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後日談
+ふたりぐらし
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「荷物はこんな位か」
「あとは私たちでやるから良いよ、ありがと、おにいちゃん」
とまりの声に、おう、と真鳥はかえした。
天然パーマの兄はうなずいたあと、鋭くとまりを見、次に奥をみた。
「……なに」
「ふたりぐらしだな」
「………うるさい」
今日は祖父母はいない。両方、腰も足も悪いのだ。アパートを見に来たが、すぐにかえって、いまはとまりとシュリと真鳥だけだった。
シュリはのんびりベランダから空を見ている。アパートは7階。シュリの密やかな財産(全貌は不明)より出資されたこのアパートは大学生にはもったいないほどでかい。
「やりたいこととか計画あんならしっかり避妊しとけよ」
「…………………」
「そこの棚に餞別でいれといたから、コンドーム」
「……………………」
「んだよ、その目は。ふたりぐらしにうきうきしてんのはバレバレだぞ。両方」
とまりは真鳥の勘の良さをうらんだ。
「……だから彼女いないんだ……」
「うるせぇ、こっちだって、妹のそんなのなんて知りたかないわ、じいちゃんちでのいちゃいちゃもどんだけ俺が気を使ってると思ってんだ。俺は俺の第六感を恨んでんだよ、危険は排除できても日常生活に支障でまくりだわこんな能力。こっちの恋愛はうまくいかないってのに」
真鳥は心底イヤそうな顔をした。
真鳥は付き合うまでいっても長続きしない。勘が良すぎるうえに世話焼きすぎてウザい等と身も蓋もない感じにフラれるらしい。
「ともかく、お前は特性上絶対妊娠しやすいはずだ。産みたいんじゃなきゃ、きっちり避妊は欠かすなよ」
「い、いわれなくても……」
将来的に子供は欲しいがせっかく受かったのだ。大学は卒業したい。
とまりは兄に小声で「ありがとう」といった。
「………お前が、シュリを選んだとき、俺は何も感じなかった。悪い予感も良い予感もしなかった。だから、これは、きっとお前がシュリを生かすと決めたときに決まってたことなんだろうよ」
「……」
「あのとき、俺が家出なんかしなければ、お前を連れて行かなければ今のお前はいなかったはずだ。異世界なんてしらねぇし、勇者にだってならなかったし、俺は死にかけなかったし、お前はシュリとは出会わなかった。普通の女のまま、普通の男と付き合ってただろうな。シュリは悪い奴じゃないが、普通じゃない。……まきこんで悪かった」
真鳥の言葉にとまりは肩をすくめた。そんなこと、兄は気にする必要なんてない。
「おにいちゃんのせいじゃないよ、だって、あの時おにいちゃんについていくのを選んだのも、シュリを持ち帰ることを選んだのも、私なんだから」
荷物は最低限だけひろげて、真鳥ととまりとシュリは外に出た。奢ってくれるというので兄に甘えて外食をした。
シュリは適当な服だが格好いいし、兄は目つきは悪いがそこそこなので、注目される。とまりはなんとなく恥ずかしかったりする。しかし、個室居酒屋に入ってしまえばこっちのもんだ。兄とシュリが酒を飲み、とまりはウーロン茶を飲む。
酒も勧められたが断った。勧めた兄は「だろうな」といってさっさと杯を空ける。二人が競い合うように飲むのは見ていて面白かった。
食べ終わり、兄を駅まで送る。
「じゃあな」
振り返りもせずに兄は駅内に去っていく。
「気を付けてね」
とまりの声は少し小さかった。
兄とはずっと一緒だった。
口うるさいし、余計なことを言うし面倒だけど、彼はとまりをいつだって心配してくれていた。
「……帰ろ」
とまりはシュリを見上げた。シュリは微笑んでとまりの手をつかまえる。
