繰り返しの世界で貴方に捧げる物語 ~サンテス王国の黒き番人~

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2章 夢渡り

2-20 正規の結婚相手

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「質問攻めで疲れてないか?」

 ベッド脇のイスに座っているニースイルズに尋ねた。
 持ってきたお茶を小さなテーブルに置く。

「いえ、皆様にお気遣いいただいております。こんなに周囲の変化を気にしなくてもいい生活ははじめてかもしれません」

 目も口も何もかもわからないので表情すらも読めないが、ニースイルズは本気で言っているのだろう。
 それほどまでに夢渡りの生活は過酷だったということか。

 食事、休憩、睡眠等の時間を最低限配慮しているが、語り部たちはこの回の滅亡までに夢渡りに聞けることは聞いておきたい所存だ。
 次も夢渡りを捕獲できるかというと難しい話。
 今回は運良くクエド帝国のクフィール皇帝に蹴られた瀕死の夢渡りが手に入ったということは、誰もが自覚している。


 俺は人形遣いの語り部。
 あの片眼鏡の、自分のことを語り部さんと呼ぶ語り部とは別だ。
 メイド人形でニースイルズを世話している。

「今日はライムさんが来てませんね」

「ああ、アイツは一日一回ここに様子を見に来るようにしているし、立て込まなければ後で来るだろ。さすがに連れて来て放置というのはアイツはしない。ただ、もうお前に情報源としての興味はないようだが」

「あの語り部さんの質問はたった一つだけでした」

 そう、アイツは、ルーシェの夢に入るように指示したのは誰か、という質問をニースイルズにしただけだ。
 居場所もわからない夢渡りの長老に指示されたというのがニースイルズの回答だ。
 それだけ聞いて、後はいつもの調子に戻ってしまった。

 俺たちはわざわざ夢渡りを物見の塔まで連れて来たのだから、アイツがそれ相応に聞きたいことがあるのだろうということで先を譲った。
 それなのに。

「アイツがお前に大量の質問を浴びせると思っていた。聞きたいことは山ほどあると思うのだが」

「例えば?」

「俺たちは語り部になる前は、自分も知らない間に何度も人生を繰り返している。語り部になるのはたいてい闇に飲まれそうになっても飲まれなかった時点だ。ほとんどが重要人物で、語り部たちがその人生を記録している。アイツの記録もかなり存在しているが、お前が夢渡りの印をつけたときのアイツの人生は悲惨だった」

 ニースイルズは動きをとめた。
 会話の内容から相槌の返事も打ちづらいという感じか。

「繰り返しの歴史の中で、クエド帝国のクフィール皇帝が結婚した記録はその一回しかない」

「私が夢渡りの印を語り部さんにつけたから、あの方は皇帝と結婚するほどの悲惨な人生になったと人形遣いの語り部さんはおっしゃりたいと?」

 同じ語り部だから同じく語り部さんと呼ばれるとわかりづらいな。
 語り部たちはお互いのことをわかるのだが。
 語り部は外部の者に本名を名乗ることができない。
 本来なら、もうこの世界に産まれていないのだから。

 語り部はすでに繰り返しの輪から外れてしまった者たちだ。

「そうだな、わかりづらいから俺のことは語り部アルファとでも呼んでもらおうか。人形遣いも大量にいる。アイツも人形を使おうと思えば使えるからな」

「アイツ、と貴方はいつもおっしゃいますが親しい友人なのですね」

「親しい友人?」

 と言われると違う気もする。
 語り部以外で出会っていたら、アイツとは友人になっていただろうか?

「うーん、現実では無理だろうなあ。そもそも身分が違う。アイツはあのノリでもサンテス王国の高位貴族だ。だから、あのクフィール皇帝に婚約の打診をされても、あの手この手でのらりくらりとかわす芸当ができた。だが、あの一回だけは妻を人質に取られて従わざる得ない状況にされ、離婚させられ、皇帝と結婚までさせられた」

「あの語り部さんは結婚していたんですね」

「幼い息子もいて幸せ家族だった。どんな回でも。モノクルつけて、多少クセのある長めの髪を束ねてインテリっぽい嫌味な野郎だ。剣も肉体を鍛えることも大嫌いで、筋肉もないヒョロヒョロ細身の長身だから、ベストも着用するスリーピーススーツがよく似合っていた。白い衣装が標準装備のサンテス王国の貴族のなかで、黒やグレーの服を愛用する変人だったが、有能な魔導士として有無を言わせなかったところは尊敬する」

