繰り返しの世界で貴方に捧げる物語 ~サンテス王国の黒き番人~

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1章 白き貴公子と黒き皇帝との出会い

1-15 冤罪

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 ガタガタと震える。
 取調がないときに、牢のなか一人だけでいると悪いことばかり考える。

 疑わしい者は処罰する。
 それがこの国の正義だった。
 そんな国なのは国民である自分が知らないはずはなかったにもかかわらず、ジューはそれが自分に向かうとは思ってもいなかった。

 疑わしい者は犯罪を犯しており、犯罪を犯していない者は事実が明るみになり解放される。

 だから、何もしていない自分はすぐに釈放されるとジューは信じていた。
 そう思い込んでいた。
 自分がその立場になって、ようやくそれが誤りだとわかる。

 犯人に仕立てられる可能性。
 それがどんなに恐ろしいことか。
 もしかしたら、今までも他の者も、と。

 ルーシェ・シルコットは隣国からの客人である。
 それも、皇女セリア姫殿下の縁談でクエド帝国に訪れた人物である。
 彼の持ち物が害されて、犯人がわかりませんでした、ではクエド帝国も面子が立たない。
 さっさと犯人を確定させたいと躍起になっている。

 ジューは子爵家の人間なので、まだ待遇は良い方だ。
 牢のなかでもベッドやイスはほどほどの物が備え付けられているし、最低限の着替えやほどほどの食事は準備してもらえる。
 平民だったら、即座に拷問部屋へようこそ、だったに違いない。

 けれど、見放されるのはいつか。
 おそらく両親が見放したら、処刑が行われる可能性が高い。
 方々に手をまわして、刑を執行されるまでの時間を稼いでいる。




 どうすれば良かったのか。

 ルーシェ・シルコットに素直に頭を下げて教えを乞うことができていれば良かったのか。
 ジューは考える。

 どうしても、彼に嫉妬する。
 飛竜に好かれる彼に。
 だからこそ、彼の行動を観察しようとした。
 何かヒントでもあるのではないのかと。

 ここまでして自分が飛竜たちに好かれないのなら、本当に竜騎士になる縁がなかったのだと諦めることができると思った。
 異動を命じられる前に、やれることをすべてやろうと決意した矢先に。


 あの鞍をボロボロにした真犯人が見つかるのが一番手っ取り早い。
 だが、牢のなかに入れられている時点で、自分が捜査に動けるはずもない。

 誰がやったのか。
 可能性があるのは、竜舎に入れる竜騎士、見習、調教師、世話担当あたり。
 許可がない者が竜舎に忍び込むというのはかなり難しい。
 そもそも、許可を得てようとも部外者が入ると、飛竜の雰囲気でわかる。
 飛竜の警戒を肌で感じる。

 竜騎士、という線も薄いだろう。
 飛竜に去られている竜騎士というのも今はいない。

 調教師は学校卒業後に飛竜の専門家になった者もいるが、竜騎士を引退した者も多い。
 ルーシェに恨みを持つ、嫉妬するということはなさそうだ。

 世話担当もまた、飛竜に乗る必要がない。
 黙々と仕事をこなしているし、手の空いているときは率先して彼らの手伝いをするルーシェは人気が高かった。
 平民が多い世話担当がルーシェに嫉妬することはない。羨望することはあっても。


 犯行の可能性が高いのはやはり見習だ。
 ルーシェへの嫉妬。
 自分の飛竜を持ち、他の飛竜からも人気があるのだから。

 だから、一番怪しい人物としてジューが拘束されているのだが。


 真犯人が見つからなかった場合、警備隊が次の手段に移る。
 拷問による自白。
 手っ取り早く犯人を仕立て上げる方法。

 ジューは牢に入れられて、この国の危険性に気づいた。
 気づいたところで、もうどうしようもない。
 祈るしかない。
 彼に取れる手はこの時点ではないのだから。

 暗い影が牢に落ちた。










「貴方は結婚もまだしていないのに、ルーシェ殿をもう尻に引いているのですか」

「、、、トト」

 憮然と宰相トトを見たのは、皇帝クフィール。

「皇帝陛下、我が国の警備の穴のせいで彼は自分の飛竜の鞍を傷つけられたのに、なぜ貴方に平伏して謝っていたんですか」

「俺が圧を加えたとでも言いたいのか」

「ええ」

 限りなく肯定された。
 この国はクエド帝国なので、国民なら皇帝に対してそういう行動をとってしまうことは充分に考えられる。

 だが、彼はサンテス王国の公爵家の人間である。
 彼がこの国で犯罪を犯したとしても、決定的な証拠をこちらが押さえない限り勝手に処罰でもしたら国際問題に発展する。
 開き直りしてもいいくらいの身分である。

