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最終話
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緊急手術が始まった。
「研修医、前立ちはお前がやれ」
「お断りします! ボクはこのオペには反対です! ボクは医者を辞めたくありませんし逮捕されたくもない!
あなたたちがしようとしていることは明らかに医師法違反だ! これは犯罪なんですよ!
警察に通報します!」
「医者としてのお前の判断は正しいよ、でも人としてはどうかは知らん」
「還暦過ぎの老人ですよ! 助けてどうなるんですか! 自分の人生を棒に振ってまで!」
「命に老人もへったくれもあるかバカヤロウ! お前は人として、医者としても失格だ!
眼の前に消えかかっている命があるんだぞ! だったら医者なんか辞めちまえ!
人の命を選別するような奴は医者じゃねえ! 臨床医を辞めて研究にでも専念しろ! 今すぐここから出て行け! エリート気取りのクソ医者が!」
その時、オペ室の扉が開いた。救命救急医の佐伯だった。
「執刀は私がやります。瀬谷先生は指示をお願いします。田中くん、君は第一助手ね?」
「わかった、お前なら大丈夫だ。順の命は絶対に助けるからな?」
「器械出しは私がやります!」
「よし副看護士長、落ち着いて行くぞ!」
「はい!」
「麻酔管理の方は私にまかせて頂戴。完璧にコントロールしてあげる」
「頼んだぞ礼子」
「はーい」
「メス」
その頃、私は夢を見ていた。
川向こうの花畑の岸でみんなが私を手招きしている。
親父やおふくろも笑って俺の名前を呼んでいた。
「順次~、順~。早くこっちに来~い。ここは天国だぞ~、いつまでそんな苦しい世界にいるんだあ~。
早くこっちに渡って来ーい」
「うん、今そっちに行くよ~親父~」
「ワンワン! ワンワン!」
愛犬のレオン、私を息子のようにかわいがってくれた上司の丹所さんもいる。
上流から渡し舟がやって来た。
「乗れ」と船頭が催促している。
だが私が舟に乗ろうとした時、舟は岸を離れて下流に流されて行ってしまった。
「よし、これでひとまず危機は脱したようだな? 後は精密検査をしてから専門医に任せよう」
「先生、ありがとうございました。本当にありがとう、ござい、ました。 ううううう」
瑠璃子は瀬谷に縋って泣いた。沙羅も春華も、そしてパクチーも泣いていた。
私はまた、瀬谷さんに救われた。
1ヶ月後、私は退院し、瑠璃子と同棲を始めた。
日曜日、近所のマーケットに瑠璃子の運転で買物に出掛けた。
「今夜はすき焼きにしようと思うんだけど、あなたも一緒に来る?」
「ジジイはクルマで留守番をしているよ」
「何か食べたいものは?」
「スイカ」
「わかったわ、スイカね?」
バカな女だと思った。俺みたいな男と一緒にいても何もならんというのに。
私は静かに目を閉じた。
隣の運転席に人の気配がした。目を開けるとあの黒服の男だった。
私は観念した。
「アンタ、死神だろう? ニコラス・ケイジとメグ・ライアン主演の映画、『City of Angels』は俺も観たからな?」
私はそう微笑んで深い眠りに落ちて行った。体が軽い。とてもいい気分だ。
「お疲れ様でした、それじゃあ行きましょうか?」
するとクルマはふわりと浮きあがり、夕暮れの空に向かって吸い込まれて行った。
大きなスイカを携えて瑠璃子がクルマへ戻って来た。
「あら順、寝てるのね? うふっ、かわいい顔して笑って寝てる。どんないい夢を見ているのかしら? ちょっと焼けちゃうかも。
帰ろうか順? スイカ、冷やして一緒に食べようね?」
瑠璃子は順次を起こさぬようにと、ゆっくりとクルマを発進させた。
『セント・パラダイス病院』完
【作者あとがき】
登場人物はすべて架空の人物であり、フィクションです。
死を目前にした私が考えたギャグ・ファンタジー・シリアス・コメディです。
私が入院していた病院は、やさしい人たちで溢れたパラダイスでした。
病院のみなさん、入院中は大変お世話になりました。ありがとうございました。
病気や怪我、障害と戦うすべての人たちに捧げます。
菊池昭仁
「研修医、前立ちはお前がやれ」
「お断りします! ボクはこのオペには反対です! ボクは医者を辞めたくありませんし逮捕されたくもない!
