繰り返しの世界で貴方に捧げる物語 ~サンテス王国の黒き番人~

さいはて旅行社

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2章 夢渡り

2-4 拉致される

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 語り部さんが飛竜ボボに拉致されたっ。
 ルーシェの夢の中にいる小さい黒子語り部さんの方だが。

 語り部さん本体には何の損傷もないから安心してねっ、良い子の皆っ。
 え?何も心配してないって?それはそれで寂しいなあ。

 皇帝さんは必死に語り部さんを追いかけてね。
 案内人がいないと他人の夢というのは迷路だからね。
 他人の夢で迷子になるほど傍迷惑なものもないよっ。
 他者の夢に混線しても勝手に出てこれる強者もいるけど多くはないよ。
 ルーシェが起きたとしても、皇帝さん本体が死ぬまで眠りっぱなしになる可能性だってあるんだからね。




 ああ、でも、もしかして、いや、どうだろうな。

「、、、何だ、語り部。歯切れが悪いぞ」

 もしかすると、今回はハズレかもしれない。

 皇帝さんは竜妃に乗って、ボボを追いかけている。
 ボボは上昇しているようで下降している。
 下へ下へと。
 暗く深い世界に、目的地がある。

 少し距離が離れているが、語り部さんの語る声は皇帝さんには聞こえている。
 皇城の別の場所でルーシェのことを語る声も聞こえているときがあるようだから、このくらいの距離はどうということもないだろう。

 黒子語り部さんは、、、夢なのにボボの唾液で塗れている。
 ううっ。
 泣いちゃう。
 黒いから涙なんてわからないと思うけど、私の頬には光る筋が存在しているよ。
 口の中だからそうなるのだが、夢でそこまで再現しなくとも。
 生温かく、生臭いニオイも。
 ボボの食事は主に生肉ー。せめて焼いていれば食欲そそる香ばしい肉の香りだったはずなのに。
 後で皇帝さんの服になすりつけよう。道連れにしてあげよう。ヨダレもニオイもこすりつけてやるっ。

 どうせ夢だし。

「やめろ。それよりハズレって何のことだ」

 ルーシェ担当の夢渡りは回によって異なる。
 数人ほど担当者がいるようだが、語り部が夢渡りとして実況中継できた夢渡りは一人しかいない。

「ああ、それがハズレなのか。つまり夢渡りとしては毎回痕跡を残すことは残すが、他人の前に姿を現すようなヘボはソイツしかいないってことだな」

 そうそう。
 夢渡りは皆、かなりの深層でこっそりこそこそ動くから、いつのまにか夢渡りの印をルーシェはつけられている。

 今回のように、ルーシェが昼過ぎまで目覚めないとか、まだ夢の中なのにボボに夢渡りの印がついているとか、ちょーっとどうかな?と思うようなときにはクルリンがいる。

 んで、なぜハズレなのか。
 彼は夢渡りとしての能力も低いし、何も知らない。

 可哀想な子なのだ。

「子?ボボが向かう先には青年の姿が見えているが」

 ああ、空中に浮かんでいる殺風景な小島に玉座風な椅子に座って踏ん反り返っている青い髪のあの子がクルリンだ。

「子、、、精神年齢が低いと言いたいのか。外見はどう見ても、すでに成人に達していそうな立派な背丈の青年なのだが」

「聞こえているぞっ、そこの者っ。余の精神年齢が低いと申したか。無礼にもほどがある。余の名を聞いて泣いて驚けっ、禁断の魔導士クルリン様だっ」

 自称っす。自称禁断の魔導士様です。
 悲しいでしょう。
 外見は涼やかなイケメンなのに、残念にもほどがある。
 それがクルリンだっ。

「お前の言葉はアイツに聞こえてないようで羨ましいよ」

 ボボが先に小島に到着したが、数秒と経たずに竜妃も着陸する。
 皇帝さんは颯爽と竜妃から降りる。
 が、ルーシェを背負っているので様にはならない。
 親子連れに見えるね。似てないけど。

 竜妃であっても、皇帝さん以外の者を背に乗せることはない。
 とすれば、皇帝さんがルーシェをおんぶして竜妃の背に乗るという方法を取らざる得ない。
 一つの妥協案である。
 他には縄で吊るす、籠を吊るす等の妥協案が存在する。

 皇帝さんは少年ルーシェを降ろした。

「貴様か。余の夢を荒らすヤツは」

 クルリンは皇帝さんを見ている。
 ほほーう、私はガン無視ですか。
 クルリンにはボボが口をだらしなく開けてヨダレを垂らしているようにしか見えないってことですか。
 ボボの努力も、私がヨダレ塗れなのも徒労に終わった。

