【完結】★泥の華(作品250729)

菊池昭仁

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第3話

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 近所にある町中華の店でビールを2本飲み、久しぶりによく笑い、話しをした。

 「あなたとこんなに飲んで話したのは何年ぶりかしら?」
 「そんなに昔だったか?」 
 「もう忘れてる。あはははは」

 まるで新婚時代に戻ったような気分だった。
 静江たち夫婦に子供はなく、結婚当初は静江にやさしい夫だった。

 「そろそろ帰って映画でも観るか?」
 「どんな映画?」
 「『カサブランカ』だ。 ハンフリー・ボガードとイングリッド・バーグマンの映画。
 静江も見たことがあるだろう?」
 「随分昔だからもう忘れちゃったわ」
 「あの映画こそ、ハリウッドが古き良きアメリカだった頃の不朽の名作だ」


 家に帰り、夫はネット配信で『カサブランカ』を検索していた。
 一生懸命子供のように映画を探している夫を見て、静江は欲情した。

 「ねえ、映画は今度でいいからしない?」
 「いいのか? 俺で」
 「ごちゃごちゃ言ってないでするの? しないの?」
 
 夫は静江にやさしくキスをした。

 「綺麗だよ、静江」

 初めて夫に褒められた。歳を重ねた静江ではあったが、出産経験のない静江は艶があった。
 久しぶりに何度かのエクスタシーが静江を歓喜させた。

 「愛しているよ、静江」
 「もっと言ってあなた。静江が大好きだって! あう あっ あ」
 「静江、大好きだよ」

 静江は恥ずかしいほどに濡れていた。挿入を繰り返す度、クチュクチュと卑猥な音が漏れていた。
 静江は自分がまだ女であることを改めて認識した。

 夫は静江の中にそのまま果てた。


 いつもと違う朝を迎えた。
 静江と夫は一緒にキッチンに立ち、朝ごはんの支度をしていた。
 FMラジオからは軽快なスティービー・ワンダーが流れていた。

 『Part-time Lover』

 めずらしく夫が缶ビールを開け、静江にその一口目を飲ませてくれた。

 「朝のビールもたまにはいいだろう?」
 
 静江は目玉焼きを焼きながらビールを飲ませてもらった。

 「朝からビールだなんて、この背徳感がいいわね?」
 「不良老人になった気分だよ、あははは」
 「まだ老人じゃないでしょう?」
 「お前は若いが俺はもう爺さんだ。仕事も辞めたしな?」

 こんな日が来ることが静江にはしあわせだった。



 翌週、静江はひとりで『蓮の会』へお礼参りに出掛けた。

 
 「はい次の方。お名前と住所をどうぞ」

 毎回それを伝えるのがしきたりのようであった。樹旺はそれを来場者名簿に記入し、神様にそれをお伝えするとのことだった。

 「川村さん、今日はどうされましたか?」
 「先日、樹旺様にお祓いをしていただき、夫が見違えるほどやさしくなったのでそのお礼に伺いました」
 「そうでしたか、それはよろしゅうございました。他には何か不安なことはありませんか?」 
 「はい、今のところは他には何も。一番の悩みは夫でしたから」
 「人間に悩みは尽きないものです。でも乗り越えなければなりませんし、其々人には乗り越えられる試練しか起こりません。神は人間に罰をお与えになるのではなく、成長と進化を望んでおられるからです。
 人は悩み苦しみ、それを克服することで成長します。そして「もうダメだ」と思った時、神は見えない手を差し伸べて下さるのです。人生は修行なのですから。
 皆さん誰しも不幸にはなりたくはない、それは当然です。ですが、あまり占いに頼り過ぎてはいけません。それにより災難は避けられるかもしれませんが、そこに魂の成長は無いからです。
 それはあなたの人生ではなく、占いの人生になってしまうからです。
 見方を変えれば良いのです。茶筒は横から見れば四角でも、上から見れば丸なのですから。
 人生とは心ひとつの置きどころなのです。もっと多面的に捉えることが大切なのです」
 「見方を変える。よくわかりました。ありがとうございます」
 「ではお祓いをいたします、頭をお下げ下さい」

 樹旺は静江に祈祷をした。

 「良きことが続きますように」
 「ありがとうございました」

 静江の心にはひと足早い梅雨明けが訪れているようであった。

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