「そうだな」
◇◇◇
「さて」
とまりは風呂から上がって、隠していた包みを見つめた。
買った。買ってしまった。たぶん、シュリにはばれていないと思う。たぶん。
シュリと真鳥と一緒に出掛け、二人が電気屋で遊んでいるときに急いで買った。シュリに見つからないよう細心の注意を払った結果がこれだ。
セクシーランジェリーである。
「す、すける」
広げて、すかすと向こう側が見えた。白である。
「き、着ないと、始まらないから……」
ごくりを唾をのんで、とまりはそれを着る。
今日は、それなりの覚悟できたのだ。
シュリと想いを告げあってから、三か月。色々あった――わけではなく、思った以上に何もなかった。何もなかったのである。
考えてみれば当然だった。家で祖父母不在、兄不在、シュリととまりだけで過ごす機会はそんなにない。
日中なら少しはあるが、そんなタイミングで”そういうこと”ができるほどとまりは豪胆ではないし、シュリはとまりのそういうところをわかっていて、あのタイミングで告白したのだろう。
シュリが人間の姿になったのも、片手で数えられる程度しかなかった。
今思えばあれは夢か幻かとかいう世界である。
違うのはわかっている。まぁ、シュリの視線がだいぶ違っているし、人の姿になったときはその――キスくらいならしたし。
風呂に一緒に入らなくなったのも、変化の一つだろう。
しかし、時は満ちた。
「ふたりぐらしだし、……その、こ、恋人同士?だし……うん、いける……」
とまりは、鏡に映る自分をみてこぶしを握る。
そう。三か月はそこそこ長かった。――とうとう、とまりもむらむらするようになったのである。
◇◇◇
「なかなかいい部屋になりそうだな」
シュリは鼻歌を歌いそうなくらい、ご機嫌だった。
というのも、計画した通りにすべてが進み、首尾よく自分の洞窟――みたいなものを得ることができたからである。
シュリはもともと異世界でドラゴンの形をしていた。
この世界でも、神話ではあるがドラゴンの話がある。興味本位で調べた限りでは、ドラゴンというのは自分の財宝を守るために洞窟に巣を置くものらしい。
以前のシュリ――と名のつく前は、特にほしいものはなかった。勝手に周りが持ってくるものは、出入りに邪魔なので、奥においていたが、それくらいだ。
それを人間どもが財宝だといって、とりに来ることはあったが、財宝をとられることよりも寝床を荒らされることが嫌だったので追い払っていた。
だが、今はとまりがいる。とまりは自由に出入りできるが、財宝のようなもの。できるだけ、ここにいたいと思ってほしいし、いてほしい。
そういう気持ちも相まって、部屋作りには余念がない。
計算通りに買ったものを配置して、あとは細かいものをそろえていくか――と思ったとき、後ろから声をかけられた。
「シュリ」
固い声に振り返り、息をのむ。
とまりは、顔を赤らめて立っていた。肌が透けるくらいの繊細なレースで作られたキャミソールに、布地面積の少なそうなショーツ。なまめかしい服装、そのくせ、姿勢は緊張しすぎて直立、こぶしを強く握っていて、非常にギャップがあった。
シュリはとまりの裸をみたことがそれこそ1000回以上ある。
何しろ、9年間一緒に風呂に入っていたのだ。だから、ある意味裸に慣れている。
ただ、シュリは鼻が利く。
どうやら部屋作りに集中しすぎていたらしい。今になって、とまりの放つ匂い――非常に発情した雌の匂いに気づいた。
「とまり、君は」
「その、そのね、あの、ふたりだし。私その、似合わないかもしれないけど、ふたりだから!ちょっと、特別な気分になれるかなって。その、でも、よく考えたらすごく恥ずかし――」
顔が真っ赤で、透けて見える肌も赤くなっていく
両手が胸を隠すように、動く。
