16 / 24
第四話
モデルデビュー(2)
しおりを挟む私ときなこくんの診察が終わり、とりあえず動物病院の近くにあるペットの同伴が大丈夫なカフェに入る。
なぜか真紀ちゃんは私の言葉が分かるみたいなので私が説明しても良いのだが、周りの人から見れば奇妙な光景にしかならないので主な説明は迅くんに任せた。
「変な猫に会って猫にされて、ライブのチケットを盗られた、と」
「はい」
「で、なんの因果か一条冬馬に拾われて、家でお世話になってるって……しかも一条冬馬の弟が霊感持ちって、ミラクル連発し過ぎじゃない?」
『我ながら運が悪いのか良いのか分かんなくなってきちゃってる』
「プラマイ相殺されてるだけじゃね?」
迅くんと真紀ちゃんがテーブルに向き合う形で座り、私は二人の間の椅子にキャリーケースを置いてもらって時々会話に参加していた。
ちなみにきなこくんははしゃぎ過ぎて疲れてしまったようで、今は真紀ちゃんの足元でへそ天してぐーすか眠っている。
『なんで真紀ちゃんは私の言葉が分かるんだろう。迅くん以外には全然言葉が通じなかったのに』
「ああ、うち実家がお寺で私もちょっとだけ霊感あるからさ。それで分かるんだと思うよ。呪いで猫になった蛍の言葉は分かるけど、きなこは普通の犬だから言葉が分かんないし」
『そうなの!?』
「あれ? 言ってなかったっけ?」
『初耳だよ!』
推しの話をし過ぎて当人達の基本的な情報を話すことを忘れているというのは、オタクによくある話である。SNSで知り合った人なんかだと、本名を知らないこともザラだ。
「迅くんも普通の動物が話していることは分からないでしょ?」
「はい」
お次は霊感あるある同士の話だ。
『もしかして、たまになんか意味深に変なところ見つめてたりしてたのって、そこに幽霊いたの……!?』
「いや、それは普通に推しに思いを馳せてるだけよ。幽霊いたらそれとなく場所移す様にしてたけど、今まで蛍も気づかなかったでしょ?」
『全然気付かなかった……』
「でしょう? 視えているものを視えないフリすんのって結構疲れるのよね。向こうは視える人がいないから構ってちゃんばっかりだし」
「そうなんですか? 俺はあんまり寄ってこないです」
「迅くんは見た目が怖そうだからさすがに寄ってこれないんじゃない? 幽霊だって人選ぶわよ~」
肝が座り過ぎている真紀ちゃんは、迅くん相手だろうとズバズバと思ったことを口にする。
最初はハラハラしていたが、数少ない霊感持ちで人生の先輩ということもあって迅くんは特に気にした様子もない。
というか私も迅くんより年上のはずだけど、見た目が猫なせいか元から頼りないせいか、ずっとタメ口だ。いや、別に良いだけど、こう、威厳が足りないのか……と思ってしまう。
「こんなことをしでかすなんて、よほど縁の強い猫だと思うのよね。何か心当たりないの?」
『いやぁ、私は特に動物に関わってきた事ないしなぁ』
真紀ちゃんに言われて色々と思い出してみようとするが、自分の記憶の中に猫の影はない。
ふと、この間迅くんと話していた事を思い出す。
『そういえば昔猫を飼っていたんだよね? 迅くん、前に飼ってたやつがってこの間言ってたじゃでしょ』
私の言葉に迅くんは目を丸くする。
「まぁ……そいつも兄貴が拾って来た奴だけど、俺から見ても普通の猫だったぞ。とてもそんなことするやつだとは思えねぇ」
「その猫は今どこに?」
真紀ちゃんの帯びる空気が、心なしか鋭くなった気がした。迅くんもそれに気付いた様で、緊張したのかごくりと唾を飲み込む。
「元々心臓が弱かったみたいで、拾ってから三ヶ月後に亡くなりました」
それを聞いた真紀ちゃんは口元に手を当ててしばらく考え込んだ。やがて顔を上げて、ゆっくりと口を開く。
「怒らないで聞いて欲しいんだけれど」
「はい」
真紀ちゃんの前置きの言葉に、迅くんは静かに返事をした。
「猫は元々妖に転じやすい。その死んだ猫が強い思いを抱いて、今回の事件を引き起こした可能性は十分あると私は思う」
オタク話をしている時とはまた別の、淡々とした口調だった。
