ダブル・ミッション 【女は秘密の香りで獣になる2

深冬 芽以

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Mission 6*共同戦線

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 月曜日。

 俺は資料室にいた。

 打ち合わせ通り、朝一で伊織が蓮さんに二年前の決算報告書とデータの違いを伝え、すぐに俺が社長室に呼ばれた。

 昨日一日、伊織のそばにいながら彼女に触れられなかった欲求不満を払拭するように、俺はひたすら資料とデータに集中した。

 データの改ざんが確かな二年前のファイルから取り掛かった。

 月次報告書と基データ、入出金伝票、領収書、帳簿を見比べていく。



 伊織の言ってた通り、どのデータも少額の誤差だな……。



 必ずしも割引いて改ざんしているわけでもないから、横領が目的ではなさそうだ。同様に、キックバックとも違う。

「何が目的だ……?」

 改ざんが服飾部に限っていることも解せない。

 ドアがノックされるまで、俺は時間を忘れて没頭していた。

 十一時半。

 伊織だ。

 俺はドアを開けた。

「お疲れ」

「お疲れ」

 伊織は素早く部屋に入ると、俺の隣のPCの電源を入れた。ポケットからUSBメモリを取り出し、デスクに置く。

「進捗状況は?」

「聞いたらお前も欲求不満になるぞ」

「じゃ、聞かないわ。お弁当、食べる?」と言って、伊織が持って来たバッグから弁当とペットボトルのお茶を取り出す。

「食う!」

 俺は受け取ると、デスクに座った。そそくさと包みを開ける。

 伊織はUSBメモリを差し込み、キーボードを叩いた。

「それがトラップ?」

「そ」

 伊織は罠《これ》を仕上げるために、昨日は一日中部屋に籠っていた。

「それで敵の目を欺ける?」

「そ」

 伊織が作ったのはSIINAのシステムの替え玉ダミー侵入クラックしてきたプログラムをダミーに誘導し、改ざんさせる。SIINAのシステムを守りつつ、敵の行動パターンと目的を突き止められるというわけだ。

それのことは蓮さんに話したのか?」

「まだ」

「お前の上司ボスには?」

 俺は卵焼きを頬張る。伊織の卵焼きは俺の母さん仕込みで、同じ味がする。

「まだ」

「お前、そんな単独行動ソロプレイ許されてんの?」

「まあね」

 作業を終えたのか、伊織も弁当を広げ始める。

「圭のボスってイケメン?」

「ムカつくくらい」

「男なんだ」と言って、ウインナーを口に運ぶ。

「あ」

「情報ゲット」

「ずり」

「そう言えば、柴田さんと飲みに行ったんだって?」

「……ああ」

「楽しかった?」



 柴田さんがSELFデザインにいたことを知ってるようだな。



「興味あるのか?」

 俺はわざと意味ありげに聞いた。

「別に?」

「あ、そ。素直じゃねーから教えない」

「共同戦線って言ったくせに」と言って、伊織が口を尖らせる。



 なんだ、それ。

 可愛すぎだろ……。



 一緒にいた頃はあまり気にしていなかった伊織の小さな仕草が、最近は俺のツボを刺激して困る。

「柴田さんがSELFデザインにいたのは四年も前のことだし、今では社長の片腕だろう? 俺は彼をスパイだとは思ってない。一介のデザイナーが帳簿を弄ったり、クラッキングしたりなんて、まず不可能だろ」

「誰にでも裏の顔はあるでしょう?」

「確かにな。柴田さんの裏の顔がわかったら、教えてくれ」

「私任せ?」

「お前の管轄だろ?」と言うと、俺は伊織の口にミニトマトを突っ込んだ。

「よろしく」

「もーーー。あ! そうだ。圭の前に経理にいた竹井さんて人のこと、知ってる?」

「ああ。この前の飲み会でちょっと聞いた」

「辞めた理由は?」

「なんで?」

「経理にいたなら帳簿も操作できるし、辞めたタイミングも気になる」

 伊織を敵には回したくないな、と思った。

「噂だけど、竹井さんてゲイだったんだと。そのことで悩んでいたらしい」

「それが辞めた理由?」

 伊織は全く驚かなかった。

「直接かは知らないけど、辞める前まで竹井さんと三浦さんが付き合ってるんじゃないかって噂もあったらしい。女性社員は竹井さんがゲイだと知らなかったようだけど、三浦さんは知ってたらしい」

「そういうことか……」と、伊織が呟いた。
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