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第20話
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昼食後、雅人と私は談話室でテレビを見ていた。
カップラーメンのコマーシャルが流れて来た。
「札幌二番、出前一丁味自慢! やっぱり味噌ならなまら『熊五郎ヌードル』だよ! ガオーッ! 熊さんもびっくりドンキホーテ!」
「こりゃたまらん!」
お笑い芸人、ホットドッグマンのふたりが演じている話題のテレビCMだった。
「このカップ麺、『熊五郎ヌードル』はダメやで。とても喰えたもんやあらへん。
やっぱりカップラーメンは『アッシン』のロングラン商品、『カップね~どる』に限るでえ」
「俺はインスタント系は食べねえからわからねえが、そんなに不味いのか? この『熊五郎ヌードル』って。
最近よくスーパーやコンビニで見かけるけどなあ?」
「ああ、全然ダメやね? 高いし不味いし全部ダメや」
「全部って具体的にどこがダメなんですか? この『熊五郎ヌードル』の一体どこが?」
50代前後の頭髪が寂しくなった、痩せ細ったその男はいかにも病人らしい格子柄の紺色のパジャマを着て車椅子に乗っていた。
酸素吸入をして点滴を二本している。全体的に力がなく、かなり衰弱しているようだった。
「だから全部やて。まずネーミングがおかしいやろう? 今どき熊五郎だなんて。
しかもイメージ・キャラクターがあの熊本のゆるキャラ、熊右衛門やで。熊本ラーメンでもあらへんのにや。
味噌味なのにコクがないしスープにキレも香りもない。
本気で味噌で勝負するんやったら山椒くらい効かせんとダメやろ? 酒麹を加えるとかもっとニンニクを効かせるとかな?
麺は細平打ち麺でメンマは細切れ。
チャーシューは味がせえへんしまるでゴムを噛んでるみたいや。
そして肝心のもやしもネギも最悪やで、ホンマ」
「そうですか・・・」
「アンタ、この『熊五郎ヌードル』の推しなんか?」
「いえ、この『熊五郎ヌードル』の開発者です。この味に辿り着くまでに20年掛かりました」
「20年も掛けてこの程度かいな? アホくさ」
「毎日のように試作と試食を繰り返しました。スタッフと一緒に会社に泊まり込みで商品の研究をしたこともあります。
休日には全国の有名ラーメン店を食べ歩きました。
酒のつまみには『アダルト・スターラーメン』を齧っていました。
そして私は糖尿になり、腎不全と心不全になってこのパラダイス病院へ入院したというわけです」
「ラーメンばっかり食べていたからやろ? 当然そうなるわな? そんなん自業自得やで」
「そうかもしれません、でも私はそんな人生を後悔はしてはいません。私にとって『熊五郎ヌードル』は私そのものであり、命なんです」
「サラリーマンは悲しいのう。そんなにまでして偉くなりたかったんか? カネが欲しかったんか?
あんさんも家族はおるんやろ? 残された家族がかわいそうやで」
「もちろん家族には寂しい思いをさせて申し訳ないと思っています。
だが君はサラリーマンの何たるかを知らない。男の仕事とはなんたるかをご存じない。
私はそんな理由で働いていたんじゃありません」
「じゃあ何のために働いてたんや? そんなボロボロの体になるまで」
「それはロマンのためです」
「ロマン? なんやそれ?」
「男のロマンとは「夢」です」
「夢? そんなモンでメシが食えますのんか? 病気になってまえば何にもならヘンで? 人間、死んだら終いや」
「男には命に替えてもやらなければならないことがあるのです。日本は大和魂の国ですから。
お金や地位のためではありません、武士の矜持です」
「武士? たかがサラリーマンのアンタが武士? こんな不味いラーメンに人生を賭けた訳や? アホくさっ!」
「アホで結構、私は誇り高き侍サラリーマンですから」
「オッサンは会社のためのただの社畜やないかい!」
「いいじゃないですか? 社畜で結構。社畜上等! 喧嘩上等!