シュリは、一歩二歩、大股で近づき、彼女の手をつかむ。
「ちょ、しゅり、はず、はずかしいから」
「もう遅い」
「え、ちょ、待って」
「またない」
実はまだ布団はシーツをかけていない。
ダブルサイズのベッドを組み立てたところで止まっている。
でも、リビングのソファーならいける。
シュリは素早くとまりを抱き上げ、ソファーに向かう。とまりが上げる悲鳴もお構いなしに、彼女をソファーにおろし、覆いかぶさる。
「しゅり、そのまさかここ?」
「君が悪い」
「わ、わるい?」
「言ったはずだ。Bまでで止めておくのは、我と君が我慢できる限りだと。三か月もお預けで、今ここでそれをするのか?」
「いわれてない!そんなの知らない」
「君が聞いてなかったのが悪い」
「ちょ――!!!」
シュリはとまりの唇を奪った。想いを伝えて、”ほぼ”体を奪ってから三か月は、シュリにとってそこそこの自制心を必要とした。
何しろ、相手はいつだってそばにいるし、体に触れることもできる。でも、我慢した。
とまりのためだ。シュリ自身は他人にどう思われようとかまわないが、とまりは違う。
勘のいい兄――には半ばばれているとしても、温厚で優しい祖父母にはできるだけ、隠したいはずだ。
だから、口づけだってできるだけ我慢していた。なのに。
「君が悪い」
とまりは混乱していた。
押し倒されて、口づけを繰り返される。それはいい。これはとても本望である。でも、なんか、シュリがやけに鬼気迫っている。
ここ数回で深く舌をからめるキスの気持ちよさがわかってきたところ。
ただ、いつもどこかシュリは理性をちゃんと残していて、服をはぐことはないし、口づけの合間に穏やかな目でとまりを見ることがあった。なのに今回は違う。金の眼が前の時のように爛々としている。
いつものシュリと違う。
何故?
と、ふと口づけが離れた瞬間にとまりは気づいた。
シュリの息にアルコールの匂いがすることに。
(し、しまった、まさかシュリはアルコールに弱かったのか――!!!)
とまりはシュリが酒を飲んでいるのを見たことがない。そういえば、ヤマタノオロチは酒に酔ってヤマトタケルに殺された。
ドラゴンは酒に弱い≠シュリも弱い
(なるほど……じゃなくて!)
とまりが合点がいった。
「だいぶ余裕がありそうだな」
「え?」
「我はこんなに……いや、いい」
シュリはつぶやいてから、とまりの秘所に指を差し込んだ。
そして、その指に絡む蜜に笑う。指を動かせば、とまりは堪えるように目をつぶり、その身をよじる。それを押さえつけて、指を動かす。
何か言おうとしたときは、口づけで黙らせる。
「いい匂いだ……」
とまりは嫌がっていない。――少なくとも体は。
指が二本入り、三本と増えるのはすぐだった。”完璧な肉体”は覚えがいいらしい。
「んッ、んンー!」
「とまり」
漲りを彼女の入り口に押し当てる。
シュリは口づけをやめ、彼女を見た。
なんというだろう。彼女は。だが、拒否されても、止まれるだろうか。
シュリの視線に、とまりは真っ赤な顔で視線をそむけていった。
「ひ、にんしてください………」
「わかった」
そこからは電光石火だった。シュリはスキンをかぶせて、とまりに押し入る。
「だ、だから早――」
「はやくない、おそいくらいだ」
彼女の中は温かく、狭く、安心する。何度何度も、彼女を押し上げる。そのたびに、小さな嬌声がもれ、無理やりでも壁の厚い比較的大きなマンションを選んで正解だったとシュリは思った。
気持ちがいい。すきだ、愛してる。
「わ、わたしもあいしてる、よ」
とまりが耳元で言った。
心の声が漏れていたらしい。シュリは彼女を抱きしめたまま達した。
◇◇◇
「こ、こしがいたい」
「大変申し訳ない。我が悪い。酒を飲まなければ耐えられたはずなのに……計画が狂ってしまった」
翌朝のとまりの泣き言にシュリは土下座していった。
言い訳まじりなのが、いたたまれなさの表れである。
シュリが本懐を遂げてしまったと気づいたのは、朝起きたときだった。
カーテンの隙間からあふれる日差しで目が覚め、狭いソファーでとまりを抱えている自分に背筋が凍るほど驚き、腕の中にいるとまりが裸だったためソファーから転げ落ちた。
思い返すと、彼女の匂いに包まれて幸せに処女を奪ったところまでは覚えている。その、毛布をかぶっていたところを考えると、未完成の寝室から毛布を持ってきて、くるまって寝たらしい。
こんなはずではなかった。
とまりが痛くないように、二人暮らしになってから、少しずつ彼女の体を開拓して、数年後に本懐のつもりでいたのに酒ごときで、計画が狂ったのは心外である。
しかも、大学が始まって、ゴールデンウィークから開始する予定(勝手に決めた)だった。
大学は始まるまで、あと数日。生活に必要なものをそろえたりする方が優先だとわかっていたのに。
あんなに、偉そうに我慢は慣れているとか言ったのに、結局このざまだ。とまりが言ってくれなかったら避妊すら忘れていたかもしれない。
「シュリ」
「本当にすまない」
「シュリ!」
「こんな過ちはもう二度としない。もっと君のことを考えるべきだった。だから、君もできれば我のそばによらないほうが……」
「シュリ!!顔を上げてよ」
シュリは顔を上げた。無表情だが、青ざめている。とまりはため息をつき、ソファーから降りてシュリの前に膝をついた。
とまりは、両腕を上げ、彼の頬を包む。
そして、ぎこちなく――それはたぶん、羞恥からだ――、笑った。
「その、お、おはようのキスして、ほしいな。だめ?」
私には ”完璧な肉体”もあるけど、”幸運”もあるし、さ。どちらが勝つかはわからない。でも、どう転がっても、シュリと一緒にいられたらそれは幸せだよ、と、とまりはいった。
結局”元”魔王は持ち帰ってくれた勇者(妹)の温情で生きている。
それが彼の幸せなのだと、彼は知っている。
「あとは私たちでやるから良いよ、ありがと、おにいちゃん」
とまりの声に、おう、と真鳥はかえした。
天然パーマの兄はうなずいたあと、鋭くとまりを見、次に奥をみた。
「……なに」
「ふたりぐらしだな」
「………うるさい」
今日は祖父母はいない。両方、腰も足も悪いのだ。アパートを見に来たが、すぐにかえって、いまはとまりとシュリと真鳥だけだった。
シュリはのんびりベランダから空を見ている。アパートは7階。シュリの密やかな財産(全貌は不明)より出資されたこのアパートは大学生にはもったいないほどでかい。
「やりたいこととか計画あんならしっかり避妊しとけよ」
「…………………」
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「……………………」
「んだよ、その目は。ふたりぐらしにうきうきしてんのはバレバレだぞ。両方」
とまりは真鳥の勘の良さをうらんだ。
「……だから彼女いないんだ……」
「うるせぇ、こっちだって、妹のそんなのなんて知りたかないわ、じいちゃんちでのいちゃいちゃもどんだけ俺が気を使ってると思ってんだ。俺は俺の第六感を恨んでんだよ、危険は排除できても日常生活に支障でまくりだわこんな能力。こっちの恋愛はうまくいかないってのに」
真鳥は心底イヤそうな顔をした。
真鳥は付き合うまでいっても長続きしない。勘が良すぎるうえに世話焼きすぎてウザい等と身も蓋もない感じにフラれるらしい。
「ともかく、お前は特性上絶対妊娠しやすいはずだ。産みたいんじゃなきゃ、きっちり避妊は欠かすなよ」
「い、いわれなくても……」
将来的に子供は欲しいがせっかく受かったのだ。大学は卒業したい。
とまりは兄に小声で「ありがとう」といった。
