雷霆使いの欠陥魔術師 ─「強化」以外ロクに魔術が使えない身体なので、自滅覚悟で神の力を振るいたいと思います─

樹木

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第三章 階級昇格編

71話『悪風の魔神』

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 アウラが鬼神と化したガルマと交戦を開始した頃。
 もう一つの拠点────廃村の方では、ロアとミズハが盗賊の団長を名乗る男に苦戦を強いられていた。

「……飛ぶ鳥を斬るのは出来なくありませんが、あれだけの機動力で動き回られると面倒ですね」

「言ってる場合か。とにかく、俺が隙を作り出す……気合い入れろよ」

「委細承知です」

 白装束の少女──ミズハは腰に差した刀の柄に手を掛け、ヨベルを斬る瞬間を待つ。
 肝心のヨベルは二対の翼をはためかせ、宙に浮いている。
 対して、ロアは強化した脚力で家屋の上に飛び乗り、指の間から魔力の糸を生成していく。

 緻密な魔力の操作、そしてロア自身の魔力量があるからこそ為せる芸当。
 より魔力を込めれば、並の魔獣を容易く千切るほどの硬度と強度を誇る技だ。

「────ッ!!」

 屋根の上を、ロアは駆ける。
 レンガが凹むほどに強化された身体能力を以て、標的との距離を詰める。
 糸の生成・操作と、ピンポイントの身体強化。
 同時に二つの魔力の操作を行いながら、魔術師は狙いを定めた。

「たかだか糸如きで、俺を捉えられるとでも?」

「どうだかな。距離が届かないなら、届く距離に道を作れば良いだけだろ」

「はぁ? 何言ってんだお前────」

 ロアはそのまま、家屋と家屋の間に飛ぶ。
 ヨベルはその行動の意味を汲み取れずにいたが、即座に理解した。
 自分の対角線上の空中で、ロアの身体が止まる。
 しゃがみ込むような体勢で、弾みを付けて。

「……ッ!!」

「残念、俺の方が速ぇよ────ッ!!」

 家屋と家屋の間に糸を張り、そこを足場として一直線にヨベルに迫った。
 右手で糸を生成し、ヨベルの身体ごと拘束せんと向かっていく。

 だが──そう簡単に捉えられるほど、盗賊の長も甘くはない。

 すれ違う形で、ロアの糸はその翼の四枚のうち一枚を捉えていた。
 そのままミズハにバトンタッチし、標的の首を斬り落とす。そう思っていたが、

「残念なのはどっちだろうな。……少し舐め過ぎだぞ、お前ら」

 憤るように零し、ヨベルは翼に力を籠める。
 砂漠のような赤茶色が、更に熱を帯びていく。
 鉄をも凌駕する硬度と殺傷力を持つ、青色の魔力の糸。本来であれば身動きすら許さないほどの拘束具を、その翼は

「な────!?」

「ギルドから派遣された冒険者だかなんだか知らねぇが、有象無象と一緒にすんなよ。三下が」

 解放された翼をはためかせる。
 放たれたのは単なる風ではなく、糸を焼き切ったように熱を帯びていた。
 射出準備に入っただけでも、空間の温度が上昇していくのをロアは感じ取っていた。

(間に合え……っ!)

 即座に前方に結界を展開し、放たれた燃える颶風を防ぐ。
 直撃こそ免れたが、土壇場で生成した結界では耐久力が幾らか足りない。

 盗賊の長の翼は、人間の常識の外──かつて地上に存在した、魔神の断片なのだから。

「……がはっ!!」

 拮抗しても、数秒。
 ロアの構築した結界は押し負け、彼は背中から勢い良く大地へと叩きつけられる。
 鈍痛が全身に広がり、灰の中の空気が全て外に吐き出される感覚。

「ロア殿!」

「いや、問題ない。直に食らわなかっただけマシだ……俺の心配は良いから、ミズハはアイツの首を取ることだけ考えろ」

 ロアは即座に体勢と立て直す。
 流石、と言うべきか。咄嗟の判断から実行に移すまでに一切のラグがない。
 その場に応じた選択を下す。その素質こそ、ロアを第三階級の「熾天セラフ」たらしめている。

「ですが、あの翼を斬り落とさない限りは話になりませんよ」

「あぁ。推測だが、外部から取り付けられた器官ってワケじゃない。本物の、怪物か何かの一部だ」

「妖魔の断片を人間が取り込んだ、と? にわかには信じ難いですが……いや、信じる他ないですか」

「恐らく、バチカル派の司教と同じ、悪魔やら魔神の断片を適合させた「魔人」ってヤツだ。俺もエイルから話を聞いただけで、本物を見るのは初めてだけどな」

「……ん? 悪魔は分かりますが、魔神というのは?」

「魔神は、かつて神でありながら、神に敵対したモノ。この世界から神が去る切っ掛けになった戦争──「大戦」において、悪魔の側に付いたって話だ」

 冷静に、ロアは答える。
 魔神は、確かに神として信仰されてはいた。しかし、その在り方は人の犠牲を尊び、他の神とは悪い意味で一線を画している。

「神であると同時に、人間の敵でもあるってことですか」

「そういうこった。最終的に敗北して断片に成り果てたとはいえ、権能の出力はある程度は健在だよ」

 天使のように地上に降り立つヨベルを見据え、警戒心を強める。
 傍らに佇むミズハは静かに頷き、気を練り上げる。

 次の一手。
 有翼の魔人が動き出した瞬間こそ、彼女の一刀が振り抜かれる。

「了解しました。でしたら、ロア殿は私の援護に回ってくれれば大丈夫です。……こういう荒っぽいことは、私の方が向いていますので」

「俺もハナからそのつもりだ。前線で身体張るより、仲間のサポートの方が性に合ってる」

 腕を横に振り、右手の指の間から糸を生成する。
 そして、

「ヨベルとか言ったか。……お前、ただ権能を手にしただけの盗賊ってワケじゃなさそうだな。随分と権能の扱いに慣れてるようだが」

「まぁな。自分で言うのもなんだが、第三階級の冒険者程度なら俺一人でもやり合える。最近盗賊団に入った野郎はただ権能に任せてばっかだが、やっぱりこういうのは使い手の力量があってこそだろ?」

