31 / 176
Mission 5*探り合い
5
しおりを挟む終業時間間際。
私は圭にメッセージを送った。
『今夜はカレーです。
二十時、○○駅で待ってる』
圭からの返信はなかった。
既読にはなっているから、来るはず。
私は急いで家に帰って米を研ぎ、カレーとサラダを作り、部屋を片付けた。この部屋に蓮兄と咲さん以外の人を入れたことはない。
思えば、実家の私の部屋に圭を入れたこともなかった。
『惚れた女』
午後の仕事中も圭の言葉が、何度となく私の動きを止めた。
ずっと避けてきた言葉が嬉しくてたまらない。
「ふふふ……」
自分の不気味な笑い声に、恥ずかしくなる。
待ち合わせの十五分前に部屋を出ようとした時、インターホンが鳴った。モニターを見て、目を疑った。
なんで圭と……蓮兄が……。
モニター越しにも、圭が相当不機嫌なことはわかった。
「どう……ぞ」と言いながら、私はオートロックを解除した。
蓮兄――!
私はため息をつきながら、カレー用の皿を三枚、鍋の横に置いた。
いつもは部屋のインターホンも鳴らす蓮兄が、今日に限って鳴らさずにドアを開けた。
「お、カレー」
我が物顔で部屋に上がる蓮兄の後ろで、圭が私を睨んでいる。
「芹沢、上がれよ」と言いながら、蓮兄が持っているビニール袋を私に手渡す。
中には缶ビール。
「お邪魔します……」
蓮兄には昼間、圭に私と蓮兄が兄妹であることを話すと、言っておいた。蓮兄は少し面白くなさそうだった。
とはいえ、まさかこんな子供染みたことをするなんて――!
「どうして二人が一緒にいるの?」
「駅で会ったんだよ」と言って、蓮兄は脱いだジャケットを私に渡す。
「伊織と待ち合わせてるって言うから、一緒に来た」
これじゃ、どこから見ても恋人。蓮兄はあからさまに圭を挑発している。
蓮兄のことは好きだけれど、さすがにムッとした。
「違う。私が呼んだのは圭だけなんだけど?」
「なんで? いつもはいきなり来ても何も言わないのに」
蓮兄もこの部屋の不穏な空気に気付いていて、楽しんでいるようだった。
圭の誤解を解きたくて呼んだのに、こじれている。これ以上、彼を不機嫌にさせたくなかった。
「社長、伊織とどういう関係ですか?」
圭が蓮兄を正面から睨みつけて、言った。
「兄妹」
蓮兄は待ってましたと言わんばかりに、ニッコリ笑った。
それを聞いた圭が、ポカンと口を開けてパチパチと瞬きをした。
「きょう……だい……?」
「そ、伊織は俺の妹。ちゃんと血も繋がってる」
圭の驚きように満足したようで、蓮兄は声を上げて笑い出した。
「はははははっっっ……! すげー間抜け面!!」
「蓮兄!」
「いや……、ないだろ! あの家にはいつも伊織だけで――」
「ま、座れよ。伊織、ビールちょうだい」
私は蓮兄が買ってきたビールを冷蔵庫に入れ、冷やしてあったビールを三本出した。テーブルに置く。
圭は戸惑いながら、蓮兄の正面に座った。
0
あなたにおすすめの小説
トキメキは突然に
氷室龍
恋愛
一之瀬佳織、42歳独身。
営業三課の課長として邁進する日々。
そんな彼女には唯一の悩みがあった。
それは元上司である常務の梶原雅之の存在。
アラフォー管理職女子とバツイチおっさん常務のじれったい恋愛模様
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
メイウッド家の双子の姉妹
柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…?
※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜
有明波音
恋愛
ホテル・ザ・クラウンの客室課に勤務する倉田澪は、母親から勧められたお見合いをやむなく受けるかと重い腰をあげた矢先、副社長の七瀬飛鳥から「偽装婚約」を提案される。
「この婚約に愛は無い」と思っていたのに、飛鳥の言動や甘々な雰囲気に、つい翻弄されてしまう澪。
様々な横やり、陰謀に巻き込まれながらも
2人の関係が向かう先はーーー?
<登場人物>
・倉田 澪(くらた・みお)
ホテル・ザ・クラウン 客室課勤務
・七瀬 飛鳥(ななせ・あすか)
七瀬ホールディグス 副社長
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事などとは一切関係ありません。
※本作品は、他サイトにも掲載しています。
※Rシーンなど直接的な表現が出てくる場合は、タイトル横に※マークなど入れるようにしています。
普通のOLは猛獣使いにはなれない
ピロ子
恋愛
恋人と親友に裏切られ自棄酒中のOL有季子は、バーで偶然出会った猛獣(みたいな男)と意気投合して酔った勢いで彼と一夜を共にしてしまう。
あの日の事は“一夜の過ち”だと思えるようになった頃、自宅へ不法侵入してきた猛獣と再会し、過ちで終われない関係となっていく。
普通のOLとマフィアな男の、体から始まる関係。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる