【R18】お持ち帰りは危険です。

寺谷ヒノ

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本編

6.”元”魔王、服を着る

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 机の上に置いてあるスマホをみるが、返事はとくにない。兄はもう返事をする気はないのだろう。とまりは察した。

 

 シュリの告白後、色々落ち着いてから雪山の兄に電話をするもつながらず。説明を要求するメッセージを送ると兄からの返事はすぐに返ってきた。

 しかし、内容はといえば「俺がいない間に話し合いを終わらせろ。帰ったとき終わっていなかったら、そのまま友達の家にいって泊まり込む」という一方的な通告だった。その後電話してもつながらず、何度メッセージを送っても返信はない。

 中途半端というか、無駄に足を突っ込んでるくせに押しつけがましい一方的でしかないおせっかいは兄の得意技である。

 

「くそばかあにきめ……」



 シュリがそもそもこんな所業に出た理由も兄だった。

 とまりはもう駄目だった。

 シュリは部屋から追い出し、真鳥の部屋に行ってもらった。

 肌色が部屋から無くなり、ちょっと落ち着いたが、いくら考えてもやはり、普通の女子高生(貞節固め)にとっては、これ以上は許容範囲を超えている。色恋が進むにしても、一気には進めないのだととまりは感じた。



(こ、このままいくと、すごいことになってしまう……す、すごいことに……)



 すごい、のナカミを考えると恥ずかしさで死にそうになる。駄目だ駄目だ、とまりがとまりであるためには、いったんクールタイムが必要だった。

 床に落ちるように座り込む。

 多分、一回でもこういう感じでずるずる身を任せるのはシュリとの関係性に問題がでるだろう。



(だから、一回お休み一回たんま!!)



 そういうことで、腹部を殴りつけ、黙らせ、掛け布団(自分のを素肌にまとわれるのは少し嫌だったので兄の部屋からとってきた)をかけて、裸を隠した元魔王(自主的に正座中)(さすがに何かを察し始めていた)に突然の暴挙に至るまでの諸々の説明責任を求めると白状したのだ。



「……その、ネットをつかって面白半分に色々見ていて、その中でとまりに感じる思いは恋愛ではないかと感じ」



 ここまではいい。



「真鳥が隠し持っていたAVを見て、これがとまりだったらと、想像した結果、非常に興奮したのでこれはもうそういうことだろうと……」



 何がだ。とまりの握りしめた手が震えていた。唇がわなわな震える。



「真鳥は察しがいいから諸々気づいて「絶対トカゲ姿じゃうまくいかないからせめて人間の姿をとれるようにした方がいい。とまりは単純だからイケメンになるだけできっと堕ちる」と言われてここ半年くらい延々とヒト化の練習をしていた……」



 兄殺す。

 間違っていない戦法であったことは不覚にもときめいてしまった自分にもおもうところはあるがしかし、だからと言ってすべてを許せるほど度量が広いわけではない。



「とまり、良ければその、今後についての、返事が欲しい」



 床に座り込んだ裸に掛け布団一枚の魔王に威厳などありやしない。

 その様子を椅子に座って見下ろしながらとまりは大きくため息をついた。

 シュリのことは嫌いではない。むしろ好きだ。



 しかし、今まで異性とは一切認識していなかったのだ。そう簡単に「私も好きです、子供産みたいです」とはいかない。何も考えられないのだ。



 彼は眉を下げ、こらえるような顔をしている。彼としては一世一代の告白、まさに人生がかかっているのだ。とまりだって、真剣に答えたい。言いたいことはいくらだってあるが、返事は真面目に出したい。そのためには



「私……、には、恋愛ってまだよくわからない……。シュリは好きだよ、でも好きだとしても、やっぱり…………色々、少し待ってほしい」



 どうにか絞り出すように意志を伝える。



「わかった」



 とまりを見上げて彼は笑った。安心したような、しかし、どこか切ない表情だった。





  ◇◇◇





 いつもは二人一緒に寝る(シュリは枕元だが)、が、その夜はシュリに真鳥の部屋で寝てもらった。

 目が覚めてから、シュリの姿トカゲを探し、体をおこしてから昨日のことを思い出した。とまりは、再びごろごろと布団で転がった。

 

「……なんなんだろうなぁ……」



 考えても考えてもなんだかよくわからない。理屈で考える範囲ではないのかもしれない。



「お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ」



 なんで妹を差し出すような感じなのか。容赦なく。

 いやいや、シュリは無理強いしないってことはわかっていたのだろう。しかし、そういう問題ではない。



「……すくなくとも反対はしていないという……」



 むしろアドバイスの内容的に推してる感じだ。

 つまりは、真鳥自身はシュリととまりがくっついてもいいわけで。どうなのそれ。

 兄は祝福により、非常に鋭い第六感を持っている。それを考えるととまりにとってシュリとくっつく方がいいと判断したのだろうか。



「いやいや、それにしたって色々あるでしょ」



 シュリと結婚、するとしたら。

 祖父母にどう紹介すればいいのか。祖父母は自分たちの娘の結婚の失敗を孫に繰り返すまいと結婚するなら徹底的に調べて考えて決めるよう念押ししてきている。

 そんな祖父母の前にシュリを連れ出すとなると生い立ちも何もねつ造しなければいけないのでは。



 兄だって、というか、兄はとまりよりも現実的な思考をしている。兄が何も考えずに、「くっつけたら面白いよね」という軽さでとまりとシュリの関係を推しているわけではないだろう。話し合う以外にも、絶対、とまりのしらないところで、真鳥とシュリの二人、人間になる特訓以外に色々やっているに違いない。