それで仲間が働けて、『熊五郎ヌードル』を愛してくれるお客様がいる。
あなたは不味いというが、三種類の味噌を厳選してブレンドし、厳選した様々なスパイスも調合しています。
麺を太くすればそれだけ出来上がりが遅くなり、麺にムラが出来てしまう。
具材も食品衛生の面から考えるとギリギリのところなのです。
キャラクターに『熊右衛門』を使わせていただいたのは同じクマで無料だったからです。
商品開発に予算を使い果たしてしまいましたもので・・・。
ただし、あなたのご意見は今後、参考にさせていただきます。ありがとうございました」
彼はそう言うと、満足そうに自分の病室へと帰って行った。
「なんやけったいなオッサンやなあ? 結局ただの自己満足やないかい。アホらしい」
それから1週間後、その侍サラリーマンは家族やたくさんの社員、友人たちや取引業者たちに見送られ、あの世へと旅立って行ったらしい。
息を引き取る時、その死に顔は穏やかに微笑んでいたという。
出棺の時、チャルメラが吹かれたという。
それを笑う者は誰もいなかった。
後日、それを聞いた雅人は苦笑いをして言った。
「アホなオッチャンやで、ホンマ・・・」
雅人はうっすらと目に涙を浮かべていた。
カップラーメンのコマーシャルが流れて来た。
「札幌二番、出前一丁味自慢! やっぱり味噌ならなまら『熊五郎ヌードル』だよ! ガオーッ! 熊さんもびっくりドンキホーテ!」
「こりゃたまらん!」
お笑い芸人、ホットドッグマンのふたりが演じている話題のテレビCMだった。
「このカップ麺、『熊五郎ヌードル』はダメやで。とても喰えたもんやあらへん。
やっぱりカップラーメンは『アッシン』のロングラン商品、『カップね~どる』に限るでえ」
「俺はインスタント系は食べねえからわからねえが、そんなに不味いのか? この『熊五郎ヌードル』って。
最近よくスーパーやコンビニで見かけるけどなあ?」
「ああ、全然ダメやね? 高いし不味いし全部ダメや」
「全部って具体的にどこがダメなんですか? この『熊五郎ヌードル』の一体どこが?」
50代前後の頭髪が寂しくなった、痩せ細ったその男はいかにも病人らしい格子柄の紺色のパジャマを着て車椅子に乗っていた。
酸素吸入をして点滴を二本している。全体的に力がなく、かなり衰弱しているようだった。
「だから全部やて。まずネーミングがおかしいやろう? 今どき熊五郎だなんて。
しかもイメージ・キャラクターがあの熊本のゆるキャラ、熊右衛門やで。熊本ラーメンでもあらへんのにや。
味噌味なのにコクがないしスープにキレも香りもない。
本気で味噌で勝負するんやったら山椒くらい効かせんとダメやろ? 酒麹を加えるとかもっとニンニクを効かせるとかな?
麺は細平打ち麺でメンマは細切れ。
チャーシューは味がせえへんしまるでゴムを噛んでるみたいや。
そして肝心のもやしもネギも最悪やで、ホンマ」
「そうですか・・・」
「アンタ、この『熊五郎ヌードル』の推しなんか?」
「いえ、この『熊五郎ヌードル』の開発者です。この味に辿り着くまでに20年掛かりました」
「20年も掛けてこの程度かいな? アホくさ」
「毎日のように試作と試食を繰り返しました。スタッフと一緒に会社に泊まり込みで商品の研究をしたこともあります。
休日には全国の有名ラーメン店を食べ歩きました。
酒のつまみには『アダルト・スターラーメン』を齧っていました。
そして私は糖尿になり、腎不全と心不全になってこのパラダイス病院へ入院したというわけです」
「ラーメンばっかり食べていたからやろ? 当然そうなるわな? そんなん自業自得やで」
「そうかもしれません、でも私はそんな人生を後悔はしてはいません。私にとって『熊五郎ヌードル』は私そのものであり、命なんです」
「サラリーマンは悲しいのう。そんなにまでして偉くなりたかったんか? カネが欲しかったんか?
あんさんも家族はおるんやろ? 残された家族がかわいそうやで」
「もちろん家族には寂しい思いをさせて申し訳ないと思っています。
だが君はサラリーマンの何たるかを知らない。男の仕事とはなんたるかをご存じない。
私はそんな理由で働いていたんじゃありません」
「じゃあ何のために働いてたんや? そんなボロボロの体になるまで」
「それはロマンのためです」
「ロマン? なんやそれ?」
「男のロマンとは「夢」です」
「夢? そんなモンでメシが食えますのんか? 病気になってまえば何にもならヘンで? 人間、死んだら終いや」
「男には命に替えてもやらなければならないことがあるのです。日本は大和魂の国ですから。
お金や地位のためではありません、武士の矜持です」
「武士? たかがサラリーマンのアンタが武士? こんな不味いラーメンに人生を賭けた訳や? アホくさっ!」
「アホで結構、私は誇り高き侍サラリーマンですから」
「オッサンは会社のためのただの社畜やないかい!」
「いいじゃないですか? 社畜で結構。社畜上等! 喧嘩上等!
それで仲間が働けて、『熊五郎ヌードル』を愛してくれるお客様がいる。
あなたは不味いというが、三種類の味噌を厳選してブレンドし、厳選した様々なスパイスも調合しています。
麺を太くすればそれだけ出来上がりが遅くなり、麺にムラが出来てしまう。
具材も食品衛生の面から考えるとギリギリのところなのです。
キャラクターに『熊右衛門』を使わせていただいたのは同じクマで無料だったからです。
商品開発に予算を使い果たしてしまいましたもので・・・。
ただし、あなたのご意見は今後、参考にさせていただきます。ありがとうございました」
彼はそう言うと、満足そうに自分の病室へと帰って行った。
「なんやけったいなオッサンやなあ? 結局ただの自己満足やないかい。アホらしい」
それから1週間後、その侍サラリーマンは家族やたくさんの社員、友人たちや取引業者たちに見送られ、あの世へと旅立って行ったらしい。
息を引き取る時、その死に顔は穏やかに微笑んでいたという。
出棺の時、チャルメラが吹かれたという。
それを笑う者は誰もいなかった。
後日、それを聞いた雅人は苦笑いをして言った。
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