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5 王子からのお誘い
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唸り声の正体は、振り向かなくても分かる。雄大だ。
「え?誰、この人…優実の知り合い?」
優実が視線を上げると、佳高が狼狽しながら、彼女の隣にやってきた雄大を見上げていた。
「井上くん」
泣いていたせいで震える声で名前を呼ぶと、雄大がしかめ面のまま優実の腕をつかんで、立たせた。声だけ聴くと不機嫌そうではあったが、優実をつかむ手は優しかった。
「田中、大丈夫か?」
「うん…なんでもない…」
慌てて涙を手でふいてから、優実は佳高に雄大のことを紹介する。
「佳高、会社の同期の井上くん。井上くん、佳高は大学のゼミが一緒だったの」
男二人はどことなくぎこちない挨拶を交わした。
「井上くん、トイレ?」
「違う。鈴木が田中が帰るから送って行けっていうから」
「亜紀が?」
優実は目を瞬いた。そんな優実と雄大を見比べていた佳高が、俺そろそろ戻るわ、と言った。
「優実、会えて嬉しかった。電話番号変わってないよな?また連絡してもいい?」
佳高にそう言われて、優実はもちろんと笑顔になった。
☆
「井上くん、本当に帰ってきてよかったの?」
会社の飲み会に戻る佳高と別れて店の外に出ると、優実は雄大に確認した。雄大が出てきてしまうと、女子たちのブーイングが凄かったことは想像に難くない。
「いいんだ、別に」
本当に気にしてなさそうに、あっさりと雄大は答えた。優実と佳高の様子から何かあったかもしれないと気づいているかもしれないがそのことには何も触れずに、彼は帰ろうぜと言って駅に向かって歩き出した。
「あ、実は家まで歩いて帰ろうと思ってて…」
電車の最寄り駅は隣駅になるのだが、優実の一人暮らしのアパートはここからだと歩いて20分ほどの距離だ。
「また月曜日ね」
そういうと、雄大はまたしても盛大に顔をしかめた。
「送る」
「歩いて?でも駅とは逆方向だよ」
「いいよ、俺が心配だから送る」
重ねてそう言われてしまうと優実は黙るしかなかった。ありがとうと呟くと、ん。と雄大が頷いた。
☆
家までの道すがら、最初は仕事の話もしていたのだが段々逸れていく。同期の飲み会などで一緒に飲むことが多いので、なんとはなしにお互いの近況は分かっているが、こうやって2人きりで個人的なことをじっくりと話すのはこれが初めてだ。
「週末とか田中は何してるの?」
「特別なことは何も…たまってる家事をして、友達とお茶したり、ランチしたり。井上くんは?」
「俺も似た感じかなぁ…友達と飲む以外は地味なもんだ」
夜道を2人で歩きながら、他愛のない話をしていると徐々にリラックスした気持ちになってきた。
(亜紀はああやって言うけど…井上くんが私のことを好きなはずはないよねぇ)
今日の合コンでも雄大のモテっぷりはすごかった。ある意味誰でも選べる雄大が、今まで何も言ってこなかったのだから脈があるわけがない。
「鈴木のパワーって凄いな。どうせ田中のことを引きずって美容院に連れて行ったんだろう?」
優実はちょっと苦笑する。
さすが雄大、亜紀の性格をよく分かっていらっしゃる。
――だけど。
「うん。亜紀が美容院とショップに連れて行ってくれて…すごく楽しかったんだ」
そう、自分はとても楽しかった。
亜紀が魔法をかけてくれて、嬉しかった。
思わず本音がこぼれると、雄大はちらりと横目で優実を見下ろし、ふっと笑った。
「そうか。良かったな」
「うん…こんなにショッピングが楽しかったの初めてかも。そうだ、明日も行こうかな」
軽い気持ちで付け加えたが、心の中で、そうしよう、と決めた。せっかく亜紀に変わるきっかけをもらったのだ。好きになれない自分とお別れする良いチャンスかもしれない。垢抜けないワードローブも一新してしまおう。
優実がひとりでぼんやりと考えている間に、雄大が何かを言いたそうに逡巡している気配を感じた。しばらくの沈黙のあとの彼の台詞に優実は心底びっくりした。
「明日俺も一緒に行っても構わないか?」
「……え?」
優実は思わず立ち止まると…耳朶がじわじわと熱くなっていくのを感じる。
(…顔赤いよね、私…?わ、夜でよかった…)
「構わない?」
雄大も立ち止まり、もう一度聞かれる。
「え、でも、そこらへんうろうろするだけだよ?」
「いい」
短いが力強い答えだった。
「田中と出かけたいんだ」
☆
それから何を話してどうやって帰ってきたのかよく覚えていない。とりあえず明日一緒に出かけるという約束を交わした後に雄大がほっとした顔をしたことも優実は気づいていなかった。アパートの前まで送ってもらい――家の前まで雄大が来たのはもちろん初めてだ――明日10時に車でここに迎えに来る、と言うと、彼は颯爽と帰っていった。
(あ、せっかく送ってもらったのに…あがってもらえばよかったかな)
恋愛経験値の低い優実はこういうときにどうしたらいいのかよく分かっていない。
