【完結】★赤い月（作品251008）

菊池昭仁

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第２話

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　オフィスの時計が19時を指した瞬間、一秒の狂いもなく藤堂は席を立った。

　「それではみなさん、お先に失礼します」
　「おつかれ」
　「お疲れさまでした」
　「いいなあ、藤堂さんは。今期もすでにノルマ達成だもんなー」
　「ご苦労さん。みんなも藤堂みたいに早く帰りたいなら与えられたノルマをこなして早く身軽になることだ」
　「はーい、わかりましたよー、支店長」

　笑顔で会社を出る藤堂。
　だがクルマに乗った瞬間、ニコニコ顔の営業マン、藤堂義彦の姿は消える。
　彼の向かう先は、光明山「陰徳寺」　月光院だった。

　藤堂が本堂に入ると、住職の三日月和尚たちは護摩のお焚き上げをしている最中だった。
　経を唱え、燃え上がる炎の中に護摩木をくべる和尚たち。
　額からは玉のような汗が迸ほとばしっていた。

　藤堂はそのまま奥へと進み、その部屋の襖を開いた。
　そこにはスポーツジム顔負けのトレーニング機器がズラリと並んでいた。

　スーツを脱ぎ、サウナスーツに着替えた藤堂はいつものようにランニングマシーンのスイッチを入れた。
　今日のBGMはランニング速度に合わせ、『Welcome To The jungle』にした。
　体が次第に温まって行く。
　それから腹筋、上腕二頭筋　背筋、大腿筋などを鍛えていった。
　藤堂に必要な肉体は筋骨隆々のボディビルダーのそれではなく、黒ヒョウのような俊敏さとしなやかさのためのインナー・マッスルを鍛えることだった。
　そこへ護摩供養を終えた三日月和尚がやって来た。

　「後で私の部屋に寄りなさい」
　「わかりました」

　藤堂はサウナに入り、最後の仕上げを終えるとシャワーを浴びて新しいシャツに着替えた。
　和尚の部屋の襖の外から声を掛けた。

　「教主様、お呼びでしょうか？」
　「入りなさい」

　100畳敷きのその部屋の奥に和尚はいた。

　「シリウス、「蒼き狼」よ。　こちらにおいで」
　「はい」

　藤堂は三日月和尚の近くへと恭うやうやしく進んで行った。

　「先日の仕事は実に見事でした。ターゲットはあまり苦しむこともなく地獄へと旅立ったことでしょう。
　先ほど、御供養の護摩も焚いて差し上げたところです。
　案じることはない、遅かれ早かれ人は死ぬのだからね。
　そしてあの人間の場合、生きてもあと、数年でした。
　彼はあまりにも多くの人から恨みを買い過ぎたのです。ふぉっほっふぉ」
　「はい」
　「そこで次の仕事の依頼が来ました。今度は財務省主計局長　柿崎誠。この資料を記憶しなさい」
　
　藤堂は数ページの資料を読むと、それを和尚へと返した。

　「かしこまりました」

　すると和尚はその資料をダンヒルのライターで火を点け、火鉢の中へと捨てた。

　藤堂が「教主様」と呼ぶその和尚の元へ行くと、和尚は藤堂の額にキスをした。

　「主よ、この私の蒼き狼に祝福を与えたまえ」

　教主はそれを古いラテン語で唱えた。
　実はこの寺は、十字軍の時代から続く暗殺集団、『silver way』の日本支部のアジトであった。
　三日月和尚は組織の人間たちから「教主」と呼ばれていた。
　そして仲間同士、誰も本名も素性も知らなかった。
　藤堂はコードネーム、「シリウス」と呼ばれていた。

　「それでは失礼いたします、教主様」
　「頼みましたよ、わが愛しきシリウスよ」

　藤堂は寺を後にした。　

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