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8日目
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クリスマス前、俺と寧々は一緒に暮らし始めていた。
「ただいまー」
寧々が玄関で俺を出迎え、キスをするのが日課だった。
「ご飯出来ているわよ」
「ありがとう。着替えて来る」
「今日は豪華にすき焼きにしちゃったの。優作、お肉好きだから」
リビング・ダイニングに入って俺は固まってしまった。
なぜならそこには死神が立っていたからだった。
「どうして・・・」
「どうしたの? どうしてなんて。そんなにすき焼きがうれしかった? うふっ」
死神は俺を一瞥しても何も言わなかった。
ただじっと寧々を見ていた。
(まさか!)
いやな予感に俺は震えた。
「ビールでいいわよね?」
「・・・」
「どうしたの優作? 顔が真っ青。具合でも悪いの? 大丈夫?」
「着替えて来る」
俺は寝室に入って背広を脱ぎ、ネクタイを外すとベッドにへたり込んでしまった。
死神がやって来た。
「久しぶりだな? 優作」
「まさか寧々を連れに来たわけじゃないですよね?」
死神は黙っていた。
「彼女には私が見えない。まあ見えないのが普通で、お前は特別な人間だったからな」
「お願いです、私を彼女の代わりにお連れ下さい。お願いします!」
「それは出来ない。彼女は寿命なんだよ。神がお決めになった寿命なんだ」
「そんな、まだクリスマス前ですよ。来年の春には結婚式を挙げてモルディブにハネムーンに行くことになっているんです。モルディブは彼女の幼い頃からの夢なんです!」
「死はすべての中断だ」
「せめてモルディブに行くまで待っていただけませんか!」
「残念だがそれは出来ない」
そこへ寧々がやって来た。
「優作、何をぶつぶつ言っているの? お腹空いたから早く食べようよ」
「ああ、今行く」
「ビール、温くなっちゃうわよ」
「わかった、すぐ行く」
死神は寧々の後をついて寝室を出て行った。
俺は呆然としていた。
(せめてイブまでは寧々と一緒に過ごしたい)
そう思った。
まさか自分より先に寧々が死んでしまうなんて。
俺は絶望の中に沈んだ。
俺が死ぬのはやむを得ない。だが愛する女が死ぬなんてことは一度も考えたことはなかった。
こんな辛い、酷いことはない。
俺はしばらく立ち上がることが出来なかった。
「寧々、悪いけど先に食べていてくれ。風呂に入って来る」
「大丈夫なの?」
「ああ、今日は電車が混んでいたからさっぱりして来るよ」
「あまり長湯はしちゃダメよ」
俺は風呂に浸かりながら気持ちを落ち着かせようとした。
風呂場に死神が現れた。
「ハッピーエンドにならないのが人生だ。なぜなら人は霊の修行のためにこの世に生まれるからだ。
生きることは辛く苦しいものだ。そして死は修行の終わりでもある。
彼女は今しあわせの中にいる。お前からプロポーズをされ、指輪もウエディングドレスも買ってもらい、結婚式や新婚旅行で胸が一杯なんだ。
いいか優作。人生は旅だ。旅はその場所へ行くことだけが目的ではない。その道すがらも旅の大切な思い出なんだ。
だから精一杯彼女を愛してやれ。後悔のない人生にしてやるんだ。
そしてお前もいずれ俺が迎えに来てやる。
人は必ず死ぬんだよ優作」
「人は必ず・・・、死ぬ」
俺は息を止め、そのまま浴槽の湯の中に沈んだ。
涙を隠すために。
(寧々)
それはあまりに残酷な出来事であった。
「ただいまー」
寧々が玄関で俺を出迎え、キスをするのが日課だった。
「ご飯出来ているわよ」
「ありがとう。着替えて来る」
「今日は豪華にすき焼きにしちゃったの。優作、お肉好きだから」
リビング・ダイニングに入って俺は固まってしまった。
なぜならそこには死神が立っていたからだった。
「どうして・・・」
「どうしたの? どうしてなんて。そんなにすき焼きがうれしかった? うふっ」
死神は俺を一瞥しても何も言わなかった。
ただじっと寧々を見ていた。
(まさか!)
いやな予感に俺は震えた。
「ビールでいいわよね?」
「・・・」
「どうしたの優作? 顔が真っ青。具合でも悪いの? 大丈夫?」
「着替えて来る」
俺は寝室に入って背広を脱ぎ、ネクタイを外すとベッドにへたり込んでしまった。
死神がやって来た。
「久しぶりだな? 優作」
「まさか寧々を連れに来たわけじゃないですよね?」
死神は黙っていた。
「彼女には私が見えない。まあ見えないのが普通で、お前は特別な人間だったからな」
「お願いです、私を彼女の代わりにお連れ下さい。お願いします!」
「それは出来ない。彼女は寿命なんだよ。神がお決めになった寿命なんだ」
「そんな、まだクリスマス前ですよ。来年の春には結婚式を挙げてモルディブにハネムーンに行くことになっているんです。モルディブは彼女の幼い頃からの夢なんです!」
「死はすべての中断だ」
「せめてモルディブに行くまで待っていただけませんか!」
「残念だがそれは出来ない」
そこへ寧々がやって来た。
「優作、何をぶつぶつ言っているの? お腹空いたから早く食べようよ」
「ああ、今行く」
「ビール、温くなっちゃうわよ」
「わかった、すぐ行く」
死神は寧々の後をついて寝室を出て行った。
俺は呆然としていた。
(せめてイブまでは寧々と一緒に過ごしたい)
そう思った。
まさか自分より先に寧々が死んでしまうなんて。
俺は絶望の中に沈んだ。
俺が死ぬのはやむを得ない。だが愛する女が死ぬなんてことは一度も考えたことはなかった。
こんな辛い、酷いことはない。
俺はしばらく立ち上がることが出来なかった。
「寧々、悪いけど先に食べていてくれ。風呂に入って来る」
「大丈夫なの?」
「ああ、今日は電車が混んでいたからさっぱりして来るよ」
「あまり長湯はしちゃダメよ」
俺は風呂に浸かりながら気持ちを落ち着かせようとした。
風呂場に死神が現れた。
「ハッピーエンドにならないのが人生だ。なぜなら人は霊の修行のためにこの世に生まれるからだ。
生きることは辛く苦しいものだ。そして死は修行の終わりでもある。
彼女は今しあわせの中にいる。お前からプロポーズをされ、指輪もウエディングドレスも買ってもらい、結婚式や新婚旅行で胸が一杯なんだ。
いいか優作。人生は旅だ。旅はその場所へ行くことだけが目的ではない。その道すがらも旅の大切な思い出なんだ。
だから精一杯彼女を愛してやれ。後悔のない人生にしてやるんだ。
そしてお前もいずれ俺が迎えに来てやる。
人は必ず死ぬんだよ優作」
「人は必ず・・・、死ぬ」
俺は息を止め、そのまま浴槽の湯の中に沈んだ。
涙を隠すために。
(寧々)
それはあまりに残酷な出来事であった。
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