繰り返しの世界で貴方に捧げる物語 ~サンテス王国の黒き番人~

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1章 白き貴公子と黒き皇帝との出会い

1-29 幕引き

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 あまりにもクエド帝国が予期していた反応と、公爵家の三人がまったく同じだったので笑いたくもなる。
 クエド帝国は家族の人間性まで把握しているとは。

 ルーシェ・シルコットは家族に恵まれていない、と。
 家族はルーシェにすべての罪をなすりつけて、会計監査で譲歩を引き出そうとするのだと。

 確かにルーシェが故意に公爵家を陥れていたのなら問題があり、書類の訂正後に特例適用を認めた上で、延滞課税を分割にする等の判断が下される可能性はなくはない。
 だが、税制大改正がなくなったという情報はサンテス王国でどこにも流れていない。

 シルコット公爵家の策略にはまらない人物が、今回の会計監査の責任者となった。
 ボートは不思議に思う。
 ルーシェの作った引き継ぎファイルが見つかれば、誰でも任務は簡単に完了できると思うのだが。
 役人にお金でも握らせようとでもいうのか、それとも。

「何を笑っておられるのですか?我が公爵家の醜聞がそんなにもおかしいのですかな」

「ええ、醜聞だとご理解されているのなら良かった。公爵家三男ルーシェ殿が作成した引き継ぎファイルはシルコット公爵の執務室の棚からすでに発見されている。我々が中身も確認した。確かにそこには税制大改正の情報も特例適用の進め方、補助金の適用条件等も詳細に記されていた」

「なっ、貴方がたは勝手に当主の執務室に入ったのですかっ。これは問題です。王都に問題提起しますよっ」

 ギャンギャン吠える長男に、ボートは一枚の紙を見せる。

「公爵殿のサインは最初にいただいております。こちらにシルコット公爵領でのいかなる場所でのいかなる調査も受け入れるとの文言を記載しております故、問題提起したければしてくださいとしか我々にはご返答できかねますが」

「ち、父上、」

「国の調査の書類にサインするのは貴族の義務だ」

 言い訳のように言うが、ここまでザックリとした範囲で会計監査を了承してくれる領主もいない。しかも、いかなる調査とは。会計監査だけではないのか、とツッコミを入れるところだ。
 公爵に指摘されたら何枚か別の代案を用意していたのだが杞憂だった。
 公爵は何も書類を読んでいない。今まで謂れのない借金を背負わされていたり、借金の保証人になっていないのが不思議なくらいだ。

 それに、十数年前のこの領地に入った会計監査なんて、露ほども覚えてもいないに違いない。

「ルーシェ殿は引き継ぎをしていたという事実がここに存在します。その上でお尋ねしますが、この引き継ぎファイルを読んだことはおありですか?」

「そ、そんな取るに足らないものに時間を割くのは無意味だと思ったのだ。必要不可欠なものなら家の者にそう言付けしておけば良かったものを」

 長男はまだルーシェを悪者に仕立て上げようと思っているのだろうか。
 それはボート・ジラがここに来た時点で不可能なのに。
 最初からすべてが筋書き通りだ。
 ボートたちはその裏取りに一週間費やしたに他ならない。

「その当時ご担当だった、以前の家令にも確認しております。虚偽は国王陛下に背く行為だとして。ルーシェ殿が作成された引き継ぎファイルを公爵殿、長男がいる場で説明して渡したと。公爵殿はああ、わかったと、長男は家令に後で見るからファイルを棚にしまっておけとおっしゃったと」

 ある程度の責任感を持つ家令なら、詳細な業務日誌を常日頃つけている。
 すべてをうやむやにせず、恩を売れるところはきちんと貴族に恩を売るためだ。
 罪を被るならそれ相応の対価を貴族も示さなければ、平民でも応じることはない。
 そもそも、公爵家にはお金が残っていないことは家令という立場だったのだからわかっているので、さっさと国に協力したというところだろう。

「そ、それは過分な調査ではないか。会計監査の範囲を逸脱している」

「ええ、我々は会計監査の他にもいかなる調査も担当する国王陛下の直属部隊ですから」

 超面倒な案件担当とも言う。
 超忙し過ぎて、本来ならこの程度の案件でやって来ることはない。
 しかし、今回はクエド帝国を立てたというところか。

「なっ」

「ルーシェ・シルコット殿は公爵家だけでなく、サンテス王国も優秀な人物としてクエド帝国へと紹介いたしました経緯がございます。クエド帝国の皇族の婚約者となられる御方に濡れ衣を着させることのないように、国王陛下からの御命令がございました」

「実家の公爵家が借金まみれの方が醜聞ではないか。この額では領地差し押さえもありうる」

「ご理解が早くて助かります、シルコット公爵。もし公爵殿ご家族が証拠もなくルーシェ殿に罪を被せようという言動をした場合は、現シルコット公爵の公爵位を剥奪し、親戚筋に公爵位を授けることになっております」

「そんなことをしたらルーシェの実家がなくなるではないか。他国とはいえ今後皇配となるかもしれない人物だ。後ろ盾がなくなるぞ」

「貴方がたはそんな方に罪を被せようとしたことをご自覚ください。すでにご当主となられる親戚の方はルーシェ殿の後ろ盾になることをご了承済みです。サンテス王国もルーシェ殿が皇配となられる折りには微力ながらも支えるつもりでございます」