でももう夜遅いし、明日また会えるし…
明日、また会える。
シンデレラだったら12時に魔法が解けるはずなのに、優実にはまだ魔法がかかったままだった。
「え?誰、この人…優実の知り合い?」
優実が視線を上げると、佳高が狼狽しながら、彼女の隣にやってきた雄大を見上げていた。
「井上くん」
泣いていたせいで震える声で名前を呼ぶと、雄大がしかめ面のまま優実の腕をつかんで、立たせた。声だけ聴くと不機嫌そうではあったが、優実をつかむ手は優しかった。
「田中、大丈夫か?」
「うん…なんでもない…」
慌てて涙を手でふいてから、優実は佳高に雄大のことを紹介する。
「佳高、会社の同期の井上くん。井上くん、佳高は大学のゼミが一緒だったの」
男二人はどことなくぎこちない挨拶を交わした。
「井上くん、トイレ?」
「違う。鈴木が田中が帰るから送って行けっていうから」
「亜紀が?」
優実は目を瞬いた。そんな優実と雄大を見比べていた佳高が、俺そろそろ戻るわ、と言った。
「優実、会えて嬉しかった。電話番号変わってないよな?また連絡してもいい?」
佳高にそう言われて、優実はもちろんと笑顔になった。
☆
「井上くん、本当に帰ってきてよかったの?」
会社の飲み会に戻る佳高と別れて店の外に出ると、優実は雄大に確認した。雄大が出てきてしまうと、女子たちのブーイングが凄かったことは想像に難くない。
「いいんだ、別に」
本当に気にしてなさそうに、あっさりと雄大は答えた。優実と佳高の様子から何かあったかもしれないと気づいているかもしれないがそのことには何も触れずに、彼は帰ろうぜと言って駅に向かって歩き出した。
「あ、実は家まで歩いて帰ろうと思ってて…」
電車の最寄り駅は隣駅になるのだが、優実の一人暮らしのアパートはここからだと歩いて20分ほどの距離だ。
「また月曜日ね」
そういうと、雄大はまたしても盛大に顔をしかめた。
「送る」
「歩いて?でも駅とは逆方向だよ」
「いいよ、俺が心配だから送る」
重ねてそう言われてしまうと優実は黙るしかなかった。ありがとうと呟くと、ん。と雄大が頷いた。
☆
家までの道すがら、最初は仕事の話もしていたのだが段々逸れていく。同期の飲み会などで一緒に飲むことが多いので、なんとはなしにお互いの近況は分かっているが、こうやって2人きりで個人的なことをじっくりと話すのはこれが初めてだ。
「週末とか田中は何してるの?」
「特別なことは何も…たまってる家事をして、友達とお茶したり、ランチしたり。井上くんは?」
「俺も似た感じかなぁ…友達と飲む以外は地味なもんだ」
夜道を2人で歩きながら、他愛のない話をしていると徐々にリラックスした気持ちになってきた。
(亜紀はああやって言うけど…井上くんが私のことを好きなはずはないよねぇ)
今日の合コンでも雄大のモテっぷりはすごかった。ある意味誰でも選べる雄大が、今まで何も言ってこなかったのだから脈があるわけがない。
「鈴木のパワーって凄いな。どうせ田中のことを引きずって美容院に連れて行ったんだろう?」
優実はちょっと苦笑する。
さすが雄大、亜紀の性格をよく分かっていらっしゃる。
――だけど。
「うん。亜紀が美容院とショップに連れて行ってくれて…すごく楽しかったんだ」
そう、自分はとても楽しかった。
亜紀が魔法をかけてくれて、嬉しかった。
思わず本音がこぼれると、雄大はちらりと横目で優実を見下ろし、ふっと笑った。
「そうか。良かったな」
「うん…こんなにショッピングが楽しかったの初めてかも。そうだ、明日も行こうかな」
軽い気持ちで付け加えたが、心の中で、そうしよう、と決めた。せっかく亜紀に変わるきっかけをもらったのだ。好きになれない自分とお別れする良いチャンスかもしれない。垢抜けないワードローブも一新してしまおう。
優実がひとりでぼんやりと考えている間に、雄大が何かを言いたそうに逡巡している気配を感じた。しばらくの沈黙のあとの彼の台詞に優実は心底びっくりした。
「明日俺も一緒に行っても構わないか?」
「……え?」
優実は思わず立ち止まると…耳朶がじわじわと熱くなっていくのを感じる。
(…顔赤いよね、私…?わ、夜でよかった…)
「構わない?」
雄大も立ち止まり、もう一度聞かれる。
「え、でも、そこらへんうろうろするだけだよ?」
「いい」
短いが力強い答えだった。
「田中と出かけたいんだ」
☆
それから何を話してどうやって帰ってきたのかよく覚えていない。とりあえず明日一緒に出かけるという約束を交わした後に雄大がほっとした顔をしたことも優実は気づいていなかった。アパートの前まで送ってもらい――家の前まで雄大が来たのはもちろん初めてだ――明日10時に車でここに迎えに来る、と言うと、彼は颯爽と帰っていった。
(あ、せっかく送ってもらったのに…あがってもらえばよかったかな)
恋愛経験値の低い優実はこういうときにどうしたらいいのかよく分かっていない。
でももう夜遅いし、明日また会えるし…
明日、また会える。
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