シンデレラ、ではありません。

椎名さえら

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シンデレラではなかったけれど。

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久々に帰郷した。




北関東のとある郊外の都市――住んでいたときはなんとも思わなかったけれど、東京に住むのが長ずるにつれて、言葉は悪いけれど、ここはそれなりにのんびりしていたんだな、と思う。

姉の佳織が婚約者を披露するからお前も帰ってこい、と言われた年末年始は結局帰省しなかった。というか、帰省するつもりだったのに、優実がインフルエンザに罹ってしまって無理になってしまったのだ。

母親にメッセージを打つと、『本当なの?』と疑われてしまったくらい、帰省予定ギリギリに発熱したのだが、優実が電話をかけて、ガサガサの割れた声で謝罪するとさすがに信じてくれたらしく、今度はあれこれと心配されて、ああしなさいこうしなさいと口やかましく指示された。あまりにも昔のままで思わず苦笑する。母がひとしきり話し終えた後、優実は本題に入った。

『お正月は無理になっちゃったけど、1月中に一度彼氏を連れて家に帰るよ』

電話の向こうで、母が絶句したのを昨日のことのように覚えている。今まで男っ気ひとつなかった次女が、男を連れて帰ってくる…?年齢的に結婚も視野にいれているのか!?何も言わずとも母の考えていることは伝わってきた。

『とにかく…お姉ちゃんとお姉ちゃんの彼氏さんによろしく伝えて。また予定を連絡するね』

それ以上母に何かを言わせないまま、電話を切った。呆然としている母親の顔が脳裏に思い浮かんで、熱でいつも以上に重たく感じる身体をベッドに横たえると、くつくつと笑ってしまった。




そんなわけで正月は帰省できず、しかし当たり前のように雄大が毎日優実のアパートに泊まり甲斐甲斐しく看病してくれたので、まったく寂しくはなかった。インフルエンザが回復するまでベッドで過ごした正月にはなったが、1月3日にようやく熱が引いたので、雄大と一緒に初詣には行けたし、そう思ったらそこまで悪くなかった。紅白はまともに見れず、お節もお雑煮も食べられなかったけれど。


その夜、やっとベッドではなく、ソファに座ってテレビを眺めていた優実に、隣に座った雄大が携帯で何かを検索して、その画面を見せてくれた。

「な、このマンションとかどう?」

「雄大引っ越すの?」

優実のアパートもなかなかの古さだが、雄大のアパートは輪をかけて古かった。会社での異性にモテモテの、キラキラした雄大しか知らなかった頃は考えられなかったけれど、彼は出自のせいでとても倹約家であった。初めてのデートの時に、毎週のようにドライブして海岸に行ってるのが似合うのにな、の、真逆の慎ましい生活を彼は送っていて、優実と同じく大学時代に住み着いた木造アパートに今も住んでいる。しかしそのしっかりした金銭感覚も優実としっくりくるのだ。

とはいえ、今ではほとんど優実のアパートで過ごしているので彼のささやかな私物は、このアパートにうつってきている。

「ああ。といっても俺だけじゃない。――優実と一緒に住みたい」

3年間の両片思い、すれ違いを経て、2人は思ったことはできるだけちゃんと口にしようと決めた。もし少しでも勇気を持っていたら、もっと早く恋人になれていたからだ。この数年間が無駄だったとは思わないけれど、それでもやはり思ったことを口にして歩み寄ることは大切だと優実も思った。なので、彼女はこっくりと頷いた。

「うん」

彼女が頷くと、雄大がパッと笑顔になった。

「このマンション、悪くないと思わないか?家賃は今の2倍だけど払えない額じゃないし、会社にもずっと近くなって、部屋は2LDK…オートロックつき」

「あ、家賃はちゃんと折半しようね」

「…まぁそこは応相談だな」

会社はおっとりした社風で、社内恋愛もまったく問題ないため、雄大はすぐに周囲にカミングアウトした。これがまた面白いことに、関係が近ければ近いほど皆、2人をやきもきして見守っていてくれたらしく、井上やっと言ったのか!おめでとう!ムードだった。部署を変えられることもなく、ただ隣同士だった席だけはさすがに離された。すごく風通しのいい会社なので、もし雄大と結婚したとしてもずっと働いていけると思っているから、ちゃんと家賃などは払いたい。

「このマンションじゃなくてもいいけど、2LDKくらいだと…その…家族が増えたときも慌てて引っ越さなくていいだろ?」

ぱっと彼の顔を見ると、耳朶が赤くなっている。彼は今日も可愛い。

「そうだね」

そう相槌をうつと、彼女は手を伸ばして雄大の手元にあるスマホの画面を引き寄せて、じっくりと眺める。

「今度の週末、内覧行こっか?他にもいくつか候補探してさ」

優実がそう尋ねると、ついに我慢ができなくなった雄大が彼女を引き寄せてキスを落としたのだった。




「思いが通じるまで3年、同棲まで2ヶ月、さすが営業部!仕事ができる!君たちやるねぇ。――あ、優実、そのパンツスーツ絶対に似合う、試着室へゴ―!」


金曜日の帰り、今日は亜紀と飲む約束をしていたのだが、飲みに行く前に2人で買い物に来た。以前合コンに行く時に服を買ったショップに入り、優実が好きだなと思って見ていた細身のダークグレーのパンツスーツが、アドバイザーの亜紀からゴーサインが出たので、試着室に向かった。以前に比べると私服は色味を足しているが、さすがにスーツは地味色がメインだ。試着室を出ると、亜紀が笑った。

「うん、やっぱり似合うね。――てか優実また痩せたね?世間の女子が騒ぐ、正月太りって言葉知ってる?」

「だってインフルだったんだもん……」

「あ、そうか…ごめん、病み上がりだったね。まぁ…井上は優実が細くても太ってても何でもいいんだろうけど」

「そ、そうかな?」

「そうだよ、あいつは本当に優実のことが好きでじっと側で3年待ってるような男だからね、いいんだよ優実はそのまま幸せになって頂戴、そして私に幸せを分けて」

とりあえずこのスーツは買うことにして、亜紀とショップを出た。

最近亜紀が気に入っているという和風創作居酒屋に入り、まずはお酒で乾杯をする。優実はあまりお酒に強くないのでカクテルの中からモスコミュールにしておいた。

亜紀はあの合コンの後、気が合いそうな男性と連絡先を交換してデートもしたらしいのだが、どうも感じが第一印象と違ったらしく、フリーのままだった。肉食だが亜紀はその辺りシビアで、感覚がなんとなく合わないなと思ったらもう付き合わないらしい。違うと思ってるのに付き合って時間を無駄するのが嫌、と言われて、そんなことを考えたこともなかった優実は目が点になった。

「でも亜紀はよくモテるし…」

そう言うと、亜紀は寂しそうに笑った。

「でもさ、自分が好きな人に好きになってもらわなかったら、意味ないでしょ?」

「…前の彼氏さんのこと?」

優実が尋ねたが、亜紀は曖昧に笑い、違うと首を振った。

「私がね、本当に好きな男は、ずっと違う人が好きなの」

(―――そうだったんだ……)

「それは、確定なの?」

「うん、確定。告白したけど、私はフラれたから」

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