106 / 120
13.元上司は優しい嘘つきでした
6
しおりを挟む
「光希、これ、どこで買ってきたの?」
「え?」
お弁当のラベルを探すが、ない。
「あ~……仕事で行ったところの駅近くにさ? 中華屋と焼肉屋があって? 美味そうだなって思ったら、弁当があったから――」
嘘だ。
売り物ならラベルがあるはず。
わざわざテイクアウトしてきたんじゃ――。
それはつまり、店に入って、メニューの中から光希が選んだということ。
私の好きなものばかり?
どれも好きだが、しばらく食べていないものもある。
牛タンなんて何年も食べていないかもしれないものを、私が好きだなんて光希が知っているなんておかしい。
お菓子もそうだ。
光希が買ってきたものはどれも、私が子供の頃に好きでよく食べていたもので、大人になってからは本当にたまにしか食べていない。
食べるとしても、職場で食べたりしないし、光希と暮らしてる間に食べた記憶もない。
お兄……ちゃん?
私が熱を出した時に光希が買って来てくれたパイナップルの缶詰もそうだ。
ピンポイントでパイナップルだった。
しかも、具合の悪い時にしか食べたくならない。
何種類か買って来た中のひとつが、偶然私の好きなものだったなら納得だけれど、光希はパイナップルの缶詰を二つ買って来た。
あの時は偶然を疑わなかったけれど、今は違う。
お兄ちゃんに聞いたんだ……。
ついさっきの、私に頭を下げた兄の表情を思い出し、涙が滲む。
お父さんと血のつながりがないとわかった時より、胸が苦しい。
「夏依? どうした? なんか――」
「――牛タンのがいい」
「うん? そうか」
「あんかけ焼きそばも捨てがたい」
「じゃあ、分けて――」
「――誕生日は牛タンが美味しいお店に行きたい」
「おう。いいな」
「来年の誕生日は中華がいい」
「もう来年の話か?」
光希が笑う。
けれど、私の頬は涙で濡れている。
「再来年は鉄板焼きに行きたい」
「夏依?」
顎を伝って滴った涙が、お弁当の蓋の上で水たまりになる。
「その次は――」
「――夏依」
抱きしめられて、涙が光希のシャツに吸い込まれた。
「光希の好きなものも知りたい……」
「ああ」
痛いくらい強く抱きしめられる。
私は、光希の想いに応えられるだろうか。
光希がくれる以上の幸せをあげられるだろうか。
いつか、光希に出会える人生をくれたと、お母さんに感謝できる日がくるだろうか……。
お腹の音で雰囲気を壊された私たちは、笑って、涙を拭いて、お弁当を食べた。
牛タン弁当とあんかけ焼きそばと中華丼を分けて、食べた。
美味しかった。
でも、無性に昔食べたそれらを食べたくなった。
今も店があるかはわからない。
私が思い出の店のことを話すと、明日探しに行こうかと光希が言った。
「二日続けて中華?」
「ああ」
きっと、お兄ちゃんに聞くだろう。
けれど、お兄ちゃんは思い出したくないんじゃないかと思った。
大学進学で家を出るまでとはいえ、お兄ちゃんはあの家で暮らし続けた。
誰もいなくなった、あの家で。
傷ついたし悲しかったけれど、私にはおばあちゃんがいた。
そう思うと、お兄ちゃんに嫌われていると、憎まれていると思い込んでいた十数年がもったいないと感じた。
私がこんな風に思えるのは、私には光希がいるから。
私にとっての光希のような存在が、お兄ちゃんにもいたらいいのに、できたらいいのにと思った。
「え?」
お弁当のラベルを探すが、ない。
「あ~……仕事で行ったところの駅近くにさ? 中華屋と焼肉屋があって? 美味そうだなって思ったら、弁当があったから――」
嘘だ。
売り物ならラベルがあるはず。
わざわざテイクアウトしてきたんじゃ――。
それはつまり、店に入って、メニューの中から光希が選んだということ。
私の好きなものばかり?
どれも好きだが、しばらく食べていないものもある。
牛タンなんて何年も食べていないかもしれないものを、私が好きだなんて光希が知っているなんておかしい。
お菓子もそうだ。
光希が買ってきたものはどれも、私が子供の頃に好きでよく食べていたもので、大人になってからは本当にたまにしか食べていない。
食べるとしても、職場で食べたりしないし、光希と暮らしてる間に食べた記憶もない。
お兄……ちゃん?
私が熱を出した時に光希が買って来てくれたパイナップルの缶詰もそうだ。
ピンポイントでパイナップルだった。
しかも、具合の悪い時にしか食べたくならない。
何種類か買って来た中のひとつが、偶然私の好きなものだったなら納得だけれど、光希はパイナップルの缶詰を二つ買って来た。
あの時は偶然を疑わなかったけれど、今は違う。
お兄ちゃんに聞いたんだ……。
ついさっきの、私に頭を下げた兄の表情を思い出し、涙が滲む。
お父さんと血のつながりがないとわかった時より、胸が苦しい。
「夏依? どうした? なんか――」
「――牛タンのがいい」
「うん? そうか」
「あんかけ焼きそばも捨てがたい」
「じゃあ、分けて――」
「――誕生日は牛タンが美味しいお店に行きたい」
「おう。いいな」
「来年の誕生日は中華がいい」
「もう来年の話か?」
光希が笑う。
けれど、私の頬は涙で濡れている。
「再来年は鉄板焼きに行きたい」
「夏依?」
顎を伝って滴った涙が、お弁当の蓋の上で水たまりになる。
「その次は――」
「――夏依」
抱きしめられて、涙が光希のシャツに吸い込まれた。
「光希の好きなものも知りたい……」
「ああ」
痛いくらい強く抱きしめられる。
私は、光希の想いに応えられるだろうか。
光希がくれる以上の幸せをあげられるだろうか。
いつか、光希に出会える人生をくれたと、お母さんに感謝できる日がくるだろうか……。
お腹の音で雰囲気を壊された私たちは、笑って、涙を拭いて、お弁当を食べた。
牛タン弁当とあんかけ焼きそばと中華丼を分けて、食べた。
美味しかった。
でも、無性に昔食べたそれらを食べたくなった。
今も店があるかはわからない。
私が思い出の店のことを話すと、明日探しに行こうかと光希が言った。
「二日続けて中華?」
「ああ」
きっと、お兄ちゃんに聞くだろう。
けれど、お兄ちゃんは思い出したくないんじゃないかと思った。
大学進学で家を出るまでとはいえ、お兄ちゃんはあの家で暮らし続けた。
誰もいなくなった、あの家で。
傷ついたし悲しかったけれど、私にはおばあちゃんがいた。
そう思うと、お兄ちゃんに嫌われていると、憎まれていると思い込んでいた十数年がもったいないと感じた。
私がこんな風に思えるのは、私には光希がいるから。
私にとっての光希のような存在が、お兄ちゃんにもいたらいいのに、できたらいいのにと思った。
4
あなたにおすすめの小説
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる