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12.逃避行、結ばれる夜
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しおりを挟む外国の高級メーカーのエンブレムが自己主張する黒塗りの車が玄関前に停車する。助手席から五十歳前後の男性が降りて、後部座席のドアを開けた。
降りて来たのは、悠久だった。
ひと月前より髪が短くなっていて、後ろに流している。立ち姿が、何だか痩せて見えた。
私からは、表情はよく見えなかった。
男性と言葉を交わして、悠久はマンションに消えて行った。
「とても疲れた顔をしていたね」と、修平さんが言った。
「結婚式の時の印象しかないけど」と付け加える。
「楽。耐えているのはきみだけじゃないよ」
修平さんはそれ以上、言わなかった。
言わなかったけれど、心配させてしまったようで、それから毎日電話をくれるようになった。
悠久のことには触れず、ちゃんとご飯を食べているか、ぐっすり眠れているかを聞かれた。
修平さんと会った日から、私は毎日外出するようになった。午後六時くらいから二、三時間。
悠久の部屋の小説を一冊だけ持って、彼のマンションの斜向かいのカフェに行く。以前、萌花が悠久のお兄さんと出てくるのを見てしまったカフェで、今は悠久の帰りを待つ。
パスタやピッツァを食べて、小説を読む。読み終わったら、帰る。
その間に悠久が帰ってくるのは、三日に一度くらい。
それでも、良かった。
顔が見られたら、それでいい。
疲れていて、日に日に痩せているように見えて、とても胸が痛むけれど。
忙しい日々に追われて、私のことなんて忘れてしまったのではと怖くなるけれど。
私は好きよ、悠久――。
悠久と離れて二か月。
今日も私は出かける準備をしていた。
悠久の部屋から本を選び、彼がくれたクリップで髪を留める。
昨日は会えなかった。
今日は会えるだろうか。
コートを羽織り、ブーツを履いていると、玄関のすりガラスの向こうが陰った。
インターホンが鳴る。
私は玄関ドアを開けた。
「あなた、近江楽さん?」
唐突に名前を呼ばれて、私は反射的に頷いた。
「はい」
「私は明堂征子と申します」
名前を確認された時に気づくべきだった。
私の名前を知っていて、この家に住んでいることも知っているのは、明堂の人間である可能性が高いことを。
けれど、もう遅い。
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「どのようなご用件で――」
「――明堂悠久の義母でございます」
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「悠久さんのことで、お話があるの」
「なんで……しょう」
聞くまでもない。
いつまでもこの家で悠久の帰りを待つなと、言われるに決まっている。
私は次の言葉に身構えた。
「玄関先で話すようなことではないわね。お邪魔しても?」
「え……ですが――」
「――今更、夫の愛人だった女の位牌に唾を吐くほどの恨みはありませんよ」
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