104 / 120
13.元上司は優しい嘘つきでした
4
しおりを挟む*****
兄も知っているのだと確信したのは、その表情が光希と同じだったから。
光希に兄と会う店と時間を伝言してもらってから、三日。
金曜の仕事終わりに、私は兄と向き合っていた。
「この前はごめんなさい」
私は軽く頭を下げた。
この前、とは須賀谷さんといる店に光希と兄が来た時のことだ。
あの時、十数年ぶりの再会にも関わらず、私はろくに話もせずに逃げた。
「いや、いいんだ。俺も、いきなり押しかけたし……」
兄は私以上に不安そうな表情で、視線を彷徨わせている。
この三日間。私は、光希から兄との出会いや一緒に働くことになった経緯なんかを聞いていた。
光希は私と兄の和解を望んでいて、わかりやすく私に兄に対して好印象を抱かせようと必死だった。
今日も、一緒に来ると言い、その度に私は断った。
そして、つい数分前にも電話がきた。
『やっぱり、俺も同席した方が……』と言う光希に、私は言いたくなかった言葉を放った。
『来たら嫌いになる』
光希の返事は『家で待ってます』だった。
いくら恋人でも、三十を過ぎた大人だというのに、心配が過ぎる。
恋人とはドライな関係を望んでいる、なんて言っていた男と同一人物とは思えない。
とにかく、私は兄と二人で話したかった。
「私がお父さんの子供じゃないって、知ってたの?」
単刀直入に聞くと、わかりやすく兄が驚き、けれどそれは、知らなかったことを知った驚きではなく、私が知っていることへの驚きだとすぐにわかった。
「光希が言ったの?」
やっぱり、光希も知ってたんだ……。
だから、私がお母さんに会おうかなと言った時、強く反対した。
『あんな親』と言ったのも、そのせいだ。
あれ? でも、お母さんは――。
「どうして私を捨てたのか」
兄の眉間に皺が寄る。
「それを聞きたくてお母さんに会おうかなって、思ったの。だけど、光希は反対した。その後で、思い出したの。私たちの血液型」
「血液……型……?」
「お父さんはO、お母さんはAB、お兄ちゃんはA、私はAB。ネットで調べたら、OとABからはAかBしか生まれないんだって」
こんな話を、落ち着いて話せている自分に不思議な感じがした。
対照的に、兄は動揺した。
きっと、兄と光希は私に知られたくなかった、知らせないようにしてくれていた。
だけど、私は知ってしまった。
「不思議なんだけど、ああそうか、って思ったの。だから、お父さんは私に見向きもしなかった」
「夏依……」
「お兄ちゃんは知ってたの? 知ってたから――」
「――違う! 知ったのは、最近。あの日、俺があんなことを言った時は、親がそれぞれ浮気してるってことしか知らなかった」
それから、兄はぼそぼそと話してくれた。
兄が両親の不貞を知ったこと、家族ごっこが辛かったこと、私を傷つけたことを悔やんでいること。
私は兄がずっと独りで生きてきたことを光希から聞いてから、家族を壊した兄を恨む気持ちなんて少しも持てなくて、むしろ、贖罪のように独りでいる兄が可哀想に思えていた。
数年だけれど、大人になるまで私には祖母がいてくれた。
でも、兄はずっと独り。
「ごめん、夏依」
深く頭を下げた兄に、負の感情はもてなかった。
「私とお兄ちゃんだけになっちゃったね、家族」
「……」
「ひとつ、聞いておきたいんだけど――」
ゆっくりと頭を上げた兄が不安そうに私を見る。
3
あなたにおすすめの小説
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる