4 / 20
3 友人は魔法使いでした
しおりを挟む
「あっ、亜紀ちゃんこんばんわ~~」
亜紀御用達という美容院はそのコーヒーショップから歩いて10分の瀟洒な外観のビル1階にあった。お洒落大好きな亜紀が中途半端な場所に通っているわけがないよな、と優実は自分だったら入らないような意識高い感じの美容院で、椅子に座りながら冷や汗を流していた。
(横文字ばっかり言われたらどうしよ……)
同世代と思われる明るい髪色のイケメン美容師さんが亜紀の顔を見るとぱっと笑顔になった。
「タツキさーんこんばんわ~。突然予約しちゃってごめんなさい~!今日はね、私じゃなくって、この子を綺麗にしてくださーい!」
「任せといてよ~。こんばんわ~、亜紀ちゃんのお友達さん~。どんな風にしますか?」
突然ふられた優実は目を白黒させた。
(どんな風にも何も、私はただここまで引きずられてきただけでノープランなんですよね…)
「えっと…私みたいな顔でも、うかない感じで…」
「「は?!?!?」」
2人から同時につっこみが入り、優実は思わず肩をびくっと震わせた。
「亜紀ちゃん、僕、美容師としてのやる気がすっごい湧いてきた…」
「でしょでしょタツキさん、この子自分のことよく分かってないから、よろしくね~!!」
「せっかくのさらっさらのロングヘアーだけど、15センチくらい切ってもいいですかね?」
「どうぞどうぞ~~」
もはや優実ではなく亜紀が返答している。
「ついでにメイクもよろしくお願いしまーす!」
「わ、腕が鳴る~~」
「えっ!?」
そこは優実が聞き返すと、タツキが「あ、僕メイクも専門でするんで安心してくださいね」とにっこり笑ったが、気になったのはそこではない。そこではないのだが…ちらりと目の前の鏡に映る亜紀に視線をやると、『まさか断らないわよね?』と圧を感じる顔をしていたので、ゆっくりと頷いた。
☆
果たして1時間半後、目の前の鏡に映る自分に、優実はただただ驚愕するしかなかった。
今までストレートヘア、としかいいようがなかったロングヘアーは細かなニュアンスを加えたミディアムヘアに変身していた。コテで軽くウェーブも巻いてくれていて、それが自分の顔を何倍も引き立てていることは間違いない。
そして何といっても変わったのが、顔。
見ていたらそんなにたいしたことをしていたようには思えなかったのに、タツキの手によって眉毛の形が綺麗に整えられるとそれだけであか抜けた感じがする。さっと引かれたアイライナーとマスカラによって目の大きさが強調され、ほんのりチークのお陰でいつもより何倍も健康的だ。唇はベージュピンクで、派手な色では全然ないのに潤っているように見える。
お化粧をしても、佳織には正直似ていないし美しさという意味では佳織の足元にも及ばないだろう。
けれど―――今までの自分とは全然違うことに胸が震えた。
それは今まで家族にずっと否定されていたように感じていた顔ではなくなった瞬間だったのだ。
優実が鏡を見つめたまま呆然としていると、タツキはにっこり笑って
「うん、我ながらいい出来!優実ちゃんはね、素材が抜群にいいから、ちょっと手をいれてあげるだけでめちゃくちゃ輝けるよ」
と優しく教えてくれた。生まれてから今まで誰もそんなことを言ってくれなかったし教えてもくれなかった。思わず瞳を潤ませると、タツキに完成したよと呼ばれてやってきた亜紀が
「ほらぁ!私が言った通りでしょ~優実は綺麗なんだからね!!まだ時間あるから、そこの駅ビルに洋服見にいくよ!」
と、まだ呆然としている優実をひっぱって立たせる。優美はふわふわした気持ちのまま、タツキにお礼を言った。
「タツキさん、ありがとうございました」
「優実ちゃんまたいつでもおいで、似合うメイクのコツも今度教えてあげるからね」
そうやって言ってくれたタツキの言葉に優実は再び目頭が熱くなるのを感じるのだった。
☆
「優実、スタイルだっていいんだからそれを生かさないと!」
とにかく今まで目立たないことだけを考えていたため、洋服といえばモノトーン、グレーあたりで、サイズも窮屈でなければそれでよかった。
亜紀が連れて行ってくれたのは、いつも行く量販店よりも多少お値段は張るが、お洒落初心者の優実でも気後れしなそうな上品でシンプルなデザインが揃うお店だった。美容院でのショックを引きずっている優実は、亜紀に言われるがまま、仕事でも使えそうな、形はシンプルだが襟元が綺麗なレースがあしらわれている白いブラウスと、今まで買ったこともなかったテロンとした素材のベージュのフレアパンツを試着した。本当はもっと綺麗な色のスカートにしなよと言われたのだが、普段スカートを履かないので、それは辞退した。
試着してみて驚いた。色合わせは何のこともない、白とベージュの上下なのだが、デザインや素材、そして身体のサイズに合っていることによってこうまで印象が変わるのか。亜紀に渡された細めのベルトをしめると、お化粧と髪形の効果もあってか、さっきまでの自分とは別人のようだった。
「靴はさ、足に本当に合うのを選ばなきゃいけないから今日は時間なくて無理だけど…本当はそんな地味じゃなくてもう少し可愛いデザインが似合うと思うよ」
亜紀がニコニコしながらお会計を済ませる優実に言った。冴えないグレーのスーツはショップの袋の中だ。お店を出て、合コン会場のレストランに向かいながら、胸がいっぱいになってすぐに亜紀にお礼を言うことが出来なかった。
「ありがとう…亜紀…」
「なにが~?」
「…色々と、本当に…」
大学で東京に出てきてから、誰にも姉のこと、家族のことを話したことはなかった。だから亜紀が優実の抱えているコンプレックスを知っているわけがない。それでも今日彼女がしてくれたことは、人生の大きな一歩になるかもしれないと優実は思っていた。
(わたしは本当はシンデレラだったのかもしれない…)
かつて、せめてひどい境遇に堕とされたシンデレラだったら、と、自虐的で身勝手な空想を持った自分を嫌悪していたが、今日亜紀が優実に差し出してくれたものは、まさにシンデレラの中に出てくる、魔女の魔法のように感じた。そしてその魔法は、優実に大切なことも気づかせてくれた。
(誰かに認めてもらうためじゃなく、自分のために、綺麗になるべきなんだ)
亜紀御用達という美容院はそのコーヒーショップから歩いて10分の瀟洒な外観のビル1階にあった。お洒落大好きな亜紀が中途半端な場所に通っているわけがないよな、と優実は自分だったら入らないような意識高い感じの美容院で、椅子に座りながら冷や汗を流していた。
(横文字ばっかり言われたらどうしよ……)
同世代と思われる明るい髪色のイケメン美容師さんが亜紀の顔を見るとぱっと笑顔になった。
「タツキさーんこんばんわ~。突然予約しちゃってごめんなさい~!今日はね、私じゃなくって、この子を綺麗にしてくださーい!」
「任せといてよ~。こんばんわ~、亜紀ちゃんのお友達さん~。どんな風にしますか?」
突然ふられた優実は目を白黒させた。
(どんな風にも何も、私はただここまで引きずられてきただけでノープランなんですよね…)
「えっと…私みたいな顔でも、うかない感じで…」
「「は?!?!?」」
2人から同時につっこみが入り、優実は思わず肩をびくっと震わせた。
「亜紀ちゃん、僕、美容師としてのやる気がすっごい湧いてきた…」
「でしょでしょタツキさん、この子自分のことよく分かってないから、よろしくね~!!」
「せっかくのさらっさらのロングヘアーだけど、15センチくらい切ってもいいですかね?」
「どうぞどうぞ~~」
もはや優実ではなく亜紀が返答している。
「ついでにメイクもよろしくお願いしまーす!」
「わ、腕が鳴る~~」
「えっ!?」
そこは優実が聞き返すと、タツキが「あ、僕メイクも専門でするんで安心してくださいね」とにっこり笑ったが、気になったのはそこではない。そこではないのだが…ちらりと目の前の鏡に映る亜紀に視線をやると、『まさか断らないわよね?』と圧を感じる顔をしていたので、ゆっくりと頷いた。
☆
果たして1時間半後、目の前の鏡に映る自分に、優実はただただ驚愕するしかなかった。
今までストレートヘア、としかいいようがなかったロングヘアーは細かなニュアンスを加えたミディアムヘアに変身していた。コテで軽くウェーブも巻いてくれていて、それが自分の顔を何倍も引き立てていることは間違いない。
そして何といっても変わったのが、顔。
見ていたらそんなにたいしたことをしていたようには思えなかったのに、タツキの手によって眉毛の形が綺麗に整えられるとそれだけであか抜けた感じがする。さっと引かれたアイライナーとマスカラによって目の大きさが強調され、ほんのりチークのお陰でいつもより何倍も健康的だ。唇はベージュピンクで、派手な色では全然ないのに潤っているように見える。
お化粧をしても、佳織には正直似ていないし美しさという意味では佳織の足元にも及ばないだろう。
