サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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13.元上司は優しい嘘つきでした

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 お腹いっぱいになっても、光希はパンを買うことを忘れていなかった。

 とはいえ、お昼過ぎで人気のパンは売り切れている。

 それでも、明日の朝ご飯には十分な数をトレイにのせた時、目についたパンに思わず「あ」と声が出た。

 ちくわパンとメロンパンが並んでいる。

「ん? メロンパンも買うか?」

「ううん。ただ、お兄ちゃんが好きだったなって……思って」

「大貴が? メロンパン?」

「そう。ちくわパンも」

「意外だな」

「でしょ? 昔っから笑ったり怒ったり表情が変わることがあんまりなかったんだけどね? このパンを食べてる時はさらに無表情になるのがおかしくて」

「好きなもの食べてるのに?」

「そう。夢中で、真剣に味わってたんだと思う」

「なるほど」

「……」

 お兄ちゃんは今もちくわパンとメロンパンが好きだろうか。

 パリパリのメロンパンが好きだからコンビニでは買わなかったけれど、今もだろうか。

 私は入口のそばに置かれたトレイとトングを持ち、ちくわパンとメロンパンをトレイにのせた。

 それをレジに置くと「ご一緒ですか?」と聞かれ、私は「別々でお願いします」と言った。

 光希は何も言わなかった。

 昔暮らした街を、パンの袋を片手に、光希と手を繋いで歩いた。

 なんだかくすぐったくて、嬉しかった。

 帰り道、見慣れない場所で光希が車を停めた。

 後部座席に置いたちくわパンとメロンパンの袋を私の膝に置き、聞く。

「三階が俺たちのオフィスだ」

 私はパンの袋を見つめ、それを光希に渡した。

「お願い……」

「わかった」

 光希が車を降りて、灰色のビルに入って行く。

 私はひとり、チッカチッカという規則正しいハザードランプの音を聞いて待った。

 ビルの横の、五台分だけの駐車場に、黒っぽいバイクが止まっているのが目に入った。

 太陽光の当たり具合で、青っぽくも見える。

 高校生になってすぐ、お兄ちゃんがバイクの免許を取りたいと言った時、おばあちゃんが猛反対したのを思い出した。

「お待たせ」

 ドアが開き、乗り込んだ光希は楽しそうだ。

「喜んでたよ」

 今も好きなものかはわからない。

 それでも、喜んでくれたのなら、良かった。

 スーパーで買い物をして、家に帰った時、スマホのメッセージに気が付いた。

 お兄ちゃんからだ。

〈パン、ありがとう〉

 私はお兄ちゃんをともだち追加して、返事を送った。どういたしまして、とスタンプで。

 それは、送ったと同時に既読になった。

 買ってきたものを冷蔵庫に入れ、コーヒーを淹れる。

 二人でソファに座り、コーヒーを飲んで、ふぅっと息をついた。

 午前中は陽当たりのいいリビングだが、今の時間は陽が入らない。

 ふと、最初に光希がこの部屋に来た時のことを思い出した。

 二人して恋人の浮気現場を目撃して、ボロボロだった。

 にもかかわらず、光希は助手席で寝るし、私は眠すぎて機嫌が悪かった。

「やっぱこの部屋、落ち着くよなぁ」

 光希の言葉に、私が考えていることがわかったんかと、驚いた。

「陽当たりがいいとか、物が多くないとか、色んな理由はあるんだろうけど、一番は夏依がいるからなんだよな」

「どういう意味ですか?」

「これからも一緒にいたいってこと」

「はぁ……」

 肩を抱かれ、頭を撫でられて、急な甘い雰囲気に身構える。

「何だよ。夏依はそう思ってないのかよ?」

「思ってますよ? というか、一緒にいたくないと思う理由が見つかりません」

「……」
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