(その辺も問い詰めよう)



 とまりはそう決めて、時計を見た。

 まだ6時半、か。

 登校時間に合わせた時間だ。いつものように起きてしまったが、今日は、今日こそは何もない冬休みなのだ。

 心配性の祖父母もいなければ、厭味ったらしい兄もいない。

 昨日は色々あったし。とまりは布団をかぶりなおして二度寝に入った。



 ――きっと起きてこないとまりにシュリは少し戸惑うかもしれないけど。……それくらいしたっていいだろう。



 二度寝をしていたとまりはシュリの声に起こされた。



「とまり、とまり」



「何……」



 壁を向いて寝ていたので、体を起こす。

 ドアを開けたそ隙間からシュリの姿が見えた。



(服着てない……)



 思わず目を細めるも、何も言う気になれず、じっと見つめる。

 見つめられたシュリは穏やかな表情で、「朝ご飯できたぞ」といった。



「何これ……」



「朝ご飯だ」



 台所では確かに食事ができていた。



 ――めちゃくちゃなんだか豪快だったが。



「これなんの肉……」



「体にいい肉だ」



「これは何の果物……」



「体にいい果物だ」



「これは……」



「体にいいぞ」



「……これも体にいいの?」



「体にもいいが、その、子宝に恵まれるというやつで」



「………」



 やばい。



 とまりは机一杯に並べられた食事に気おされていた。所せましと並べられた皿には(皿の代わりに大きなバナナの葉のようなものの上にのっているものもある)、焼く、蒸す、切ってある、といった感じの大きな密林の奥の先住民族のご馳走、みたいな感じになっている食べ物が多量にあった。

 

 多量である。まさに。



 これが朝ご飯だというのか。

 いやいや、どうしてこうなった。昨日の台所にはこんなものなかった。冷蔵庫にもなかったし、棚にもなかった。

 というかどこで買ってくるんだこんな豪快なキロ単位の塊肉。しかもデカい骨付き。

 無言でシュリを見る。シュリもこちらを見ていた。何やらとてもいい笑顔である。光り輝くような笑顔だ。



「とまりに食べてほしくて頑張ってみた」



 どう考えてもその期待に満ちた彼を裏切る選択肢は選べそうにない。

 毒には見えないし。ただその勢いにどんびいているだけなのだ。とまりは意を決して手短にある肉団子(に見えるもの)をつまんだ。



「それも体にいい」



「……」



 一口食べてみる。

 まずくはないし、むしろおいしい。だが、これは一体……



「シュリ、おいしいよ。ありがとう。しかし、これは一体何のお肉なの……?」



「◇■●※のふくらはぎだな」



「えッ?」



 聞きなれない言葉に顔を引きつらせる。なんなんだそれ。というか、それは本当に人類に発声できる名詞なのだろうか。動きを止めたとまりに、シュリは肩をすくめた。



「毒ではない。ただ、この世界の食べ物ではないのだ。私が通販した」



「通販?」



「ア〇ゾンみたいな――」



「いやそれはわかるけども」



「ネットでな」



「ネットで買えるの?」



「近年発展が著しくてな。私も真鳥に言われて初めて見たのだが……かなり色々な世界からの来訪者はこの世界には多いのだ。まぁ、あまり自由にふるまい過ぎると黒服の男たちに消されるので、良識の範囲内ではあるがコミュニティもできていてな。ものによっては知識の提供を求める代わりに世界を壊さない範囲の物品を交換するものもいる。我は長生きな分知識だけは多くあるのでな。少しばかり提供した見返りがそれだ」



「聞いてないんですけど……」



 黒服の男たちって、なんだ、メンインブラック?突っ込みどころが多すぎて気が遠くなる。

 兄とシュリが何やら二人でガサガサしていることが多いと思いきや何やってんだ。私は蚊帳の外か。

 とまりの不服そうな顔にシュリは少し焦ったように早口になった。



「ま、真鳥が言ったのだ。とまりはあまり嘘がうまくないので余計なことは言わぬようにと。しかし、いつかは言うつもりだった。今日のような、その、大事な日に」



「大事って」



「その、結婚を申し込んでいるのに、食い扶持がない等雄として恥ずかしいのでな……」



「………」



 とまりは今更ながら顔を赤くし始めたシュリを呆然と眺めていた。

 やばい。本気だ。



「………食い扶持って」



「我の知識はコミュニティでの様子を見るとなかなかに豊富で貴重なものらしい。なんというか、アドバイザーとでもいおうか。そこそこ頼られている。彼らの話を聞いたり、コミュニティをまとめたり、している。その中のもので会社とまではいかずとも、何かしらの活動を行おうという話もあって、今は真鳥とも相談してる段階だが、うまくいけば普通の人間程度は稼ぐことができるかと思う。今は真鳥に口座等準備してもらってデータ入力とかこまごましたことをして小遣いを稼いでいるが、今後は自分の戸籍や銀行口座を作る等という計画もある」



