わせて両手を差し出してくる。
最推しとの超絶至近距離。人間だったらヒィっと声が漏れていたと思う。実際は迅くんにしがみついて頭を左右に振った。
「……いやだってよ」
「なんでー!?」
「しらねぇよ」
冬の寒空の下、男二人と猫一匹(元は人間)でキャッキャと言いながら家路を辿った。
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