サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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6.嫉妬のあまり……

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「連れてってやるよ。フランス料理のフルコースか? 値段のない寿司屋か?」

「値段のある回ってないお寿司か、焼肉で」

 羽崎の返事に、思わずハハッと笑ってしまう。

「いいぞ。明日は寿司で、明後日は焼肉な」

「そんなに食べたらふと――」

 少しむくれた表情かおが可愛くて、言い終わる前にその唇を塞いだ。

「ん……っ」

 ちゅっと口づけてすぐに少しだけ離し、鼻と鼻が触れ合ったまま彼女を見た。

 玄関は電気を点けていなくて、靴箱の上のコンセントに挿した人感センサーのライトのほんのりとした灯りしかない。

 涙で乱反射した灯りが、瞳を輝かせる。

「簡単にキスされんなよ」

「なんで……?」

「嫌か?」

「そうじゃ――」

「――嫌じゃない?」

 嫌だと言われなくてホッとし、喜んだせいでついニヤケてしまう。

「そうじゃなくて!」

 羽崎はからかわれたと思ったのか、唇をひん曲げてきっと俺を睨む。

 全然怖くはないが。

「夏依」

「――っ」

 名前で呼ぶと、彼女の瞼が大きく持ち上がった。

 俺はコンプレックスの細い目を出来るだけ見開いて、彼女を見つめる。

「好きだ」

「……え?」

「なんで驚く? 好きじゃなきゃキスしないだろ」

「そんなこと――」

「――ああ、そうじゃない男もいるか。だが、俺は違うぞ?」

「……っ」

 夏依が唇を震わせて、顔はそのままに視線だけを逸らす。

 見る見る間に彼女の頬が、顔全体が赤くなっていく。

 好きな女の、酒に酔ったように紅潮した顔と潤んだ瞳、微かに震える唇を目の前にして、興奮しない男がいたら正常な男性機能をお持ちか窺いたい。

「夏依は?」

「え?」

「どうして俺と食う飯が美味いと思う?」

「それ……は……」

 答えはわかっている。

 夏依の表情を見る限り、自惚れじゃない。

 それでも、彼女の言葉で、声で聞きたかった。

『好き』だの『愛してる』だの実態のない言葉に大した意味なんかないと思っていたのに、夏依には言いたいし、言われたい。

 香里にも思わなかった。

「夏依。俺はこのままキスを続けてもいいのか?」

 本音はキス以上のことがしたい。

 さっきからぴったり密着していて、色々ヤバイ。

 ジャケットやコートを着ているから辛うじてバレていない、はず。


 気持ちを伝えていきなりベッドに連れ込むのはさすがに――。


「私は、篠井さんの元カノみたいに美人じゃないし、胸も大きくないけど――」

「――そんなこと――」

「――うっ上になるのは恥ずかしいけど! でも、時々……なら……シてもいい……かも……とか……」


 …………は?


 部下だった時から、時々予想の斜め上どころか頭上の真上をいく考えを披露されてきたが、さすがにここまでぶっ飛んだことを言われたことはない。


 ウエニナッテモイイ?


 なんということでしょう。

 初めてのキスと告白の後で、夏依からセックスのお誘いを受けてしまった。

 これは、謹んでお受けしないと男が廃る。

 俺は鬼と呼ばれただけあって、仕事が早くて正確で、精度も完璧だ。

 夏依の言葉から数秒でカラダの準備は万端、ココロのテンションは最高潮。

 だが、複雑だ。

『好きだ』と言われたかった。

 いや、今も言われたい。

 だが、言われていない。

 とはいえ、それ以上の言葉をもらった。

 言葉を望むココロと、騎乗――彼女の申し出は言葉の代わりだと自分を納得させようとするカラダ。

 最初は礼儀正しく正常位でおもてなしすべきだと自分に言い聞かせるココロと、せっかくの申し出を袖にするのは紳士のすべきことではないと囁くカラダ。

 内なる欲望の葛藤は熾烈だが、その最中でもふと気づく。


 俺ってこんなキャラだったか……?


 鬼篠が聞いて呆れる。

 惚れた女の絞り出した言葉ひとつで、こんなに心も身体もかき乱されるとは。

 いい年をして、心臓が下腹部まで下りてきたのではと思うほど、カラダは尋常ではない速度と力強さで脈打っている。

 興奮している、のを通り越して昇天寸前だ。

 俺はゆっくりと深呼吸して、精いっぱい格好をつけた表情で、夏依を見つめた。

「その言葉、後悔するなよ」

 だが、後悔したのは俺だった。

 テンプレ通りにキスをして、舌を絡ませた。

 夏依の腰をしっかと抱き、服の上から胸の膨らみに触れる。
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