あなたたちがしようとしていることは明らかに医師法違反だ! これは犯罪なんですよ!
警察に通報します!」
「医者としてのお前の判断は正しいよ、でも人としてはどうかは知らん」
「還暦過ぎの老人ですよ! 助けてどうなるんですか! 自分の人生を棒に振ってまで!」
「命に老人もへったくれもあるかバカヤロウ! お前は人として、医者としても失格だ!
眼の前に消えかかっている命があるんだぞ! だったら医者なんか辞めちまえ!
人の命を選別するような奴は医者じゃねえ! 臨床医を辞めて研究にでも専念しろ! 今すぐここから出て行け! エリート気取りのクソ医者が!」
その時、オペ室の扉が開いた。救命救急医の佐伯だった。
「執刀は私がやります。瀬谷先生は指示をお願いします。田中くん、君は第一助手ね?」
「わかった、お前なら大丈夫だ。順の命は絶対に助けるからな?」
「器械出しは私がやります!」
「よし副看護士長、落ち着いて行くぞ!」
「はい!」
「麻酔管理の方は私にまかせて頂戴。完璧にコントロールしてあげる」
「頼んだぞ礼子」
「はーい」
「メス」
その頃、私は夢を見ていた。
川向こうの花畑の岸でみんなが私を手招きしている。
親父やおふくろも笑って俺の名前を呼んでいた。
「順次~、順~。早くこっちに来~い。ここは天国だぞ~、いつまでそんな苦しい世界にいるんだあ~。
早くこっちに渡って来ーい」
「うん、今そっちに行くよ~親父~」
「ワンワン! ワンワン!」
愛犬のレオン、私を息子のようにかわいがってくれた上司の丹所さんもいる。
上流から渡し舟がやって来た。
「乗れ」と船頭が催促している。
だが私が舟に乗ろうとした時、舟は岸を離れて下流に流されて行ってしまった。
「よし、これでひとまず危機は脱したようだな? 後は精密検査をしてから専門医に任せよう」
「先生、ありがとうございました。本当にありがとう、ござい、ました。 ううううう」
瑠璃子は瀬谷に縋って泣いた。沙羅も春華も、そしてパクチーも泣いていた。
私はまた、瀬谷さんに救われた。
1ヶ月後、私は退院し、瑠璃子と同棲を始めた。
日曜日、近所のマーケットに瑠璃子の運転で買物に出掛けた。
「今夜はすき焼きにしようと思うんだけど、あなたも一緒に来る?」
「ジジイはクルマで留守番をしているよ」
「何か食べたいものは?」
「スイカ」
「わかったわ、スイカね?」
バカな女だと思った。俺みたいな男と一緒にいても何もならんというのに。
私は静かに目を閉じた。
隣の運転席に人の気配がした。目を開けるとあの黒服の男だった。
私は観念した。
「アンタ、死神だろう? ニコラス・ケイジとメグ・ライアン主演の映画、『City of Angels』は俺も観たからな?」
私はそう微笑んで深い眠りに落ちて行った。体が軽い。とてもいい気分だ。
「お疲れ様でした、それじゃあ行きましょうか?」
するとクルマはふわりと浮きあがり、夕暮れの空に向かって吸い込まれて行った。
大きなスイカを携えて瑠璃子がクルマへ戻って来た。
「あら順、寝てるのね? うふっ、かわいい顔して笑って寝てる。どんないい夢を見ているのかしら? ちょっと焼けちゃうかも。
帰ろうか順? スイカ、冷やして一緒に食べようね?」
瑠璃子は順次を起こさぬようにと、ゆっくりとクルマを発進させた。
『セント・パラダイス病院』完
【作者あとがき】
登場人物はすべて架空の人物であり、フィクションです。
死を目前にした私が考えたギャグ・ファンタジー・シリアス・コメディです。
私が入院していた病院は、やさしい人たちで溢れたパラダイスでした。
病院のみなさん、入院中は大変お世話になりました。ありがとうございました。
病気や怪我、障害と戦うすべての人たちに捧げます。
菊池昭仁
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