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13.御曹司の罠
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梓は席にいなかった。
約束していたわけじゃないが、見送ってくれるものと勝手に思っていた。
一週間かそこらの出張で、大袈裟か……。
「梓ちゃんは? 外勤?」
ロビーで欣吾に聞かれた。
「いや、社内にはいるはずだが」
「見送りに来てくれるかなぁと思ったのに」
欣吾がわざとらしく唇を尖らせる。
俺も思っていた、とは言わない。
からかわれるのが目に見えている。
だが、欣吾でさえそう思うなら、俺が期待してもおかしくないということだ。
俺はスマホで梓に電話をかけた。
かなりしつこく鳴らしたが、出ない。
次に、メッセージを送る。
〈どこにいる?〉
電話に出なかったのだから当然と言えば当然だが、既読が付かない。
通用口前には既にタクシーが到着していて、俺たちを待っている。焦る必要はないがのんびりする時間もない。
仕方なく、欣吾に出発しようと告げた。
〈行って来る〉
順調にいけば一週間で帰って来る。
たかが一週間。されど一週間。
恋人になってから、二日以上離れたことはない。
それに、さっきの天谷。
念のために、平井と山倉さんに梓を一人にしないように頼んだが、心配だ。
きらりから、俺が天谷を誘惑するように唆されたと聞いたようだし、そのまま梓に伝えれば傷つく。が、それによって、天谷がきらり以外の女とも浮気していたことを知られるのは、本人も望まないはず。
そう思えば、俺の留守を狙って天谷が梓にそれを告げるとは考えにくい。
いや、俺たちの仲を引っ掻き回すという意味では、やりかねないか。
嫌な予感がする。
ものすごく嫌な予感が。
そして、当たってほしくない予感ほどよく当たるものはない。
「欣吾」
「ん?」
「最速で帰るぞ」
「まだ会社の前なんだけど!?」
そうだ。
出発を後らせればよかった。
飛行機を一本送らせて、欣吾に九州支社に到着が遅れると連絡させ、梓を探せばよかった。
探して、抱きしめて、電話に出ない理由を確かめれば良かった。
後悔、という言葉は嫌いだ。
後悔する可能性があるなら、しないようにその時の最善を尽くすよう教えられ、生きてきた。
だが、俺は後悔した。
好きな女が他の男の物になって初めて、好きだったと気づいた。
あの時の後悔は忘れない。
なのに、欲しかった女を手に入れ、俺は柄にもなく舞い上がっていた。
そうでなければ、二度目の後悔はなかった。
梓……。
出張中、幾度となくした電話にもメールにも、梓が応じることはなかった。
会社に電話をしても、いつも席を外していると言われた。
出社しているということには安心したが、それだけだ。
なぜ電話に出ない……?
梓を怒らせるようなことをしただろうかと、思い返す。
先週末、抱きすぎた?
やり過ぎた自覚はある。
だが、呆れ顔ではあったが、本気で怒っているようには見えなかった。
あの日の朝はいつも通りだった。
なら、その後、俺が出張に出るまでに何かあった?
思い当たるのは会議室での天谷との会話だ。
天谷が話した?
梓があいつの話を鵜呑みにするだろうか。
少なくとも、黙って信じたりはしないと思う。
せめて俺に確認するくらいには、自分を裏切った元婚約者より信頼されていると自信がある。
林海きらりか――?
追い詰められたきらりが梓に何か吹き込む可能性がないわけではない。
だがそれも、梓が取り合うとは思えない。
じゃあ、何なんだよ――!
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