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1.動かない指の価値
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しおりを挟む「萌花をこんなところに閉じ込めたら、三時間でストレス性の蕁麻疹が出るでしょうね」
お義姉さんはその様子を想像したようで、フフッと笑った。
「そうですね」
「それに、俺は世話をしてほしくて萌花と結婚したわけではありませんし」
「……そうですか」
「だからってお義姉さんにお願いするのもどうかとは思うんですが」
「いえ! 私はお話を頂いて、本当に助かったんです。ですから、精一杯勤めさせていただきます」
「よろしくお願いします」
お義姉さんは持ってきたボストンバッグひとつを二階の部屋に置くと、早速買い物に出かけた。食べたいものを聞かれたから、カレーライスと答えた。
病院では出なかった。
彼女の留守中、俺はソファに座って窓の外を眺めていた。ゆっくりと瞼が下りてくる。
疲れた……。
退院を決めたのは三日前。
病院の特別室を占拠しながらリハビリに励んでも良かったが、既婚者と知りながら色目を遣う看護師にも、プラスチックの皿に載った料理にもうんざりしていた。
温かな日差しの中で転寝をしていた俺は、ぶるっと身震いして目を覚ました。
尿意を感じ、重い身体に力を入れる。右手の人差し指と中指の間に杖の柄を挟み、床に突いた。ゆっくりと力を込めて、立ち上がる。左足に重心を置き、杖を持ち直す。それから、杖に重心を移して左足を前に出す。次は左足に重心を置いて、杖を前に出す。ずるっと引きずりながら右足も一緒に。
トイレに行くだけで、やたら時間がかかり、ものすごく疲れた。病室ではトイレがもっと近くにあった。
嫌でもリハビリになるな。
萌花は嫌味で『下の世話』なんて言っていたが、そこまでお義姉さんに頼りたくはない。必要ならば移動を支えてもらうことはあるだろうが、尻を拭いてもらったり、ファスナーを上げてもらったりはしなくない。
「ただいま帰りました」
お義姉さんは両手に買い物袋をぶら下げて帰って来た。重そうだ。
「すごい量ですね」
「冷蔵庫、空っぽだったので」
「ああ」
お義姉さんはテキパキと買って来たものを冷蔵庫に入れて、空になったエコバッグを畳む。
「あの、余計なことかとは思ったのですが―――」
少し不安気に俺の顔色を窺いながら、お義姉さんが黄色いボールを差し出した。二つ。
「リハビリに……役立つかと思いまして」
「え?」
「指の運動にいいと聞いたんです」
そう言いながら、お義姉さんはボールの一つを俺の右手に握らせた。表面はザラッとしていて、柔らかい。スポンジらしい。
「まずは、ボールを落とさずに持ち続けることからだそうです。それから、少しずつ指に力を入れて、握るんです。スポンジになれたら、ゴムのボールにして、最後にはクルミを二つ、手の中で擦り合わせたりできたら完璧だそうです」
お義姉さんは俺の足元に跪き、俺の手をすくうように両手で包み、ボールが落ちないように指を曲げさせる。ゆっくりと、優しく。
お義姉さんの手は、温かかった。
よく見ると、掌には買い物バッグの持ち手が食い込んだらしい痕。白い肌に褐色の痕が目立つ。
「痛くないですか?」
俺が聞こうとしたことを、お義姉さんが聞いた。
「え?」
「指、痛くないですか?」
ああ、指。
「大丈夫です」
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