【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら

深冬 芽以

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14.指輪を外していなくても

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 美幸さんは自分のペンで二枚の念書にサインをして、龍也の朱肉で拇印を押した。おしぼりで指を拭いている間に、龍也が二枚とファイルを手に取った。

「ありがとうございます。これで、千尋と一緒になれる」

 そう言って、一枚を美幸さんに差し出した。

「不倫するような女でいいの?」と、美幸さんが聞いた。

「俺の為に不倫をやめてくれたんなら、それでいい」

「そ」

 美幸さんは念書を半分に折ってバッグに入れると、そのバッグを持って立ち上がった。そして、バッグの中に手を入れる。

「ここは俺が」と、龍也が言った。

「ごちそうさま。お幸せにね」と言って、美幸さんはヒールを鳴らして去って行った。

「この貸しはデカいぞ」

 美幸さんの姿が見えなくなると、龍也が言った。持っていた念書をファイルに入れて私に手渡す。

「ありがとう。助かったわ」

「なぁ、千尋」

「説教なら――」

「――指輪フェチってホント?」

「なに、それ」

 私は元いたソファに腰を下ろした。

 龍也は、さっきまで美幸さんが座っていたソファ。

「麻衣さんが言ってた」

「ああ。酔ってそんなようなこと、言ったかもね」

「他の女との揃いの指輪じゃなく、自分と揃いの指輪をしてる男じゃダメなのか?」

「考えたこともないわ」

「なら、考えろ」

 龍也がコートの内ポケットからスマホを取り出し、立ち上がった。

「素敵なマフラーね」

 ワインカラーで、おそらくカシミヤ。

「だろ? あきらからのクリスマスプレゼント」

 龍也は嬉しそうに顔を綻ばせ、「じゃな」と片手を挙げて別れの挨拶をして、カフェを出て行った。



 お揃いの指輪……か。



 私は冷えたコーヒーを飲み干し、念書を見つめた。



 ごめんね、比呂。

 指輪を外していなくても、さようなら。



 念書をファイルに入れていて良かった。そうじゃなければ、私の印鑑が滲んでいた。

 美幸さんの拇印も。

 涙で滲んだ印鑑と拇印なんて、きっと無効だ。

 そうならなくて、本当に良かった。
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