「アルファさんは語り部さんのことをけなしているかと思えば、ちょいちょい褒め言葉が入りますね。ところで、語り部さんはなぜクフィール皇帝から婚約の打診をされたのですか?」

「それはアイツが帝国にとって有益な能力を持つ魔導士だからだ。皇帝としてはどんな手を使ってでも囲いたい。が、サンテス王国の高位貴族であるアイツに裏の手を使ったらブッ叩かれるから、正攻法で囲おうとしたんだろう。皇帝にとっての問題はただ一つ、アイツが皇帝よりも年上だったから一枚も二枚も上手だった」

 アイツが同年齢だったり、年下だったりした場合を考えたくない。
 簡単に手籠めにされていたに違いないから。
 アイツがクフィール皇帝より年上だったからこそ、さっさと女性と結婚したりして、皇帝の策略を見事に潰していくことができたのだ。

 、、、きっと。
 もし同年代であの皇帝に通常運転で対応できていたら、怖いとしか言いようがないのだが。

 けれど。
 あの最後の一回だけはどうにもならなかった。
 八方塞がりとはまさにこのことだと思わざる得なかったほどに。
 不運が重なる運命の悪戯とでも言うべきか。

 夢渡りの印がアイツについていることに気づいたときにはもう遅かった。
 妻と子を、家を、サンテス王国を守るためにアイツが取れる手段は他になかった。

 妻と別れて、クフィール皇帝と結婚することに合意した。

「クフィール皇帝が結婚したのは生涯アイツだけだが、皇帝が愛したのはアイツの魔法の能力だ。それなのに」

「いやー、何、他人の個人情報ベラベラ話してるのー?自分が私の担当語り部だったからといって思い出話を他人にしちゃダメだよ。話すのなら自分の機密情報にしてよー。それなら私もじっくり聞くからさー」

 スライムのライムが部屋にやってきた。

 アイツは自分のことを話されて、そんなに怒っている様子でもない。
 怒っていたら、まずは沈黙の魔法をかけられていることだろう。
 アイツは怒るときも静かだ。
 怒っているときはものすごく丁寧な言葉遣いになるから、確実に怒っていることがわかる。

「語り部さん、お疲れ様です」

「おっつー、ニースイルズ、元気してるー?」

 ライムの小さな手がぷるぷる伸びる。

「体調はほぼ万全と言えるほど回復しております」

「そりゃー、良かったー」

「あの、語り部さん、一度だけでも自分の夫になった皇帝が、他の男性を嫁にすることに対して抵抗はないのでしょうか?」

 ニースイルズが直球で聞きやがった。
 他の語り部が聞けなかったことを。

 今回は言葉が通じてしまう皇帝にルーシェとの結婚を焚きつけているのは、確実にこの語り部さんなので、皆が聞きたいと思っていたことなのだが口に出す勇気は誰も持てなかった。

「いや、夫になったと言っても形式だけだよー。クエド帝国の法で縛って逃げられなくするための契約関係なだけだったから、抵抗もなにもルーシェが望むなら結婚して幸せになってほしいよー」

 語り部たちは意外と自分の担当者について感情移入しやすい。
 幸せになってほしいと願ってしまう。
 世界が滅ぶ前の僅かな間だけでも。

 それは俺も同じだ。

「けど、今の皇帝は貴方を信頼しているでしょう?」

 ニースイルズの言葉に、スライムのライムが首を傾げた。
 いつも思うが器用だな。

「言葉が通じているように見えたー?皇帝さんは語り部さんがその場に存在していたら殺してやりたいと思っているよー」

 確かに今の皇帝はそう思っている瞬間もあるのだが。
 だが、思っていても行動に移さない。
 あの皇帝が、だ。

「私は貴方の言葉を聞こえませんでしたが、皇帝の受け答えや表情は意外と楽し気でした。彼が求めているのは何もかも言い合える対等な存在のように見えましたが」

「対等、ねえ。安全な場で声を上げているのは対等かなー?」

「対等じゃねえな」

 つい声が出てしまった。
 確かに物見の塔にいる語り部を皇帝にはどうにもできないが、ニースイルズはそういうことを言いたかったのではない。
 そんなことわかっているのに。

「そうだよねえ」

 モノクルをつけた彼が俺を見て微笑む。
 俺の感情を見透かされた気がした。

 彼は稀代の魔導士。
 特にその能力はクエド帝国が喉から手が出るほど欲しいもの。
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