けれど―――今までの自分とは全然違うことに胸が震えた。
それは今まで家族にずっと否定されていたように感じていた顔ではなくなった瞬間だったのだ。
優実が鏡を見つめたまま呆然としていると、タツキはにっこり笑って
「うん、我ながらいい出来!優実ちゃんはね、素材が抜群にいいから、ちょっと手をいれてあげるだけでめちゃくちゃ輝けるよ」
と優しく教えてくれた。生まれてから今まで誰もそんなことを言ってくれなかったし教えてもくれなかった。思わず瞳を潤ませると、タツキに完成したよと呼ばれてやってきた亜紀が
「ほらぁ!私が言った通りでしょ~優実は綺麗なんだからね!!まだ時間あるから、そこの駅ビルに洋服見にいくよ!」
と、まだ呆然としている優実をひっぱって立たせる。優美はふわふわした気持ちのまま、タツキにお礼を言った。
「タツキさん、ありがとうございました」
「優実ちゃんまたいつでもおいで、似合うメイクのコツも今度教えてあげるからね」
そうやって言ってくれたタツキの言葉に優実は再び目頭が熱くなるのを感じるのだった。
☆
「優実、スタイルだっていいんだからそれを生かさないと!」
とにかく今まで目立たないことだけを考えていたため、洋服といえばモノトーン、グレーあたりで、サイズも窮屈でなければそれでよかった。
亜紀が連れて行ってくれたのは、いつも行く量販店よりも多少お値段は張るが、お洒落初心者の優実でも気後れしなそうな上品でシンプルなデザインが揃うお店だった。美容院でのショックを引きずっている優実は、亜紀に言われるがまま、仕事でも使えそうな、形はシンプルだが襟元が綺麗なレースがあしらわれている白いブラウスと、今まで買ったこともなかったテロンとした素材のベージュのフレアパンツを試着した。本当はもっと綺麗な色のスカートにしなよと言われたのだが、普段スカートを履かないので、それは辞退した。
試着してみて驚いた。色合わせは何のこともない、白とベージュの上下なのだが、デザインや素材、そして身体のサイズに合っていることによってこうまで印象が変わるのか。亜紀に渡された細めのベルトをしめると、お化粧と髪形の効果もあってか、さっきまでの自分とは別人のようだった。
「靴はさ、足に本当に合うのを選ばなきゃいけないから今日は時間なくて無理だけど…本当はそんな地味じゃなくてもう少し可愛いデザインが似合うと思うよ」
亜紀がニコニコしながらお会計を済ませる優実に言った。冴えないグレーのスーツはショップの袋の中だ。お店を出て、合コン会場のレストランに向かいながら、胸がいっぱいになってすぐに亜紀にお礼を言うことが出来なかった。
「ありがとう…亜紀…」
「なにが~?」
「…色々と、本当に…」
大学で東京に出てきてから、誰にも姉のこと、家族のことを話したことはなかった。だから亜紀が優実の抱えているコンプレックスを知っているわけがない。それでも今日彼女がしてくれたことは、人生の大きな一歩になるかもしれないと優実は思っていた。
(わたしは本当はシンデレラだったのかもしれない…)
かつて、せめてひどい境遇に堕とされたシンデレラだったら、と、自虐的で身勝手な空想を持った自分を嫌悪していたが、今日亜紀が優実に差し出してくれたものは、まさにシンデレラの中に出てくる、魔女の魔法のように感じた。そしてその魔法は、優実に大切なことも気づかせてくれた。
(誰かに認めてもらうためじゃなく、自分のために、綺麗になるべきなんだ)
24
あなたにおすすめの小説
イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団の異色男子
ジャスティン・レスターの意外なお話
矢代木の実(23歳)
借金地獄の元カレから身をひそめるため
友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ
今はネットカフェを放浪中
「もしかして、君って、家出少女??」
ある日、ビルの駐車場をうろついてたら
金髪のイケメンの外人さんに
声をかけられました
「寝るとこないないなら、俺ん家に来る?
あ、俺は、ここの27階で働いてる
ジャスティンって言うんだ」
「………あ、でも」
「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は…
女の子には興味はないから」
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる