繰り返しの世界で貴方に捧げる物語 ~サンテス王国の黒き番人~

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2章 夢渡り

2-2 旅立ち

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 語り部さんだよ。
 腰が痛いのに皇帝さんにはこき使われて困ったものだよ。

 夢の中というのは困ったもので、それが夢だとはわからないことが多い。

 たまーに明晰夢を見ることもある。
 夢の中でコレは夢だな、と自覚する夢が明晰夢。
 皇帝さんはまずこの状態になってもらわないと困る。

 というわけで。




 気が付いたとき、クフィールは白い靄に包まれて横たわっていた。
 もう一度、目を閉じようとする。

 ダメだよー、皇帝さんー。起きろーっ。

「ぐふっ」

 皇帝さんの鍛えた胸の上にいたデフォルメ二頭身語り部さんが、皇帝さんの顔へダイブした。
 宰相さんの前でやると、不敬罪でどこかに連れていかれそうな行為だが。

 語り部さんが夢の中で覚醒した皇帝さんにつまんで持ち上げられた。

 ジタバタ。

 今の語り部さんはちっこいマスコットみたいなサイズである。もちろん夢の中でも真っ黒だ。舞台の黒子である。どこぞかの犯人である。

「こちらでは実体化できるのか?」

 いやー、正確にはできてないよー。
 夢の中でも語り部さんを認知できるのは皇帝さんのみ。
 おおっ、語り部さんは皇帝さんに愛されているなっ。

 むぎゅっ。

 無言で潰すのやめてくれません?
 コレでも気を使って皇帝さんのために用意したのに。
 皇帝さんが夢渡りに飲まれるのを阻止するために来てあげたのにー。

「潰されたくなければ最初からそう言え」

 けっどー、ソレがいくら潰されてもすり潰されても、語り部さんには何の影響もないけど。
 今回はこの黒子マスコット語り部さんが喋っている仕様にしているから、皇帝さんも愛着わくでしょう。

 ぎゅむむむっ。

 あらやだ。
 愛情の裏返し?
 握り潰さないでね?
 内臓は出ないけど霧散すると、皇帝さんのナビゲーターがいなくなりますよ?

「案内人か。いないとどうなる?」

 運が悪いと、皇帝さん本体が一生寝たきりに。
 一人で他人の夢から出られると思うな。
 え?愛するルーシェの夢なら幸せ?
 それもそうか?

「、、、」

 皇帝さんは周囲を見渡す。
 ここには白い靄状のものしか見えない。

 ここ、今は敵の本拠地だからね?
 ルーシェの夢だからーと気を抜いていると痛い目見るよ。
 ルーシェを操るための種をまきに来た夢渡りと鉢合わせする可能性が高いんだからね。
 気を引き締めてよー。

「お前、もう少し説得力ありそうな姿にすることはできなかったのか?」

 黒子語り部さんが首をコテンと傾ける。
 コレはー、皇帝さんが語り部さんの姿をこう想像しているからこうなったのー。
 八頭身の方で認識してないなんて、ホント失礼しちゃうー。

「は?ああ、前にそう説明されたからか。俺は素直だからお前の説明通りだろ」

 チッ。

 皇帝さんの想像力ってこんなものかー。
 くるくる。
 けど、影状態でもモノクルをきちんと装備させているのは褒めてつかわす。
 語り部さんは片眼鏡がないときちんと見えないので。

「ああ、老眼鏡だったな」

 なーんで、そんなどうでもいい会話覚えているの?
 語り部さんのことそんなにも愛しているの?
 やだ、怖いわー。

「気を引き締めろと言いながら、緊張感を吹き飛ばしているのはどこの誰だ?」

 やだ、超怖いわー、顔が。

「さて、ここからどう行けばいいんだ、案内人」

 よじよじ。
 黒子語り部さんは皇帝さんの肩にのったよー。
 さあっ、行くぞっ、若人よ。

 皇帝さんはちっさい指が指し示した方に歩き出す。

「、、、なんとなくそういう気がしていたんだが、お前、けっこう年齢重ねてねえ?」

 私との会話で、どれだけこの世界が繰り返しているか聞いた記憶はどこかに行ってしまったのかい?
 クッソどうでもいい老眼鏡の会話を覚えているのにおかしいなあ、皇帝さんの記憶が。

 はっ、まさか、すでに夢渡りの支配下に?
 もう洗脳されてしまったのかっ?