「……」



「その、だから、結婚をしてほしいというのもあるのだが、同時にそれを断ったときも大丈夫ということだ。我を重しに思うことはない。とまりが成りたい大人になればいい。もしとまりが他の人間と結婚して我の存在が邪魔で、しかし、殺すものむずかしいとなっても選択肢が増える。ここ最近はそこそこ離れても大丈夫のようだし、最悪外に出るときを除いて同じマンションの違う部屋を借りてすごす等すれば我一人でも問題なく生活できるだろう。そうすればほぼ別世帯、少し手間だがあまり気にならなくなるだろう。金のあてがあればできることは増えるであろうし」



 シュリの言葉を聞きながら、とまりは食卓に並べられた食事を見ていた。



 ――シュリはただのペットじゃない。



 彼にはできることがいっぱいあった。知らなかっただけで。

 当たり前だ。彼はただのトカゲではない。何百年も、もしかしたら何千年も生きてきた知的生命体なのだ。とまりが守るつもりでいた彼は、いつのまにか自分で立っている。

 知っていたはずなのに。

 知らなかった。のが、なんなのだろう。

 悲しいのか、悔しいのか。さみしいのか。



「さめるから、とまり食べろ」



「うん……」



 シュリにすすめられて我に返る。とまりは手を伸ばした。

 シュリの細かな説明を聞きつつ舌つづみを打つ。シュリも食べれば、と声をかけると一応座るがほぼ手を付けず、自分はつまみながら作ったから等と言われてしまう。

 彼のやけに幸せそうな満ち足りた顔に、「これって餌付けというか……そういうのなのかもなぁ……」ととまりは少し思った。





◇◇◇





 食事が終わるとシュリは「片付けも我がやるから」と、とまりを台所から追い出した。見た感じ、調理後の台所も汚れていない状態だったし大丈夫だとは思うが……



(あとで確認しよう。っていうか、そもそもお皿洗いもできるなら手伝ってもらえばよかったな……これからは家事手伝い配分を考え直そう……)



 現実逃避気味にとまりは心の中でつぶやく。

 そして、部屋を見渡した。

 勉強道具、そろえた参考書。ほぼ使われずに終わったそれらに手を伸ばす。



「……誰か、ほしがるかな……」



 友達はみんな受験が終わっていない。これを渡すことは嫌味に聞こえないだろうか。

 高いものだし、無駄にはしたくないんだけど。

 とりあえず、ひとまとめに積み重ね、部屋の隅に置く。そして、次に大学の資料を引っ張り出す。

 春から、ここに行くのだ。

 祖父母が旅行から帰ってきたら、冬休みのうちに大学の近くの部屋を探すことになっていた。ついでに大学の敷地にも入ってみたいと思った。

 とまりの引っ越しは2度目だ。

 1度目は母と父から離れて祖父母の家に来るとき。そのときは兄がいた。

 今回はシュリが一緒にいる。

 だからさみしさは他の人よりも少ないだろう。

 でも、まったくさみしくない等というわけがない。



「……知らない人もいっぱいいるし」



 聞いてみたが同じ大学に進学するつもりの友人はいるが、希望学部は違った。

 そうなれば一から交友関係を作る必要がある。

 大学生になればできることも増える。迷うことも、困ったことも起きて、それを自分で解決できるようになっていく、その練習が始まる。

 希望と不安と。



(……せめて部屋は少し広めにしないとまずいな)



 シュリの願望が判明した今、せめて一人になれる部屋がほしいと思ってしまう。しかし、そんなお金を出してもらうのも心苦しい



(どうしようかな……)



 とまりはパンフレットを持ったまま布団に転がった。

 ぼんやり天井を眺めている。と、



「とまり、いいか」



 ドアをノックする音とシュリの声が聞こえた。是と答えたあと、全裸だと視線のやり場に困ると少し上の方に視線を向けて待つ。



「……あれ、その服」



「あぁ、通販で買ったのだ」



 衣服着用状態のシュリは「問題ない」という顔をしていた。

 おもわず突っ込む。



「持ってたなら最初から着ればいいでしょ!!なんで昨日は全裸だったの!!!」



「普段着ていないものだから、それもなんだか落ち着かず……、それに焦って急いでいたしな……」



「あーもう……!」



「――ともかく、とまり、暇か?」



「暇だけど」



「少し我と出かけないか?」



「どこに?」



 とまりが首をかしげるとシュリはとまりの持つパンフレットを指さし、言った。



「大学だ」



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