シンデレラ、ではありません。

椎名さえら

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3 友人は魔法使いでした

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「あっ、亜紀ちゃんこんばんわ~~」

亜紀御用達という美容院はそのコーヒーショップから歩いて10分の瀟洒な外観のビル1階にあった。お洒落大好きな亜紀が中途半端な場所に通っているわけがないよな、と優実は自分だったら入らないような意識高い感じの美容院で、椅子に座りながら冷や汗を流していた。

(横文字ばっかり言われたらどうしよ……)

同世代と思われる明るい髪色のイケメン美容師さんが亜紀の顔を見るとぱっと笑顔になった。

「タツキさーんこんばんわ~。突然予約しちゃってごめんなさい~!今日はね、私じゃなくって、この子を綺麗にしてくださーい!」

「任せといてよ~。こんばんわ~、亜紀ちゃんのお友達さん~。どんな風にしますか?」

突然ふられた優実は目を白黒させた。

(どんな風にも何も、私はただここまで引きずられてきただけでノープランなんですよね…)

「えっと…私みたいな顔でも、うかない感じで…」

「「は?!?!?」」

2人から同時につっこみが入り、優実は思わず肩をびくっと震わせた。

「亜紀ちゃん、僕、美容師としてのやる気がすっごい湧いてきた…」

「でしょでしょタツキさん、この子自分のことよく分かってないから、よろしくね~!!」

「せっかくのさらっさらのロングヘアーだけど、15センチくらい切ってもいいですかね?」

「どうぞどうぞ~~」

もはや優実ではなく亜紀が返答している。

「ついでにメイクもよろしくお願いしまーす!」

「わ、腕が鳴る~~」

「えっ!?」

そこは優実が聞き返すと、タツキが「あ、僕メイクも専門でするんで安心してくださいね」とにっこり笑ったが、気になったのはそこではない。そこではないのだが…ちらりと目の前の鏡に映る亜紀に視線をやると、『まさか断らないわよね?』と圧を感じる顔をしていたので、ゆっくりと頷いた。




果たして1時間半後、目の前の鏡に映る自分に、優実はただただ驚愕するしかなかった。

今までストレートヘア、としかいいようがなかったロングヘアーは細かなニュアンスを加えたミディアムヘアに変身していた。コテで軽くウェーブも巻いてくれていて、それが自分の顔を何倍も引き立てていることは間違いない。

そして何といっても変わったのが、顔。

見ていたらそんなにたいしたことをしていたようには思えなかったのに、タツキの手によって眉毛の形が綺麗に整えられるとそれだけであか抜けた感じがする。さっと引かれたアイライナーとマスカラによって目の大きさが強調され、ほんのりチークのお陰でいつもより何倍も健康的だ。唇はベージュピンクで、派手な色では全然ないのに潤っているように見える。



お化粧をしても、佳織には正直似ていないし美しさという意味では佳織の足元にも及ばないだろう。

けれど―――今までの自分とは全然違うことに胸が震えた。

それは今まで家族にずっと否定されていたように感じていた顔ではなくなった瞬間だったのだ。



優実が鏡を見つめたまま呆然としていると、タツキはにっこり笑って

「うん、我ながらいい出来!優実ちゃんはね、素材が抜群にいいから、ちょっと手をいれてあげるだけでめちゃくちゃ輝けるよ」

と優しく教えてくれた。生まれてから今まで誰もそんなことを言ってくれなかったし教えてもくれなかった。思わず瞳を潤ませると、タツキに完成したよと呼ばれてやってきた亜紀が

「ほらぁ!私が言った通りでしょ~優実は綺麗なんだからね!!まだ時間あるから、そこの駅ビルに洋服見にいくよ!」

と、まだ呆然としている優実をひっぱって立たせる。優美はふわふわした気持ちのまま、タツキにお礼を言った。

「タツキさん、ありがとうございました」

「優実ちゃんまたいつでもおいで、似合うメイクのコツも今度教えてあげるからね」

そうやって言ってくれたタツキの言葉に優実は再び目頭が熱くなるのを感じるのだった。





「優実、スタイルだっていいんだからそれを生かさないと!」

とにかく今まで目立たないことだけを考えていたため、洋服といえばモノトーン、グレーあたりで、サイズも窮屈でなければそれでよかった。

亜紀が連れて行ってくれたのは、いつも行く量販店よりも多少お値段は張るが、お洒落初心者の優実でも気後れしなそうな上品でシンプルなデザインが揃うお店だった。美容院でのショックを引きずっている優実は、亜紀に言われるがまま、仕事でも使えそうな、形はシンプルだが襟元が綺麗なレースがあしらわれている白いブラウスと、今まで買ったこともなかったテロンとした素材のベージュのフレアパンツを試着した。本当はもっと綺麗な色のスカートにしなよと言われたのだが、普段スカートを履かないので、それは辞退した。

試着してみて驚いた。色合わせは何のこともない、白とベージュの上下なのだが、デザインや素材、そして身体のサイズに合っていることによってこうまで印象が変わるのか。亜紀に渡された細めのベルトをしめると、お化粧と髪形の効果もあってか、さっきまでの自分とは別人のようだった。

「靴はさ、足に本当に合うのを選ばなきゃいけないから今日は時間なくて無理だけど…本当はそんな地味じゃなくてもう少し可愛いデザインが似合うと思うよ」

亜紀がニコニコしながらお会計を済ませる優実に言った。冴えないグレーのスーツはショップの袋の中だ。お店を出て、合コン会場のレストランに向かいながら、胸がいっぱいになってすぐに亜紀にお礼を言うことが出来なかった。

「ありがとう…亜紀…」

「なにが~?」

「…色々と、本当に…」

大学で東京に出てきてから、誰にも姉のこと、家族のことを話したことはなかった。だから亜紀が優実の抱えているコンプレックスを知っているわけがない。それでも今日彼女がしてくれたことは、人生の大きな一歩になるかもしれないと優実は思っていた。

(わたしは本当はシンデレラだったのかもしれない…)

かつて、せめてひどい境遇に堕とされたシンデレラだったら、と、自虐的で身勝手な空想を持った自分を嫌悪していたが、今日亜紀が優実に差し出してくれたものは、まさにシンデレラの中に出てくる、魔女の魔法のように感じた。そしてその魔法は、優実に大切なことも気づかせてくれた。



(誰かに認めてもらうためじゃなく、自分のために、綺麗になるべきなんだ)


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