サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

文字の大きさ
105 / 120
13.元上司は優しい嘘つきでした

しおりを挟む

「――光希はお父さんとお母さんに会ったの?」

「…………父さん、だけ。母さんとは電話で話した」

「そっか」

「夏依、もう――」

「――直接話して、お兄ちゃんと光希は、その内容は私が知るべきじゃないって……判断したんだよね?」

 私は意地悪だ。

 兄の表情を見ればわかりきっているのに、わざわざ聞いた。

 兄は迷い、唇を震わせ、それでもゆっくりと発した。

「知ってほしくない」

「……そっか」

 それ以上、どちらも何も言わなくて、頼んだ飲み物もすっかり冷めて、私は先に店を出た。

「今話したことは、光希には言わないで」とだけ言い残して。

 それから、私の電話番号とラ〇ンのアカウントのメモを置き残して。

 店を出た私は走った。

 少しでも早く、光希に会いたかった。

 私も光希もよく走ってるな、と思いながら走った。

 電車を降りて走り、光希と魔女のキスシーンを見たコンビニの前を走り過ぎ、マンションのエレベーターの中で壁に手をついて息を整え、玄関までまた走る。

 そして、肩を上下させながらドアを開けると、なぜか光希が待ち構えていた。

「おかえり」

「どうしたんですか!?」

「なにが」

「や、だって……」

 まさか、私の帰りを玄関ここで待っていたのだろうか。

「腹、減ってないか?」

「え? あ! ご飯の支度――」

「――弁当、買ってきたんだ。食おう」

 兄と何を話したのか、聞かれると思った。

 気を遣っているのかもしれない。

 どうせ今、私が話さなくても兄から聞くだろう。


 あれ、でも、なんて言うんだろう……?


 今日話したことを、光希には黙っていてほしいと言い残してきた。


 お兄ちゃんと話が合わなくなったら困るから、私からは何も言わない方がいいのか……。


「どれがいい?」

 どっち、と言われなかったことに少し違和感を持ちながら、光希の指さす先を見る。

「何人分?」

 明らかに二つ以上のお弁当。

「残ったのは明日食おーぜ。で? どれがいい?」

 真っ先に目についたのは、牛タン弁当。私は牛タンが大好きだ。

 次は、チキン竜田弁当大根おろし付き。カリカリの衣と大根おろしの組み合わせも好き。


 あ、あんかけ焼きそば……。


 これも好物だ。

 他には、牛ステーキ弁当に、中華丼。

 なんで、五個?

 しかも、カウンターの端には、またもお菓子のパッケージが透けて見えるビニール袋がある。

「どうした?」

「え? あ、迷っちゃって……」

「半分ずつにしてもいいから二つ選んでいいぞ? あ、全部開けて少しずつ食べるか?」

「いや、そんな――」

 ふと、同じセリフをどこかで聞いた気がした。

 どこでだろう。

『そんなに迷うなら半分ずつにするから、二つ選んでいいよ。おばあちゃんの分と三つか』

 兄、だ。

 そして、更に思い出す。

 まだ両親が離婚する前に住んでいた家のそばに中華店があって、私はそこのあんかけ焼きそばが好きだった。ご飯ものなら中華丼。

 焼肉屋さんではランチをやらない代わりにお弁当を売っていて、私が選ぶのはいつも牛タン弁当か牛ステーキ弁当。

 おばあちゃんの家の近くのお弁当屋さんでは、チキン竜田弁当を買っていた。

 あの頃はまだ小学生で、野菜が大嫌いで、おばあちゃんのご飯以外ではほとんど食べなかった。

 要するに、肉ばかり食べていた。

 おばあちゃんのご飯が、魚や和食が多かった反動かもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...