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12.鎮静
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しおりを挟む「これは、林海さんの出退勤記録です。九月十日の退勤時刻が二十一時三分となっています」
モニターに映し出されたのは、きらりの九月の出退勤記録。
次に、ロビーの防犯カメラの映像に切り替わる。従業員通用口を見下ろしている。
「九月十日二十一時三分のロビーの映像です。林海さんが退勤を打刻したはずですが、この時間に退勤したのは男性が一人のみでした」
「男性?」
注目の中、モニターに入ってきたのは、小柄な男性。
社員証をリーダーにかざして出て行く。
その時刻は、二十一時三分。防犯カメラの映像の右上に、確かにそう表示されている。
「男性を拡大します」
映像が少しだけ巻き戻され、男性が右端から映り込んできたところで停止。突如現れた赤い枠が男性の顔を囲む。
顔が拡大されながら精細な画像になる様は、科学捜査のドラマさながら。
「兼子くん……」
俵が呟く。
兼子はモニターに映し出されている自分の姿をじっと見ている。
「どうしてこんなことを?」
「……」
兼子が俺を見て、それから俯いた。
見るからに気の弱そうな男だ。
専務にもひどい扱いを受けていたと聞いているし、きらりにも同様に扱われていたのかもしれない。
「頼まれて? それとも、脅された?」
俺がそう言うと、俵がジロリと俺を見た。
もう、言葉を選ぶ必要はないだろう。
「自分の意思で……です」
意外な返答。
「私が、きらりさんに提案しました」
「どうして?」
「きらりさんに……好意を持っていたので」
これまた予想外の返答だ。
人の感情までは推し量れない。
脅されて庇っているのか、本当にきらりを好きなのか。
前者なら説得しなければならないが、後者ならどうしたものか。
いや、そもそも、好意があるならプレゼントでもなんでもすればいいだけ。それを、残業代の割り増しなんて、回りくどい上に男が女に送るものとしては色気も味気もないことを、わざわざ思いつくだろうか。
なんにせよ、結果は変わらないが。
「横領、ですね。いや、詐欺、か」
俺より先にそう言ったのは、三羽常務。
梓のプレゼンで社長と一緒だった。
彼は社長の同期で、仲間でもありライバル関係にもあった。社長の顔色を見ることも、敵意をむき出しにすることもない。中立な立場。
横領、詐欺、の言葉に専務が慌てて口を開くより前に、きらりが立ち上がる。
「大袈裟です! 私は、兼子さんに言われた通りにしただけで――」
「――残業代をどうしました?」
「えっ!?」
「振り込まれた残業代をどうしました?」
「それは――」
「――あなたが使ったのなら、あなたが横領犯だ」
横領か詐欺かはこの際問題ではない。とにかく、刑事事件として明るみに出る可能性を察して立ち上がったのは、林海専務。
「返還する! 私が。だから――」
「――盗んだものを返せば罪にはならないと?」
今度は副社長が言った。
空気が針のような室内で、梓が自分の腿に置いた手を強く握りしめている。俺はその手に触れた。
梓の視線が俺に向き、俺は微かに頷いてみせた。
発端は広塚家具の一軒で梓も当事者だったが、ここまできたら部外者だ。
梓が心配してやる必要も同情してやる必要もない。
気にするな、と言いたかった。
「ひとまず――」と社長が言葉を発し、全員が彼を見た。
「――会議は延期としますか。時間も、ね」
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