「蛍に心当たりがないのであれば、その昔拾ってきた猫が関係している可能性は大きんじゃない?」
まさか自分の身近にこのトンデモ心霊現象に通じる人がいるとは思ってもいなかった。
「分かりました。家に帰ってから調べてみます」
そう言って迅くんは真紀ちゃんに向かって、深々と頭を下げた。
さっき真紀ちゃんが「動物だって人間と同じように相手が違ったら態度を変える」という話をしていたが、まさにそれだなと思った。
ひとえに私に威厳が足りないのが原因なのだが、猫の姿で威厳も何もないので早く人間に戻りたい。
今目の前にあるケーキやジュースだって、猫の身には毒だ。
早く元に戻って好きなものを好きなだけ食べたいなぁ、と思いながらテーブルの上を眺めていたら、迅くんのスマホがブルブルと震える。
「あっ、やべ。すんません、席外します」
「どうぞ」
迅くんはぺこりと頭を下げ、スマホを持って店の外へと出た。
「見た目が派手だからどうかなって思ったけどいい子じゃん」
シフォンケーキをフォークで切り分けながら真紀ちゃんが話しかけてくる。
さっきまでの百戦錬磨ですみたいな雰囲気はなくて、いつもの真紀ちゃんに戻っていてホッとした。
『いや、いい子だけど、家じゃもっとガラ悪いよ……めちゃくちゃ礼儀正しくて私の方が戸惑ってるんだけど』
「そうなんだ! 猫被り上手じゃん」
人の気も知らないで真紀ちゃんがケラケラと笑う。
「でもさ、見ず知らずの変な女……猫? を保護してくれて、ライブの心配までしてくれてさ、本当いい子だよねぇ。見た目は全然似てないけど、お人好しなのは冬馬くんに似てるね」
真紀ちゃんには迅くんと冬馬くんが義理の兄弟だということは言っていない。
だが、私もそう思うことは度々ある。
一見全く似ていない二人だけど、困っている人を見ると見過ごせないところは一緒だ。
「たまにライブでも冬馬くんヤベェやつ憑いてて大丈夫かなぁとは思ってたけど、あの子がいるから大丈夫だったのね」
『えっ、冬馬くんそんなにヤバいの憑いてたの!?』
「憑いてた憑いてた。人の怨念ギューって濃縮還元したようなやつ。世が世なら語り継がれるレベルよ。まぁ冬馬くんいい意味で鈍感そうだから多少のことは大丈夫かなとは思ってたけど、それにも限度があるしね」
『鈍感の方がいいの?』
「そりゃそうよ。勘のいい人はモロに影響受けるからね。呼び寄せる体質でも、鈍感だから今まで多少のことはどうにかなったんでしょう。芸能人なんてただでさえ憑かれやすいんだから、それこそ天賦の才かもね。そんな兄を持った弟が霊感持ちっていうのも運命的だわ」
何を才能とするかは、見る角度によって違うのかもしれない。
持ち得ることを「才能」と呼ぶ時もあれば、持ち得ないこともまた「才能」と呼ぶ時もある。
電話が終わったらしい迅くんは寒さに体を強張らせながら席に戻ってきた。
「兄貴のマネからだった。そろそろ行かねぇと」
『はっ!』
「え、なになに?」
真紀ちゃんとの運命的な再会の衝撃で忘れていたが、これから私は冬馬くんのお仕事現場に向かうのだ。
吹き飛んでいた緊張が一気にぶり返す。
キャリーケースの中で身悶える私を見かねて、迅くんが真紀ちゃんに事情を説明すると、真紀ちゃんは「うっそマジで……!?」と両手で口を覆って驚いていた。
「ここはいいから早く行きなさい! あっ、私の連絡先分かる?」
『スマホはなんとか回収したから大丈夫!』
長年付き合ってきたオタ友の知られざる一面と、迅くんの新たな一面を知って、今日一日はなんだか目まぐるしい。
「またなんか困った事があったら連絡して。あと……」
真剣な眼差しで真紀ちゃんがこちらを見据える。あまりの真剣な様子に、こちらも緊張してごくりと喉が鳴った。
真紀ちゃんは恐る恐る口を開いて、言葉を紡ぐ。
「瑛人くんがどんな匂いがしたのかだけ教えて」
どんなにすごいスキルを持っていても、オタクは結局オタクなのだと思い知った。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる