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しおりを挟むわたくしの幼少時から専属侍女として仕えてくれているヒルマは、わたくしとパトリック殿下との関係を正確に理解している。
初めて会った時から二人が上手くいっていないこと。それでもわたくしが殿下をお慕いし続けていること。学園に入ってからの殿下の好意がリリルに向かったこと。それでもわたくしが殿下を慕い続けていること。
すべて知った上でわたくしに寄り添ってくれている。
だからだろう。卒業パーティに出席しないと伝えた時、すぐに「お嬢様がそう決めたのなら、それでかまわないと思います」と微笑みながら同意してくれたのは。
「ごめんなさいね、ヒルマ。わたくしを着飾ることを、とても楽しみしてくれていたのに」
「いいんですよ。そんな機会はこれからもいくらだってあるんですから。それよりも、卒業パーティへの欠席の件を旦那様にお伝えせねばなりませんわ」
「そうね、すぐに手紙を送ることにするわ」
わたくしは王城で務めている父宛てに短い手紙を書いた。
『本日の卒業パーティには欠席します』
この内容だけで、敏い父ならわたくしの思いを悟ってくれるはず。
殿下との不仲について、これまで父に話したことは一度もない。
けれど有能でやり手と名高い父ならば、二人の関係性も学園でのことも、すべて把握済みに違いない。
その上で、口も手も出さずに静観してくれていたのは、わたくしの自主性を重んじてくれていたからこそ。助けを求めれば、父はすぐにでも手を打ってくれたはず。
そんな父ならば、さっきの短い手紙からでも、きっとわたくし真意を察してくれるだろう。
そう思って手紙を送ると、ほどなくして王城の父から返事がきた。
執事が持ってきたその手紙には、こんなことが書かれてあった。
『卒業おめでとう。パーティに参加できないのは残念だけれど、体調不良なら仕方がないね。二週間ほどゆっくりと静養しなさい。体調が回復する頃には、きっとすべてのことに決着がついているだろう。だからなにも気にせず心と体を癒しなさい。愛しているよ。おまえを愛する父より』
内容から鑑みるに……ふふ、ほら、やっぱりすべてご存じだった。
わたくしの父は政敵には冷徹で冷酷で容赦がないと評判だけれど、母が早くに亡くなったせいか、溺愛するわたくしにはデレデレで甘々だ。この世で最もわたくしを大切に思ってくれているのは、間違いなく父だろうと断言できる。
そんな父でも、わたくしが王太子から婚約破棄される寸前であり、卒業パーティに欠席するつもりでいることを知れば、さすがにわたくしを見限るかもしれないと、少しだけ不安に思っていた。
けれど、その憂いは晴れた。やはりどんな時でも、父はわたくしの味方だった。
父からの許しを得た今、もはや恐れるものなどなにもない。
わたくしはヒルマが入れてくれた香り高いお茶を楽しみながら、数時間後から始まる卒業パーティへと思いを馳せた。
わたくしのパーティ不参加を知った時、リリルや殿下、それに他の攻略対象たちはどんな顔をするだろう。
ポカーンと口を開けてマヌケ面を晒すだろうか。
それとも、断罪ができなかったことを地団駄を踏んで悔しがるだろうか。
想像するとおかしくなって、わたくしの口元に笑みが浮かんだ。
「笑いごとじゃありませんよ、お嬢様!」
機嫌のよいわたくしとは反対に、ヒルマは不満そうだ。
「王太子殿下は本当にパーティで婚約破棄を宣言するおつもりなんですか? お嬢様との婚約は国王陛下の命により結ばれたもの。それを勝手に反故にするなんて、陛下に対する反逆行為じゃありませんか! そんなことが許されるはずありません!」
「そうね。でも殿下は、それが分かっていても我慢できないくらい、わたくしとの結婚が嫌なのかもれしないわ……」
自分の言葉に傷ついて、わたくしの胸がツキンと痛んだ。
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