「………お前が、シュリを選んだとき、俺は何も感じなかった。悪い予感も良い予感もしなかった。だから、これは、きっとお前がシュリを生かすと決めたときに決まってたことなんだろうよ」
「……」
「あのとき、俺が家出なんかしなければ、お前を連れて行かなければ今のお前はいなかったはずだ。異世界なんてしらねぇし、勇者にだってならなかったし、俺は死にかけなかったし、お前はシュリとは出会わなかった。普通の女のまま、普通の男と付き合ってただろうな。シュリは悪い奴じゃないが、普通じゃない。……まきこんで悪かった」
真鳥の言葉にとまりは肩をすくめた。そんなこと、兄は気にする必要なんてない。
「おにいちゃんのせいじゃないよ、だって、あの時おにいちゃんについていくのを選んだのも、シュリを持ち帰ることを選んだのも、私なんだから」
荷物は最低限だけひろげて、真鳥ととまりとシュリは外に出た。奢ってくれるというので兄に甘えて外食をした。
シュリは適当な服だが格好いいし、兄は目つきは悪いがそこそこなので、注目される。とまりはなんとなく恥ずかしかったりする。しかし、個室居酒屋に入ってしまえばこっちのもんだ。兄とシュリが酒を飲み、とまりはウーロン茶を飲む。
酒も勧められたが断った。勧めた兄は「だろうな」といってさっさと杯を空ける。二人が競い合うように飲むのは見ていて面白かった。
食べ終わり、兄を駅まで送る。
「じゃあな」
振り返りもせずに兄は駅内に去っていく。
「気を付けてね」
とまりの声は少し小さかった。
兄とはずっと一緒だった。
口うるさいし、余計なことを言うし面倒だけど、彼はとまりをいつだって心配してくれていた。
「……帰ろ」
とまりはシュリを見上げた。シュリは微笑んでとまりの手をつかまえる。
「そうだな」
◇◇◇
「さて」
とまりは風呂から上がって、隠していた包みを見つめた。
買った。買ってしまった。たぶん、シュリにはばれていないと思う。たぶん。
シュリと真鳥と一緒に出掛け、二人が電気屋で遊んでいるときに急いで買った。シュリに見つからないよう細心の注意を払った結果がこれだ。
セクシーランジェリーである。
「す、すける」
広げて、すかすと向こう側が見えた。白である。
「き、着ないと、始まらないから……」
ごくりを唾をのんで、とまりはそれを着る。
今日は、それなりの覚悟できたのだ。
シュリと想いを告げあってから、三か月。色々あった――わけではなく、思った以上に何もなかった。何もなかったのである。
考えてみれば当然だった。家で祖父母不在、兄不在、シュリととまりだけで過ごす機会はそんなにない。
日中なら少しはあるが、そんなタイミングで”そういうこと”ができるほどとまりは豪胆ではないし、シュリはとまりのそういうところをわかっていて、あのタイミングで告白したのだろう。
シュリが人間の姿になったのも、片手で数えられる程度しかなかった。
今思えばあれは夢か幻かとかいう世界である。
違うのはわかっている。まぁ、シュリの視線がだいぶ違っているし、人の姿になったときはその――キスくらいならしたし。
風呂に一緒に入らなくなったのも、変化の一つだろう。
しかし、時は満ちた。
「ふたりぐらしだし、……その、こ、恋人同士?だし……うん、いける……」
とまりは、鏡に映る自分をみてこぶしを握る。
そう。三か月はそこそこ長かった。――とうとう、とまりもむらむらするようになったのである。
◇◇◇
「なかなかいい部屋になりそうだな」
シュリは鼻歌を歌いそうなくらい、ご機嫌だった。
というのも、計画した通りにすべてが進み、首尾よく自分の洞窟――みたいなものを得ることができたからである。
シュリはもともと異世界でドラゴンの形をしていた。
