ダブル・ミッション 【女は秘密の香りで獣になる2

深冬 芽以

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Mission 8*待ち焦がれた言葉

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「今日は本当にありがとう! すっごく楽しかったわ!」

 おばさんが満面の笑みで、言った。

「私も楽しかったです」

 今日は本当に楽しかった。

 着替えに帰りたいと言った私を、おばさんは半ば無理やりに連れ出し、ホテル近くのショップで薄いピンクのワンピースを買った。私は自分で払うと言ったけれど、選んだのも連れ出したのも自分だからと言って譲らなかった。

 その後、ホテルのビュッフェでお腹いっぱい食べて、そのままホテルのエステに行き、今は駅前のカフェにいる。

「また、一緒に出掛けてくれる?」

「私で良ければ」

「嬉しいわ」

 おばさんは私にとって、実の母親よりも義母よりも、『母親』だった。

 どんなに寂しくても何年振りでも、おばさんと圭はいつも変わらず私を迎えてくれた。

「伊織ちゃんが圭のそばにいてくれて、安心だわ」

「え?」

「圭は子供の頃からずっと伊織ちゃんが大好きだったから……。伊織ちゃんもそうでしょ?」

「あ……、私は……」

 急に恥ずかしくなってうつむく私に、おばさんは微笑んだ。

「伊織ちゃんと圭、高校生の頃にも付き合ってたでしょう?」

「え……?」

「でも、伊織ちゃんが大学進学で家を出てしまって……。圭はショックで引きこもっちゃってね」

「圭が?」

 初めて聞く話だった。

「毎日家と大学の往復だけで、どこにも出かけなくなっちゃって……。伊織ちゃんと会えなくなって、よほど寂しかったんでしょうね……。私、見てられなくて伊織ちゃんに電話しちゃった」

 思い出した。

 大学一年の夏休みの少し前。

 おばさんから電話が掛かってきて、郵便物が溜まっているから帰って来てほしいと言われた。その頃、お父さんは三年振りに独身に戻っていて、仕事で地方に行っていた。そこでまた、何人目かの結婚相手に出会った。

 私は圭に会うのが怖くて、おばさんには休み中に帰るとだけ伝えた。けれど、留守を預かっている以上、帰る日を知っておきたいと言われ、伝えた。

「夏休みに伊織ちゃんが帰って来るって言った時の圭の顔、伊織ちゃんにも見せてあげたかったわ」

 おばさんが思い出し笑いをした。

「隠そうとしてたけど気持ち悪いにやけ顔で……。本当に嬉しそうだった」

「気持ち悪いって……。ふふっ……」

 想像したら、私まで可笑しくなってしまった。

「伊織ちゃん。ずっと圭のそばにいてくれる?」

「え……?」

 急に真顔で聞かれて、私は言葉に詰まった。

「圭はきっとこれからもずっと伊織ちゃんが大好きよ。伊織ちゃんは?」

「私は……」

 私は大きく深呼吸した。



 自分の気持ちに正直になるって決めたじゃない――。



「私も圭が好きです。きっと、これからもずっと……」

「良かった!」

「――けど!」と、私はおばさんの喜びに水を差す。

「私で……いいのかなって……思って……」

 二つ隣のカップルの楽しそうな会話が聞こえてきた。

「伊織ちゃん。圭の部屋の本棚に分厚い百科事典があるの、知ってる?」

「え? ……あ、はい。子供の頃から持ってるのですよね?」

 初めて圭の部屋に行った時、本棚で見た。

「そう。帰ったらそれを見てみて? 圭には内緒よ」



 百科事典が内緒……?



「それを見て、もう一度自分の気持ちを見つめてみて?」

 訳が分からずにいる私に微笑み、おばさんは立ち上がった。

「そろそろ帰るわね。約束を忘れたお詫びに早く帰って来るだろうから、お父さん」

「あ、駅まで――」

「大丈夫。伊織ちゃんは圭のところに行ってあげて? そのワンピース見たら喜ぶわよ?」

 おばさんは爽やかに手を振って、カフェを出て行った。
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