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4.合鍵
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しおりを挟む間仕切りなしのセンターキッチンにバーチェアだなんて、モデルハウスのようだ。
私の1LDKの部屋がすっぽり収まりそうな広さなのに、チェストも本棚も机もない。
毛足の短いダークグレーのラグが、部屋を締まりよく見せているから、余計に無機質な雰囲気が拭えない。
「部屋にこだわりはないから、好きに変えていい」
私の考えを読んだように、皇丞が言った。
「はぁ」
男らしいとかクールだとかいう表現をすれば格好いい印象になるが、生活感がなさ過ぎて私はどうも好きではない。
「寝室はここ」
ソファの横に荷物を置くと、テレビの背後の壁に手をかけた。
カラカラカラと壁がスライドされていく。
ドア二枚分ほどが壁に収納され、奥の部屋が現れた。
「なんか、すごい作りですね?」
「ファミリー向けだからな。この扉を開けたら一つの部屋になる。小さい子供がいる家庭には人気らしい」
「なるほど」
扉を全開にすると、キッチンに立っていても奥の部屋まで見通せるから、子供から目を離さなくてすむ。
扉をぴったりと閉めてしまえば、じっくり見ない限りは壁にしか見えないから、散らかっていても目隠しできるというわけだ。
皇丞の寝室は、リビングに足を向けてベッドが置かれ、頭の位置の横にはローチェスト。それだけ。
「梓は子供、欲しいか?」
「……はい?」
「子供」
「……まぁ、いつかは?」
ベッドを見ながら聞かれては、どうしたって不健全な想像を掻き立てられる。
まったく考えずについてきたわけではないけれど、実のところマンションまでのタクシーの中では、さっきの直の姿が頭から離れず、冷静ではなかった。
ひとりにはしておけないけれど、この部屋にいるとどうしたって直を思い出すからと言われ、当分の衣類や化粧品なんかを持って、ついてきた。
タクシーの中で、皇丞は何も言わずに手を握っていてくれた。
私は窓の外を眺めながら、頭の中から土下座する直の姿を追い払おうと努めた。
皇丞がベッドに腰かけて、私を見上げる。
「もしも、天谷の子供を妊娠していたら、産んでいたか?」
「……え?」
「妊娠しているかもしれないと天谷に言った時、そうだったらいいなと思ったか?」
すぐに返事ができなかったのは、考えていたからではなくて、正直な気持ちを言ったら軽蔑されるのではないかと不安になったから。
けれど、それも一瞬だ。
「妊娠していないとわかっていて言ったんです。あの状況で子供を望むほど、私……」
直を愛していなかった……?
「ま、当たり前か」
「え?」
皇丞が手を伸ばす。掌を上に向けて。
私は、その手に自分の手を伸ばした。
ゆっくりと手が重なり、握られ、握り返し、引き寄せられる。
「あの状況で、自分にも子供がいたら引き留められたのに、なんて考える女は、まともじゃない」
「それは……言い過ぎな気がしますけど」
「そうか? 子供を理由に捨てられて、子供を理由に捨てさせるなんて、不毛でしかないだろ」
言うとおりだ。
妊娠しているかも、とは言ったけれど、だから戻ってきてほしい、なんて考えなかった。
「弁護士、紹介しようか」
「え?」
「慰謝料の請求するんだろ?」
「ああ、はい」
引き寄せられて、引き寄せられて、私は皇丞の足の間に自身の足を挟まれる格好で、彼の目の前に立つ。
「さっさと終わらせろ」
「……はい」
「それから、俺のものになればいい」
「そう……ですね」
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