 ちなみに、夢渡りの洗脳というか精神支配は、表面上一切変わらないところがミソだ。
 だから、誰も気づかない。
 心の奥底にじっとりねっとり粘っこく絡みついているもので、心を侵食していく。じわじわと。

 そして、闇が世界に漏れ出たときに、闇に飲まれる。

 ま、闇に飲まれかけてもなんとか堪えた者たちも、世界が崩壊してしまえば。
 救いがどこにもない世界なのである。
 困ったもんだ。




 皇帝さんの長ーい足で十分ほど歩くと、白い靄の空間を脱した。

「意外と広い空間だな」

 夢に国境はないからね。想像力があればどこまでも果てしなく続いていくが、乏しいとどこまでも狭いのが夢だ。

 しっかし、他人の肩にのって移動って意外と揺れるな。
 スリ足で歩く人って普通には存在しないよな。修行しているか、そういう商売でもしているかだよ。
 人間というのは移動手段には不向きだな。

「人間を移動手段にするのは赤ん坊か、世話を必要とする者ではないのか?」

 お姫様抱っことか。

「それこそ長距離移動には不向きだろ」

 超人の皇帝さんならできそうだけど。
 ルーシェは喜びそうだけど。
 超喜びそうだけど。

「お前のアドバイスを聞いたら、トトに笑われる光景しか想像できない」

 笑われても堂々とやれっ。ルーシェのハッピーフェイスが見たくないのかっ。

「ルーシェが幸せそうに笑っているのは見たいが、自分が笑われ者になるのは遠慮したい」

 ちぃっ、皇帝さんのルーシェへの想いはそのくらいのものかっ。
 残念だっ。

 ところでさあ、皇帝さん、話がガラッと変わるけど、語り部さんの身長どのくらいだと思う?

「十センチ、、、十五センチはないよなあ」

 私のかわいい頭に指置いて考えるな。

 いや、この黒子語り部さんじゃなくてさあ。
 実際の語り部さんの身長だよ。
 興味なさそうだから答えちゃうけど、宰相さんより数センチ低いくらいだよ。
 宰相さんは長身だからねえ。
 皇帝さんがちょっと厚めの厚底ブーツを履くぐらいには、宰相さんの身長を憎んでいる。

 三センチ差のルーシェがちょうど良いくらいだ、皇帝さんには。

「身長を憎むほど、心が狭くないぞ、俺は」

 ふっ。

「信じてないな、お前」

 というか、足元見てくれない?
 かわいい語り部さんを見ていたいのはわかるけどさあ。

「へ?」

 クフィールの右足の下には地面がなかった。

 白い靄を過ぎた先には、広い草原とどこまでも広がる空があるように見えた。
 が、所詮夢は夢。
 いきなり落とし穴はあるものだ。

 コレは崖なんだけど。
 切り立った崖だ。
 ものすごい下にあるのは森林だ。断じて湖とか海とか都合のいいことはない。

「お前っ、そういうことは早く言えっ」

 もちろん皇帝さんと言えども落下する。
 皇帝さんは魔法を使おうとした。

「魔法が使えないぞっ」

 だって、夢だから。
 他人の夢でバンバン魔法使われちゃあ精神崩壊するよね。
 ま、皇帝さんは明晰夢だから、落下速度が遅くなるー、と思いながら落ちると落下速度を軽減できます。

「マジかっ」

 マジです。

 ドガガっ。

 砂埃がすごいなあ。
 地面に亀裂が入っている。
 皇帝さんがあの高低差で足から見事に着地した。
 やはり人間じゃねえ。
 魔法も使ってないのに。
 他人の夢では自己暗示はただの気休めなのにっ。

「お前、俺を殺そうとしてねえ?」

 肩で息をしながら、皇帝さんは語り部さんを見た。
 目が超血走っている。

 殺すなら、赤飯おむすびに毒を入れておりますよ。

「、、、それもそうか」

 それで納得するのかー。
 さすが皇帝さん、わかってるー。
 皇帝さんを殺そうと思えば殺す機会なんて山ほどあっ、、、いやいや、何でもございません。

 森の中でも少々開けたところに出た。
 ようやく第一村人発見ー。

「人がいるのか」

「え?」

 小さい人影が振り返る。
 それはまだ少年の姿のルーシェだった。
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