 当主すげ替え作戦である。
 シルコット公爵領はシルコット公爵領として存続する。
 現当主一家が領主ではなくなるだけである。

 申請書類の方は期限までに正しく修正してもらえば、新当主が延滞課税追徴課税等の金銭負担を免れると約束して。

 第三者はそこまでシルコット公爵家に対して興味がない。公爵家としては下の下に落ちてしまっている家に見向きする者は稀である。
 息子のルーシェさえ世話できないのだから、下位貴族等の他家を面倒みることなど不可能だ。

「私たち一家はどうすればいいのだっ」

 シルコット公爵が吠えた。

「爵位がなくなり貴族の籍がなくなれば、平民となりましょう。後は親戚に頼るか、領地の代行官として勤めるか、商売を始めるか、それは我々が口を出すことではございません」

「だがっ」

「貴方はこのくらいの措置で済んだことを寛大な国王陛下に感謝すべきでは?貴族が税制改正の情報収集を怠慢し、納めるべき税金を納めないのは国王陛下を謀ることと同じことです。しかも、領地没収もあり得るほどの金額を。当主のみではなく、この件に関わる長男次男の処刑もあり得たのですから」

「なっ、私は父と兄の指示を受けておこなっていただけだっ」

 次男が叫ぶ。
 叫んだところでどうかと思うのだが。

 サンテス王国では追徴課税の金額が非常に大きい。相当なペナルティを貴族に課すものだ。
 見せしめでもあり、二度としないと思わせるために。

「この国では税制を学ぶのも貴族の義務です。貴方が家族ではなく使用人として雇われていたのなら、情状酌量の余地はあったのですが。我々の会計監査は終了いたしました。それでは我々は失礼致します」

 自分で学ぼうと思えば学べたはずの知識だ。
 税金に関わることは税金を納めてもらわなければならないので、国も情報も積極的に出している。

 専門家に頼らず、専門家以上に調べ上げて抜け道を探す貴族もいる。
 抜け道を封じるために大改正は存在したのだが、ピンチをチャンスと考えるへこたれない貴族も多い。




 ボート・ジスたちは馬車に乗って帰路につく。

「さて、後はシルコット公爵家で解決するべきことだ」

「領地の屋敷に居座るんじゃないでしょうかねえ、あの一家。娘たちの散財癖がなければ、あの金額を食らってもまだまだしぶとく生き残れたはずなのに」

「今回の報告はすでにしてある。すぐに国王印がある書類があの家に届く」

 ボートは溜息を吐く。

「ジス班長、あの引き継ぎファイルの存在を知らなければ、すべて三男に罪を押しつけていたとしても、普通の役人ならばそのままそれが事実だと受け取ってしまう可能性がありましたよね」

「そうだな。三男が昔のままの作成方法でかまわないと伝言があったとかでっち上げていたかもしれないな。クエド帝国が、あの一家は引き継ぎファイルの存在を思い出したら隠蔽するとまで言っていたようだ」

「その、クエド帝国の存在も怖いですよね。ルーシェ殿に聞き取りしていたのでしょうけど、皇配になる者の背後はすべて調べ上げているということでしょうか」

「ということは、サンテス王国も調べ上げられている可能性は高いぞ。それに、」

 ボートは言葉をとめた。

 それに、サンテス王国はルーシェ・シルコットを貴族学校の学年首席として卒業させた。
 卒業式に学年首席が出席しないことはありえないが、彼はクエド帝国の皇族との婚約式の準備で忙しく国に戻る時間が取れないと公表し、次席の者が卒業生代表となっていた。

 実は最終試験をリアルタイムで遠方地で受けさせるということは難しいことではない。
 信頼できる試験監督官数人を現地に送り、学校では不正がないか魔法でチェックするだけだ。
 しかし、それらの旅費、人件費、その他諸々は、試験を受ける学生持ちである。
 それは決して安い金額ではない。

 つまり、それだけの多額のお金をかけてまで、その者に首席卒業をさせたいのか、その価値があると思う家だけがその金を払う。
 あの公爵家では絶対に三男に対して払わない金額だ。
 その金額を簡単に出せるほどには、ルーシェ・シルコットはクエド帝国に大切にされているという証だ。

「それに、何ですか、班長」

「領民の聞き取りでも、領地に道に木々が倒れた、崖が崩れた、野生の獣が暴れている等の問題があったときに出てくるのは飛竜に乗った三男で、彼が領主になれば良いのに、という意見が大多数だった」

 公爵や跡継ぎの長男の顔は知らないのに、三男の顔が多くの領民に知られているという領地が他にあるだろうか。
 慕われているのが当主や跡継ぎではないのは意外とあり得るが、ここまでハッキリと線が引かれるのも珍しい。
 産まれる順番が違っていたら、とこの場で言っても意味はない。

「ルーシェ殿は隣国で大切にされるといいな」

「そうですねー」

 終わったものには興味を失ったかのように、彼らの話は次の案件へと移っていった。
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