「これはお前の夢ではない。ルーシェの夢だ」

 偉そうな物言いも態度も皇帝さんが一枚上手だ。
 地を這う低い声がクルリンを圧倒する。
 比べてしまうとクルリンのメッキは剥がれまくる。

 悔しそうな表情を早々に浮かべてしまう。

「お前は何者だっ。余はお前に入場を許した覚えはないっ」

「我が婚約者となる者の夢に、お前こそ勝手に入り込むなど許されない。お前は罪を償え」

 クフィールの顔面が、クルリンに凄まじい恐怖を与えた。
 恐怖の皇帝さんに勝る恐怖はないよねっ。
 闇よりも闇な背景が、ここまで似合う男もいない。

 皇帝さんが罪だと言えば、罪なのである。
 絶対王者、皇帝さんっ。
 悪の大帝王だ。

 漏らさなかっただけ我慢したよ、偉いねっ、クルリンっ。
 恐怖で声も出ないので、何も出すことすらできなかったというのが正しいのかもしれないけど。

「、、、あ、ああ」

 クルリンが掠れた声を出した。

「ゆ、夢のなかで夢渡りに勝てると思うなっ」

 叫ぶ。
 恐怖を捻じ伏せるために。

 小さな小さな空飛ぶ小島の地面が割れた。




 語り部さんが皇帝さんをイジるし、ルーシェも皇帝さんに懐いているので、皇帝さんが意外と優しいのではないかと考えている人も少なくないかもしれない。
 クエド帝国でも戦争をしていない珍しい皇帝。
 ただ、コレは優しいわけではなく、昼夜を問わない戦に出られないやむにやまれぬ事情があるからだ。

 クフィールは内政、外政問わず、どこまでも強気。
 冷酷非道な皇帝様だ。
 武力による戦争をしていないだけで、他の手段で殴りにいく皇帝だ。
 どちらがいいのか判断するのは後世の者たちにゆだねるしかないのだろうが、どちらにしろ他の国々を蹂躙しているのは同じことだ。

 クエド帝国の軍事力を維持するにはかなりのお金が必要である。
 クエド帝国のそのお金を維持しているのは周辺の国々である。
 その中にサンテス王国が含まれていないのは、地形のせいであり、運が良かったおかげである。
 空中戦では竜騎士隊は優秀だが、竜騎士隊だけで戦争を維持するのは難しい。




 さて。
 少々現実逃避をしてしまったが、所詮、夢。
 小島の地面が割れて落ちたところで永遠に落ちるしかないわけだが、ルーシェの意識は夢渡りが握っているので、ハッと目覚めてくれることはないだろう。

 飛竜は飛べるはずなのだが、ボボも竜妃も翼を羽ばたかせているのだが、落下速度は皆同じ。
 何度も言うけど、夢だから。
 この夢を支配しているのは、一応、夢渡りのクルリンらしい。

 でさ。
 私はいつまでボボの口の中にいなければならないのだろう。
 ヨダレ塗れ。
 お口くさーい。

 臭くないもんっ、ぷんっ、ってボボの心の声が聞こえるけど、語り部さんにとって生臭いのは仕方がない。
 生肉食べているんだから。
 食習慣の違いで、生肉は彼らにとっては良き香りなのである。
 、、、夢なのだから、ここまで再現しなくてもいいのにねえ。
 フローラルの香りでも良いと思うけど。

 おそらく、ボボがクルリンのところに私を連れて来たのは、クルリンの命令。
 クルリンは、ルーシェの夢へ侵入してきた異物を連れて来いとでも言ったのだろう。
 ボボの異物認定はもちろん皇帝さんではなく語り部さんだ。
 けれど、夢渡りも人なので語り部さんを認識できない。
 となると、ボボの後ろからついてきた皇帝さんを異物としてクルリンは認識してしまった。

 クルリンは語り部さんの存在は全無視なので、ボボも語り部さんを口に咥えたままである。
 異物を持ってきたのにー、というボボの心の声はクルリンには届かない。

 夢は夢なのだから乗り手ではない飛竜と会話できても良さそうだが、クルリンは夢渡りの印を施した飛竜に命令することができても、会話することはできなさそうだ。


 んで。
 私たちはいつまで落ち続けていればいいの?
 クルリン、両手で顔を覆ってないでさー。
 皇帝さんの顔、見たくないのはわかるけど。
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