シンデレラ、ではありません。

椎名さえら

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シンデレラではなかったけれど。

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「ああもうそんな顔しないで優実――もう折り合いはついてるの」

亜紀はポツポツと話してくれた。
彼女の地元は、北陸だ。彼女が好きなのは高校の同級生。亜紀は一目惚れで、仲良くなってから思いきって告白したけれど、好きな人がいるからといって断られたらしい。あまりにも好きすぎて、その同級生が恋人を作るのを見るのが嫌で大学から東京に出てきた。明るくて美人な亜紀はすぐに彼氏を作ることが出来て、彼を忘れようと努力したけれど、やはり忘れきれなくて、結局恋人とはいつも長続きしないらしい。

「例えばさ、言わないでもしかしたらあの人も好きだったかも、なんて話だったら諦めつかないのも分かるんだけどさ。もうはっきりフラれてるから、そんな余地も残ってない――解決するとしたら時間だけ、かな」

それか、彼が結婚した、と誰かから聞くか。

亜紀はそう言うと、へへっと笑った。

「ごめん、湿っぽくなった。折角優実は井上と気持ちが通じたんだから、めいっぱい幸せにならなきゃね!」





亜紀と飲んでから帰る、と会社の帰り際に雄大に言うと、彼は残業をしているので飲み終わりに連絡をくれ、と。そしたら一緒に帰れるだろう、とのことだった。確かに今日も優実の家に泊まると雄大は最初から決めていたし、居酒屋が会社からそこまで離れていなかったので、深く考えず了解したけれど、亜紀の話を聞いた後だと自分だけが幸せだとなんだか気が引けた。

けれど、それは優実の勝手な感傷であり、亜紀はきっとそんなことは望んでないと考え直した。だから飲みが終わる頃合いに雄大にメッセージを入れた。結果、それが正解だった。亜紀は信じられないくらい酔いがまわっていて、優実ひとりでは到底面倒みきれなかったからである。

ほどなくして到着した雄大と一緒に亜紀の両肩を支えて、タクシーを捕まえて乗せた。ついていったほうがいいかと心配する優実に、亜紀は大丈夫と断った。意識がなくなりそうなほど酔っているようには見えなかったので、家についたらメッセージをいれるように彼女に言うと、タクシーのドアを閉める。

「今夜は鈴木、随分荒れてたな」

「亜紀にだってたまにはこんな夜もあるよ」

雄大は優実が買ったスーツが入ったショップの袋を自然に持つと、そのまま手を繋いで、駅に向かった。

亜紀が荒れた理由の一つは、高校時代の同級生の結婚式に招待されたことだった。式には参加したいが、彼も出席している確率は非常に高く、万が一結婚しているのをみてしまったらどうしたらいいのかわからない、というので、経験値が圧倒的に低い優実はなんて答えていいのか全く分からなかった。

(だけど…そうだな)

彼女は今ではすっかり見慣れた雄大の横顔を見上げて考える。

(どんな形であれやっぱりスッキリしたほうがいいから――頑張って行っておいでって亜紀に言おう。帰って来てからいくらでも話を聞いてあげるよって)






久しぶりの故郷の空は覚えているより、広かった。


「雄大、田舎すぎてびっくりしてる?」

東京生まれ東京育ちの雄大には、テレビや映画の中でしかみたことがない光景だろう。


「いや、びっくりしすぎることはないけど、優実がここで育ったんだなあって思ってる」

東京から電車で2時間ちょっと、日帰りで帰ろうと思えば帰れるので、親には泊まらないと言っているが、折角なので、途中にある温泉街に泊まることにして宿を取った。思えば雄大とは初めてのお泊りデートになる。親にあれこれ言われるのが嫌なので宿泊用の荷物は駅のコインロッカーに預けた。

