サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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13.元上司は優しい嘘つきでした

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「光希、これ、どこで買ってきたの?」

「え?」

 お弁当のラベルを探すが、ない。

「あ~……仕事で行ったところの駅近くにさ? 中華屋と焼肉屋があって? 美味そうだなって思ったら、弁当があったから――」

 嘘だ。

 売り物ならラベルがあるはず。


 わざわざテイクアウトしてきたんじゃ――。

 それはつまり、店に入って、メニューの中から光希が選んだということ。


 私の好きなものばかり?


 どれも好きだが、しばらく食べていないものもある。

 牛タンなんて何年も食べていないかもしれないものを、私が好きだなんて光希が知っているなんておかしい。

 お菓子もそうだ。

 光希が買ってきたものはどれも、私が子供の頃に好きでよく食べていたもので、大人になってからは本当にたまにしか食べていない。

 食べるとしても、職場で食べたりしないし、光希と暮らしてる間に食べた記憶もない。


 お兄……ちゃん?


 私が熱を出した時に光希が買って来てくれたパイナップルの缶詰もそうだ。

 ピンポイントでパイナップルだった。

 しかも、具合の悪い時にしか食べたくならない。

 何種類か買って来た中のひとつが、偶然私の好きなものだったなら納得だけれど、光希はパイナップルの缶詰を二つ買って来た。

 あの時は偶然を疑わなかったけれど、今は違う。


 お兄ちゃんに聞いたんだ……。


 ついさっきの、私に頭を下げた兄の表情を思い出し、涙が滲む。

 お父さんと血のつながりがないとわかった時より、胸が苦しい。

「夏依? どうした? なんか――」

「――牛タンのがいい」

「うん? そうか」

「あんかけ焼きそばも捨てがたい」

「じゃあ、分けて――」

「――誕生日は牛タンが美味しいお店に行きたい」

「おう。いいな」

「来年の誕生日は中華がいい」

「もう来年の話か?」

 光希が笑う。

 けれど、私の頬は涙で濡れている。

「再来年は鉄板焼きに行きたい」

「夏依?」

 顎を伝って滴った涙が、お弁当の蓋の上で水たまりになる。

「その次は――」

「――夏依」

 抱きしめられて、涙が光希のシャツに吸い込まれた。

「光希の好きなものも知りたい……」

「ああ」

 痛いくらい強く抱きしめられる。

 私は、光希の想いに応えられるだろうか。

 光希このひとがくれる以上の幸せをあげられるだろうか。


 いつか、光希に出会える人生をくれたと、お母さんに感謝できる日がくるだろうか……。


 お腹の音で雰囲気ムードを壊された私たちは、笑って、涙を拭いて、お弁当を食べた。

 牛タン弁当とあんかけ焼きそばと中華丼を分けて、食べた。

 美味しかった。

 でも、無性に昔食べたそれらを食べたくなった。

 今も店があるかはわからない。

 私が思い出の店のことを話すと、明日探しに行こうかと光希が言った。

「二日続けて中華?」

「ああ」

 きっと、お兄ちゃんに聞くだろう。

 けれど、お兄ちゃんは思い出したくないんじゃないかと思った。

 大学進学で家を出るまでとはいえ、お兄ちゃんはあの家で暮らし続けた。

 誰もいなくなった、あの家で。

 傷ついたし悲しかったけれど、私にはおばあちゃんがいた。

 そう思うと、お兄ちゃんに嫌われていると、憎まれていると思い込んでいた十数年がもったいないと感じた。

 私がこんな風に思えるのは、私には光希がいるから。

 私にとっての光希のような存在が、お兄ちゃんにもいたらいいのに、できたらいいのにと思った。
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