 明らかに皇帝が何か仕出かさないと、あそこまでの行動をしない。

「、、、お前はそこまでの報告を受けたのか」

「あのときのクフィの人としての行動はおかしくはなかったと思いたいのですが、貴方にルーシェが魔法で何かされていたとしても、あの場にいた者では感知できなかっただけかもしれないので」

「信用がまったくないな」

 ヤレヤレとため息を吐く皇帝さん。
 仕方ない。
 もしかしたら自分の様々な噂を聞いて恐怖を感じたのかもしれないな、と皇帝さんは考えた。

 えー。
 何を言っているの、皇帝さんー。
 私が親切にも説明してあげたじゃん。
 あのシルコット公爵家の内情を。
 謝罪を歪曲して受け取らざる得ない環境を。

 いや、それだけだったら、赤の他人にはそこまで恐怖を感じないだろうって?

 それは皇帝さんが権力を持っているから。
 彼が大切にしている飛竜ボボを始末できる力を持っているからこその恐れだよ。
 実行力としては公爵家の娘より、完全に皇帝の方が上だからね。

 ルーシェが皇帝さんに惚れているとは言っても、皇帝さんとルーシェとの人間関係は全然構築されてないよ。
 皇帝さんがそんなことをやらないって信じられるほど、ルーシェは皇帝さんを知らないのだから。
 一回デートして喜ばれたからって、皇帝さんは図に乗らないっ。

「一度、全員退室しろ」

 クフィール皇帝が部屋にいた宰相トトの他、従者、護衛等に言った。

「クフィール皇帝陛下、貴方は」

「一人になって少し考えをまとめたい」

「貴方の言う間諜は、、、いえ、十分ほど席を外します。皆もしばし休憩を」

 トトは言いたい言葉を抑えて、他の者を携えて部屋の外に出ていった。
 執務室の扉が閉まった。

 皇帝さんたらトト氏に怪しまれる行動は避けた方がいいんじゃない?
 私の言葉に、苦虫を噛み潰した表情で応えるのはやめてね。
 自分だけだよ、無表情で応対していると思っているのは。

「俺が返答できないのに、お前が喋るからだろ」

 だって、ツッコミどころ満載なんですものー。
 ツッコミしてくれってことかと思いますわよー。
 それにー、語り部さんは語ることがお仕事なのですのでー。

「、、、常々思っていたことだが、お前、人の考えも読んでるだろ」

 そりゃ、私、皆の愛する語り部さんですから。

「答えになってないぞ、それ」

 私には物語に必要不可欠な能力がすべて備わっているのだー。

 ということは、皇帝さんが私の言葉を聞くことができるようになったのは、物語に必要になったのかなー?
 うん、そういうことにしておこう。
 この怪現象は私にも説明つかないし。

「怪しいヤツに怪現象とまで言われた。結局、コイツ語り部が何なのかもこっちには意味不明なのに」

 あらやだ、意味不明ですってー。
 私と皇帝さんとの仲なのにー。

「どんな仲だ」

 ところで今さらながら伝えておくけど、宰相さん、この部屋の会話に聞き耳を立てているよー。

「本当に今さらだがっ、早く言えっ」

 急な大声に、扉の外にいる宰相さんの肩がびくうぅっと上がる。
 宰相さんも普通に驚くことがあるんだねー。
 どんなときも優し気に微笑むが標準装備の宰相さんがー。

 面白いものを見れたから、大ヒントを皇帝さんにあげよう。
 あそこにいる見習では剣だろうと魔法だろうと、あの頑丈な鞍を傷つけるのは難しい。

 そもそも、国は竜舎に出入りする人物の能力をすべて把握している。
 人があの鞍を傷つけるのは難しいとはわかっているはずなのに。

「単独犯では難しいって話じゃ、、、は、」

 天井を睨みつけても、そこには私はいないって言ったじゃん。
 
「そこから話が違うのかっ。私の飛竜に会いに行くっ」

 バンっと扉を開けて、皇帝さんが駆け出していった。
 扉の前にいた護衛さんたちが皇帝さんを追いかけていく。

 残った宰相さんが執務室内部を注意深く覗いていた。
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