駅から出てしばらく歩くと、優実の出身高校がある。ジャージを着た生徒たちがすれ違い様に優実たちに挨拶をする。

「こんにちわ~~」

「こんにちわ」

これには雄大が心底驚いた。

「知り合い?」

「ううん、あの子たちテニスラケット持ってたでしょ?だから多分テニス部。学校の近くではちゃんと知らない人でも挨拶するっていうのが伝統なの」

知らない人にでも挨拶するって、社会に出てしまえば少しおかしなルールだ。でも高校時代ってそういう独自のルールがたくさんあったものだ。

「家まで徒歩で30分くらいだけど大丈夫?」

「ああ」


いつものように手をつなぐと、雄大に道すがら色々な説明をしながら実家に向かった。高校時代によく行ったコンビニ、カフェ、友達と遊びに行ったことのあるカラオケ、ボーリング場。東京に比べると、すべて街に1軒ずつしかないような場所ではあるが、その分だけ思い出はたくさんで今見ると色々な思い出がつまっている。彼はとても楽しそうに話を聞いてくれたし、優実も勿論楽しかった。

(雄大と一緒に来れて良かったな)


今週末はちょうど亜紀の友達も結婚式をしていて、彼女も北陸に向かっている。今自分が噛み締めている幸せを亜紀がいつか感じることが出来たらいいな、そのためにはうまく彼とお別れが出来たらいいけれど…優実はそう願った。





「井上雄大です――優実さんとお付き合いさせてもらってます」

まず玄関に出てきた母は、優実が垢抜けたことにも気づかず、とにかく雄大の容姿端麗ぶりに度肝を抜かれていた。

「え、モデルさんか何か…?」

「まさか!同じ会社の同期です」

「はぁ…そうですか」

リビングルームで待っていた父も同じ反応で、しばらくして家にやってきた佳織はちょっとないほどぽかんとして雄大を眺めていた。

「え、優実の――えっと、彼氏?」

「はい、

雄大は、綺麗な佳織を見てもまったく態度を変えることなく淡々と答えている。彼の眼差しに熱が入るときは、優実を見つめる時だけだ。

「いやまぁ…優実みたいな普通の容姿の子に…井上さんみたいな人がどうして惹かれたのか分かりませんが…」

と父が思わず口を滑らせると、母も

「姉の佳織なら分かるんですけどねぇ……」

などと言うが、以前の優実なら傷ついた台詞も今はもう気にならない。しかし雄大は優実とは違う。はっきりとした口調で、言いきった。

「いえ、優実さんはとても綺麗です。外見は勿論ですけれど、内面も。彼女が僕を選んでくれて、今、とても幸せです」

(雄大…ありがとう)

ぽかんとする両親の顔を眺めながら、優実は心の中がとても暖かくなるのを感じた。




帰り際、雄大と両親が色々と話しこんでいる隣で、サービス業のため土日でも仕事で今日は来れなかった佳織の婚約者の写真を携帯の画面で見せてもらった。清潔そうな印象を与える、優しそうなタレ目の人だった。

「お姉ちゃん、婚約おめでとう」

佳織は今日も美しく微笑んだ。

「ありがとう」

「この人のどこが決め手だったの?」

今までの数々の男性遍歴を知っている優実としては聞いてみたかったポイントである。正直に言えば外見だけでいうとこの男性より優れている元恋人は何人かいた。

「あのね、私のこと綺麗って言わないの。明るいね、一緒にいて楽しいねって言ってくれるの。だからこの人だって思ったの」

意外すぎる回答に、優実はパチパチと目を瞬いた。

「私のこと、外見だけじゃなくて内面で見てくれるから」

佳織は愛おしそうに、婚約者の写真を見つめた。

(そっか…お姉ちゃんはお姉ちゃんで、きっと悩みがあったんだ…)

優実はこの日初めて、姉のことをひとりの女性として見ることが出来たのかも知れない。

「ゆーちゃん」

姉は優実を見て、にっこりと笑った。

「貴女、今までにないくらい良い顔をしていて、とても綺麗になったわね。井上くんのお陰なんだね」

きっと、姉も、優実のことを初めてひとりの女性として、見てくれたのだと思う。
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