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あやかしより不思議なものが現れました
あれは夢だったのでしょうか……
しおりを挟む土曜日曜と、あれは夢だったのだろうかと思いながら過ごした萌子は、緊張して、月曜日の出勤を迎えた。
総司の許に仕事で行ったとき、
「あの、……ありがとうございました」
と特に説明もなく言ってみた。
職場で、山で穴に落ちていたのを助けていただいてありがとうございましたと言うのもなんだかあれだし。
そもそも夢かもしれないし、と思っていたからだ。
総司は顔を上げもせず、萌子が差し出した回覧を確認して、印鑑を押し、
「うん」
と言った。
「失礼します……」
とその場を去りながら、萌子は思う。
今のうん、なにっ?
『ありがとうございました』
『ああ、この間のことだな、うん』のうん!?
それとも、
『回覧の内容は確認したぞ。
ハンコも押した。
さあ、持っていけ』
という完了の合図のうん!?
と萌子が昼時になっても悩んでいると、社食で同期の剣持めぐが言ってきた。
「いやいやいや。
あんたが曖昧に礼を言うのが悪いんじゃん。
回覧のことじゃないとしても、そもそも、あんた、課長にありがとうなことたくさんあるよね?
仕事でさりげなく助けてもらうことも多いしさ」
……ごもっともですよ、と日替わりランチを食べながら、萌子は思う。
今日は萌子の好きな煮込みハンバーグだが、総司のリアクションの意味が気になりすぎて、いまいち味がしなかった。
「まあ、夢みたいな出来事で、びっくりしたし。
本当のことかどうか、段々自信がなくなってきてたし」
と言ったのだが、めぐは、
「いやそれ、課長の方がびっくりだったでしょうよ。
いきなり、山の中の落とし穴に部下が落ちてたら」
と言う。
ますます、ごもっともですよ、と思ったとき、めぐが言ってきた。
「でもそれ、課長が来てくれてよかったよね。
そうじゃなかったら、あんた、ヘビやミミズと夜明かしするはめになってたよね」
ひっ、と思う。
確かに。
暗くてよく見えなかったけど。
カンテラの灯りの届かぬ場所にいたかもしれないな、と思い、萌子は青くなる。
「も、もう一度お礼を……」
と視線で総司を探したが、総司の姿は今日は社食にはなかった。
「でもさー、あんたの話し方だと夢もロマンもないけどさ。
ピンチのときにイケメン課長が現れて、俺に抱きつけ! って言ってくるとか、いいじゃんっ」
恋ははじまらないの、恋はっ、とめぐは目を輝かせて言ってくる。
「……ケメちゃん」
めぐのあだ名がケメなのは、『けんもち めぐ』なので、小学校のとき、ケメと呼ばれていたと、うっかり入社してすぐの同期会でしゃべってしまったからだった。
彼女は、そのうっかりを今でも後悔しているらしい。
「OLになって、大人の恋がはじまったりするかと思ったのに。
小学校のときのあだ名で呼ばれるとか。
しかも、ケメ……」
いや、可愛いではないか。
ちなみに、萌子は小学校では『ウリ坊』と呼ばれていた。
名前とはなにも関係ないが、いつの間にかみんなが呼ぶようになっていたのだ。
祖父母の神社が猪目神社という名前だからかなと思っている。
神社の紋である神紋も猪目なのだが。
猪目はハート形なので、最近では、恋愛運アップの神社として評判だ。
まあそれはさておき、職場でウリ坊と呼ばれたくないので、萌子はその話は絶対口にはしなかった。
ウリ坊に比べたら、ケメちゃんなんて可愛いものだ。
そんなことを思いながら、萌子は言う。
「いくら格好よくても、感謝してても。
恋なんてはじまらないよ。
だって、あの課長だよ?
俺に抱きつけ、以外に言った言葉は、チェーンソー持ってるのはジェイソンじゃなくて、レザーフェイスだ、だったんだから」
「さすが、田中侯爵……」
とめぐは苦笑いしている。
「そもそも課長が私なんて相手にしないよ」
「まあねー。
それに、山の中カンテラ持ってウロついてるような危険な女には、声かけないかー」
と自分で言っておいて、あっさり、めぐは恋のはじまりを否定した。
うむ。
自分ではそうかな~、と思っていても。
人様に断言されると、ちょっぴり不愉快ナリ……、
と思いながら、萌子は付け合わせの甘いニンジンを口に放り込んだ。
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