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しおりを挟む「それで殿下はなにをしにわたくしに会いにいらっしゃったのですか? まさか、卒業パーティに出なかったわたくしに恨み言をおっしゃるため? 言わせていただけば、リリル嬢の死罪はわたくしのせいではありませんわよ。むしろ悪いのは、こうなる結果が予想できたいたのにも関わらず、リリル嬢をずっとお傍においていた殿下ではありませんこと?」
「……それは分かっている」
殿下は膝の上の拳を強く握ると、わたくしに向かって歯を食いしばりながら頭を下げた。
「どうかルーバインス公爵を、君の父親を説得して欲しい。男爵家断絶は仕方がない。しかし、リリルの死罪は刑が重すぎる。せめて命だけは助けたいが、君の父上がそれを許さない。君ならば、愛娘であるオリヴィアが頼んでくれたなら、公爵も減刑に応じてくれるのではないか?! 頼む、オリヴィア、この通りだ!!」
「……」
愛する者や懐に入れた者のためになら、自分にできることはなんでもやる、憎い相手にでも矜持を捨てて頭を下げる。殿下のそんな愛情深さや人を想う心は素晴らしいと思う。
わたくしはパトリック殿下のそういったところにも惹かれていた。
殿下が守りたいと思う存在に、いつか自分もなりたいと願ってきた。
だから淑女教育も厳しい王太子妃教育にも、泣き言を吐くことなく必死に学び、懸命に励んできた。
いつか殿下に振り向いてもらえ、愛される日の到来を夢見ていたからだ。
けれど、夢はあくまでも夢でしかない。前世を思い出した今、この想いが殿下に届く日がこないことを、わたくしは知っている。
それどころか、わたくしが殿下を心から愛していることすら、今も殿下は気付かないままなのだ。自分たちの婚約はあくまでも政略的なものであり、そこに愛など存在しないと本気で思っている。
だからこそ、愛するリリルを助けるための助力しろなどという残酷なことを、平気でわたくし言えるのだ。
わたくしはリリルが羨ましかった。
出会ってすぐに殿下と惹かれ合い、殿下に大切にされ、殿下に微笑んでもらえ、殿下に愛されるリリルが心から羨ましく、そして妬ましかった。
だから、惨めだと分かっていてもイジメをやめられなかった。
そして、リリルをイジメるたびに心が軋んで辛かった。
胸が潰れるほど苦しかった。
それでも指導という名のイジメをやめなかった。殿下にまとわりつくのはやめろと何度も命じ、行動を改めない彼女に腹を立て、仲の良い令嬢たちと共謀してリリルが泣くまでいびり倒しもした。
けれど、なにも嫉妬だけが理由でリリルをイジメたわけではない。
侍女に命じて自室から持ってきてもらった書類の束を、わたくしは殿下に差し出した。
「殿下、中をお検めください」
「なんだ、これは」
「読めば分かります」
怪訝そうにしながらも受け取った殿下が書類をめくり、目を通していく。
読み進める内に殿下の眉間に深いシワが寄り、美しい容貌が歪んでいった。
その書類は、公爵家お抱えの諜報部隊による、カザル男爵令嬢リリルの素行調査の報告書だ。わたくしも目を通したが、そこには気分が悪くなるような内容がいくつも記されてある。
リリルは在学中に多くの貴族令息、とりわけ高位貴族の嫡子と深い関係を持っていた。純潔ではないどころか二度も堕胎経験があり、処置した町医者の診断書が報告書には添付されている。
庇護欲をそそる可憐で愛らしい容姿を持つリリルは、多くの令息たちを魅了し、肉体を使って誑かして操り、彼らと婚約者との関係を次々に壊していった。虜にした令息たちに高価なプレゼントを強請って受け取り、質に入れて金銭を得ては分不相応な贅沢を享受していた。
婚約を解消した令息の中には、殿下の側近候補たちも名を連ねていて、彼らとも肉体関係を有している。
また隣国シッバールから留学中の第三王子とも、何度も閨をともにする乱れた仲である。王子がリリルとの関係を遊びと割り切っており、卒業後はあっさり帰国したからよかったものの、そうでなければ国際問題勃発の危機に成りえたかもしれない。
カザル男爵家で働いていた侍女の話によると、最近のリリルには月のモノがなく、三度目の妊娠の兆候があったとのこと。
公爵家諜報部隊の調べによると、ここ二ヵ月の間でリリルが体を重ねた相手は、殿下の側近候補たちとシッパールの王子だけらしい。リリルの腹の子の父親は、彼らの内の誰だということだ。
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