「それは同感だ。尤も──我欲のために力を振りかざすのだけは、ちょっと頂けないがな」

 直後、薙ぐように指先を振るい、建物の間に糸を敷く。
 張り巡らされた魔力の糸は、拘束とまではいかなくとも、ヨベルの動きを牽制するには十分だ。

「……これで、俺の動きを封じたつもりか?」

「無いよりかはマシだろ?」

「学習しないヤツだな、こんなもんは────」

 ヨベルはあえて、糸に触れる。
 己の手が切れる可能性など微塵も考えず、触れた箇所から糸に炎が広がっていく。
 人のモノでは無い、魔神の権能は人の編み出した魔術を嘲笑うように凌駕していく。

「魔神の力に、人間なんぞの魔術が届くワケないだろ。魔術師なら簡単に分かるだろうに」

「どうだかな。……何も、魔術だけで仕留められるなんて思ってないさ」

 容易く破られる己の魔術を意に介さず、ロアはヨベルと問答を交わす。
 ロアの言葉は本心だ。彼の魔術自体はヨベルには通用しない。
 神秘は、より強い神秘に上書きされる。
 魔術師であれば誰しもが知っている基本的な事柄だ。

 ロアの狙いは、ただ標的の意識を逸らすこと。
 次々と糸が焼き切れ、炎が広まる。
 視界が炎で覆われ、視野が狭くなった瞬間────背後から白刃が迫っていた。

 気が逸れた一瞬を見逃さず、音も無くヨベルの背後を取る。
 前傾姿勢で、既に柄に手を掛けている。

 狙うは一点、その首だ。

「私としては真っ向からの真剣勝負で立ち合いたいところですが……何の矜持も持ち合わせていない相手であれば、話は別です」

「────ッ!?」

 ミズハは完全に気配を消していた。
 相手が正々堂々と戦う清廉潔白な人物であれば、敬意を持って相対する。しかし、そうではない人種──ヨベルのような、己が力で害を為す人種に対しては、その限りではない。
 凄まじい気迫と共に、抜刀する。

った……!!)

 心の中で確信する。
 その骨肉を断ち切り、敵の命を掠め取る。
 タイミング、位置、速度。どの要素も完璧に噛み合っていた。

 常人相手であれば、ミズハの一刀から逃れる術はない。
 絶命に至る一撃だったが────、

「────言ったろ。舐め過ぎだって」

 ヨベルの首が胴体から離れることはなかった。
 忠告するように立つ彼の声色は、至って冷静だった。
 一介の盗賊とは思えないほどの余裕。
 仮に傭兵、あるいは一国の軍に属する戦士であれば、戦場においてさぞ名を挙げていただろう。

「なっ……!?」

 ミズハの背後から、獣の影が忍び寄った。
 大口を開けた狼のようなシルエットをしているが、その体躯は砂色。────否、正真正銘の「砂」によって形作られていた。
 砂の巨獣。
 男の宿す権能は、ただ熱風を巻き起こすだけではない。
 
(砂を操る権能────!)

 能力を即座に把握し、後方から迫っていた砂の怪物から距離を取る。
 ミズハに狙いを定めていた獣は大地に衝突すると同時に消失し、ただの砂へと戻っていく。

「仕留め損ねたか……まぁ良い、余興はこの辺りにしておこう」

「余興だと?」

「もう良いわ。周りにいる雑魚どもにいちいち気を遣ってちゃ、戦えるもんも戦えねぇ。────正直言って邪魔だから、全員殺す」

 首をコキコキと鳴らしながら、面倒臭そうに言い放つ。
 その言葉を聞いて何より恐怖していたのは、周囲で彼らの戦いを見ていた盗賊団の人間だった。

「リーダー、一体何を……」

「役立たずはいらないって言ったんだよ。別に数人減ったぐらいじゃ、組織の運営には何の支障もない。間引くのには丁度良い機会だ」

 怯える団員を余所に、ヨベルは翼を広げる。
 何をしようとしているのか、ロアとミズハの二人は即座に察した。

 赤熱していく翼。
 鉄をも溶解させるほどの熱量が、男の両翼に集中していく。
 それは冥府で燃え盛る炎に等しく、あらゆるモノを灰燼へと帰させる。

 人智を超えた領域の権能チカラが、人を殺す、ただそれだけの為に振るわれる。

「ロア殿!!」

「分かってるッ────!!」

 家屋の上で、ミズハが声を張り上げる。
 ロアも考えていることは同じであり、判断から行動に移すまでのタイムラグは無かった。
 
(耐えきれるか……ッ!!) 

 掌を地面に当て、無詠唱で結界を作り上げる。
 自分とミズハ、それから無防備な盗賊に至るまで、己の魔力を使い切る覚悟で防壁を練り上げる。
 魔人から放たれた熱波が到達するまで、一秒も無かった。

 周囲を焦土へと変えながら、魔神の力が人界を侵食していった。
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