シンデレラ、ではありません。

椎名さえら

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シンデレラではなかったけれど。

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優実の実家を出たら、彼女はふうっとため息をついた。

「雄大、一緒に来てくれてありがとう」

「いいや」

彼が当たり前のように彼女の手を取って、歩き出した。

「俺の親なんて、会わせられないからな」

「…うん…失礼な感じになっちゃって、本当にごめんね」

真剣交際をしています、と雄大が宣言したので、気の早い両親からは、早速結婚の話題が出た。そこまではまだ具体的には話してない、と優実が口を挟んだのだが、雄大は真面目に受け答えをし始めた。

井上さんの親御さんとの顔合わせは、と言い出した時、彼はちょっと表情を改めて、親は離婚していて、父親とは何年も連絡を取っていないし、母親とも疎遠で、と真摯に話した。優実の両親はこれだけ立派に見える雄大がまさか家族と縁遠いとは思っていなかったのだろう、言葉に窮して目を白黒させていた。

しかし、黙って側で聞いていた佳織が『今どき都会での結婚は顔合わせなんてないのも珍しくないみたいだよ』とさらっと助け舟を出してくれた。『私の相手はここの人だからまた話は別だけど、ゆーちゃんは東京の人になるんだから、東京のやり方でいいと思うよ』と、はっきりと言ってくれたので、最終的に両親はなんとなく居心地悪そうに頷いた。

(お姉ちゃんに助けられたなぁ…)

姉の凛とした横顔を思い出す。

姉に何かあったら、今度は私が助けたい、と思った。

「ゆーちゃんって呼ばれてるんだな」

「そう、小さい頃からの呼び名…こういうのちょっと恥ずかしいね。あ、でも雄大も、ゆーちゃんだね」

「それを言うなら、ゆーくんだろ…言われたことねぇけど」

見上げた雄大は優しい表情をしていた。

「さ、帰ろか、ゆーちゃん」




せっかくの初お泊りだということで、ちょっとだけ奮発した部屋に露天風呂がついている温泉宿は、一言でいってとても最高だった。日々の疲れを癒やすには温泉がうってつけである。雄大はずっとお風呂に一緒に入りたがっていたが、2人のアパートのお風呂の狭さではさすがに難しいから、今夜はその夢が叶って彼はとてもご満悦だった。

温泉から上がり、部屋に戻るとご飯の準備がしてあって、山の幸中心のご馳走を心ゆくまで美味しく頂き、仲居さんが敷いてくれた布団は、ひとつは朝まで使わなかった。





朝方目が覚めるといつもみたいに雄大にしっかりと抱きしめられていた。優実はふふっと笑って、時間を確認しようと枕元にあったスマホに手を伸ばして、開いてみると――


(ん?亜紀から……え?)


思わず、そのままがばっと起き上がった。

「ゆうみ…?どした?」

雄大を起こしてしまったが、優実はメールの内容を理解するのに必死である。


「ゆ、雄大…亜紀に、婚約者が出来た」

「…は?」

「彼氏じゃなくて、婚約者か…亜紀らしいというか…」

苦笑しながら、ぽすっと身体を倒して、雄大に寄り添った。

「亜紀ね、地元にずっと好きだった人がいたんだけど高校時代に振られたから諦めたんだって。そしたらその人、告白されてから亜紀のこと気になって好きになっちゃって、諦めきれずに……ずっと待ってたんだって」

これは明日のランチに話を是非聞かせてもらわなければならない。亜紀が戻ってくれば、の話であるが。明日は有給を取って彼と過ごすことを、亜紀なら選びそうである。

ふわあ、と雄大はあくびをして、優実を側に引き寄せた。

「――そっか、鈴木が婚約ね」

言いながら、雄大は、今は何もはまっていない優実の左手の薬指をくすぐる。

彼はきっときちんと優実に求婚するべく、色々と考えているに違いない。もしかしたらシンデレラもびっくりするような、素敵な格式ばった求婚をしてくれるようなそんな気すらしている。

(特別なことをしなくても一緒にいられたら十分、だよ)

そんな思いをこめて、優実は大好きな雄大をぎゅっと抱きしめた。


《シンデレラではなかったけれど 完》
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