この世界でも、神話ではあるがドラゴンの話がある。興味本位で調べた限りでは、ドラゴンというのは自分の財宝を守るために洞窟に巣を置くものらしい。
以前のシュリ――と名のつく前は、特にほしいものはなかった。勝手に周りが持ってくるものは、出入りに邪魔なので、奥においていたが、それくらいだ。
それを人間どもが財宝だといって、とりに来ることはあったが、財宝をとられることよりも寝床を荒らされることが嫌だったので追い払っていた。
だが、今はとまりがいる。とまりは自由に出入りできるが、財宝のようなもの。できるだけ、ここにいたいと思ってほしいし、いてほしい。
そういう気持ちも相まって、部屋作りには余念がない。
計算通りに買ったものを配置して、あとは細かいものをそろえていくか――と思ったとき、後ろから声をかけられた。
「シュリ」
固い声に振り返り、息をのむ。
とまりは、顔を赤らめて立っていた。肌が透けるくらいの繊細なレースで作られたキャミソールに、布地面積の少なそうなショーツ。なまめかしい服装、そのくせ、姿勢は緊張しすぎて直立、こぶしを強く握っていて、非常にギャップがあった。
シュリはとまりの裸をみたことがそれこそ1000回以上ある。
何しろ、9年間一緒に風呂に入っていたのだ。だから、ある意味裸に慣れている。
ただ、シュリは鼻が利く。
どうやら部屋作りに集中しすぎていたらしい。今になって、とまりの放つ匂い――非常に発情した雌の匂いに気づいた。
「とまり、君は」
「その、そのね、あの、ふたりだし。私その、似合わないかもしれないけど、ふたりだから!ちょっと、特別な気分になれるかなって。その、でも、よく考えたらすごく恥ずかし――」
顔が真っ赤で、透けて見える肌も赤くなっていく
両手が胸を隠すように、動く。
シュリは、一歩二歩、大股で近づき、彼女の手をつかむ。
「ちょ、しゅり、はず、はずかしいから」
「もう遅い」
「え、ちょ、待って」
「またない」
実はまだ布団はシーツをかけていない。
ダブルサイズのベッドを組み立てたところで止まっている。
でも、リビングのソファーならいける。
シュリは素早くとまりを抱き上げ、ソファーに向かう。とまりが上げる悲鳴もお構いなしに、彼女をソファーにおろし、覆いかぶさる。
「しゅり、そのまさかここ?」
「君が悪い」
「わ、わるい?」
「言ったはずだ。Bまでで止めておくのは、我と君が我慢できる限りだと。三か月もお預けで、今ここでそれをするのか?」
「いわれてない!そんなの知らない」
「君が聞いてなかったのが悪い」
「ちょ――!!!」
シュリはとまりの唇を奪った。想いを伝えて、”ほぼ”体を奪ってから三か月は、シュリにとってそこそこの自制心を必要とした。
何しろ、相手はいつだってそばにいるし、体に触れることもできる。でも、我慢した。
とまりのためだ。シュリ自身は他人にどう思われようとかまわないが、とまりは違う。
勘のいい兄――には半ばばれているとしても、温厚で優しい祖父母にはできるだけ、隠したいはずだ。
だから、口づけだってできるだけ我慢していた。なのに。
「君が悪い」
とまりは混乱していた。
押し倒されて、口づけを繰り返される。それはいい。これはとても本望である。でも、なんか、シュリがやけに鬼気迫っている。
ここ数回で深く舌をからめるキスの気持ちよさがわかってきたところ。
ただ、いつもどこかシュリは理性をちゃんと残していて、服をはぐことはないし、口づけの合間に穏やかな目でとまりを見ることがあった。なのに今回は違う。金の眼が前の時のように爛々としている。
いつものシュリと違う。
何故?
と、ふと口づけが離れた瞬間にとまりは気づいた。
シュリの息にアルコールの匂いがすることに。
(し、しまった、まさかシュリはアルコールに弱かったのか――!!!)
とまりはシュリが酒を飲んでいるのを見たことがない。そういえば、ヤマタノオロチは酒に酔ってヤマトタケルに殺された。
ドラゴンは酒に弱い≠シュリも弱い
(なるほど……じゃなくて!)
とまりが合点がいった。
「だいぶ余裕がありそうだな」
「え?」
「我はこんなに……いや、いい」
シュリはつぶやいてから、とまりの秘所に指を差し込んだ。
そして、その指に絡む蜜に笑う。指を動かせば、とまりは堪えるように目をつぶり、その身をよじる。それを押さえつけて、指を動かす。
何か言おうとしたときは、口づけで黙らせる。
「いい匂いだ……」
とまりは嫌がっていない。――少なくとも体は。
指が二本入り、三本と増えるのはすぐだった。”完璧な肉体”は覚えがいいらしい。
「んッ、んンー!」
「とまり」
漲りを彼女の入り口に押し当てる。
シュリは口づけをやめ、彼女を見た。
なんというだろう。彼女は。だが、拒否されても、止まれるだろうか。
シュリの視線に、とまりは真っ赤な顔で視線をそむけていった。
「ひ、にんしてください………」
「わかった」
そこからは電光石火だった。シュリはスキンをかぶせて、とまりに押し入る。
「だ、だから早――」
「はやくない、おそいくらいだ」
彼女の中は温かく、狭く、安心する。何度何度も、彼女を押し上げる。そのたびに、小さな嬌声がもれ、無理やりでも壁の厚い比較的大きなマンションを選んで正解だったとシュリは思った。
気持ちがいい。すきだ、愛してる。
「わ、わたしもあいしてる、よ」
とまりが耳元で言った。
心の声が漏れていたらしい。シュリは彼女を抱きしめたまま達した。
◇◇◇
「こ、こしがいたい」
「大変申し訳ない。我が悪い。酒を飲まなければ耐えられたはずなのに……計画が狂ってしまった」
翌朝のとまりの泣き言にシュリは土下座していった。
言い訳まじりなのが、いたたまれなさの表れである。
シュリが本懐を遂げてしまったと気づいたのは、朝起きたときだった。
カーテンの隙間からあふれる日差しで目が覚め、狭いソファーでとまりを抱えている自分に背筋が凍るほど驚き、腕の中にいるとまりが裸だったためソファーから転げ落ちた。
思い返すと、彼女の匂いに包まれて幸せに処女を奪ったところまでは覚えている。その、毛布をかぶっていたところを考えると、未完成の寝室から毛布を持ってきて、くるまって寝たらしい。
こんなはずではなかった。
とまりが痛くないように、二人暮らしになってから、少しずつ彼女の体を開拓して、数年後に本懐のつもりでいたのに酒ごときで、計画が狂ったのは心外である。
しかも、大学が始まって、ゴールデンウィークから開始する予定(勝手に決めた)だった。
大学は始まるまで、あと数日。生活に必要なものをそろえたりする方が優先だとわかっていたのに。
あんなに、偉そうに我慢は慣れているとか言ったのに、結局このざまだ。とまりが言ってくれなかったら避妊すら忘れていたかもしれない。
「シュリ」
「本当にすまない」
「シュリ!」
「こんな過ちはもう二度としない。もっと君のことを考えるべきだった。だから、君もできれば我のそばによらないほうが……」
「シュリ!!顔を上げてよ」
シュリは顔を上げた。無表情だが、青ざめている。とまりはため息をつき、ソファーから降りてシュリの前に膝をついた。
とまりは、両腕を上げ、彼の頬を包む。
そして、ぎこちなく――それはたぶん、羞恥からだ――、笑った。
「その、お、おはようのキスして、ほしいな。だめ?」
私には ”完璧な肉体”もあるけど、”幸運”もあるし、さ。どちらが勝つかはわからない。でも、どう転がっても、シュリと一緒にいられたらそれは幸せだよ、と、とまりはいった。
結局”元”魔王は持ち帰ってくれた勇者(妹)の温情で生きている。
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