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第5話
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不思議と怒りも憎しみも湧いては来なかった。
離婚の手続きは事務的に淡々と進んだ。
財産分与も慰謝料も揉めることはなく、弁護士に依頼するまでもなかった。
「それじゃあね」
「ああ、すまなかったな。体に気をつけてな」
白々しい男だと思った。もっと別に言う言葉があるだろうと静江は思った。
静江は改めて前夫を蔑んだ。そしてそんな男を信じて結婚生活を続けて来た自分を憎んだ。
静江は世田谷の家を出て、母がひとりで暮らす浦和の実家へ戻ることにした。
母は喜んでいた。
「離婚して良かったわよ。女は家政婦でも介護師でもないんだから。
これからは自分の人生を楽しみなさい」
やはり結婚とは修行なのだと思った。そしてその修行が終わり、新たな人生が始まった。
試練はあるだろう、だが今までとは確実に違うのは、同じ苦労でも人のためにする苦労ではなく、自分のための修行であれば納得出来ることだと思った。
当分は食べることには困らないが、静江は何か仕事をしようと思った。
結婚する前まではメガバンクで働いていたので、地銀の事務のパートをすることにした。
仕事を始めてみると歳を取ったと感じた。金融システムは格段に進歩していた。
「槇村さん、今日、歓迎会をしたいんだけどどうかな?」
静江は旧姓の槇村に戻っていたが、まだ馴染めなかった。
夫の姓、川村静江が長すぎたからだった。
今日は金曜日、予想はしていたがデリカシーのない人たちだと思った。断れるわけがない。
要するに私を出汁にしてストレスを発散したいということだ。
「あ、はい。わざわざすみません」
「じゃあ居酒屋スタートでその後は倒れるまでね? あはははは」
あきらかにパワハラ、セクハラに該当する案件だった。
「はい」
ありがた迷惑だと思った。知らない人たちとの飲食は苦痛でしかない。
静江は憂鬱だった。
参加者は男性行員が4人と女性行員が5人、そして部長と課長だった。
部長は1次会で帰った。
スナックの2次会の途中で帰ろうとすると、課長から引き留められた。
「え~、主役がもう帰っちゃうの~? まだいいじゃん、終電までさあ」
「認知症の母の介護があるので、どうもすみません。今日は本当にご馳走様でした」
ウソを吐いた。
静江はバッグから予め用意しておいた5千円札を入れた熨斗袋を課長に渡した。
「こんなことをしなくてもいいよ、招待なんだから」
「帰りにみなさんでラーメンでも召し上がっていただける位しか入っていませんので」
パートなのだから五千円が妥当だと思った。
「お母さんの介護なら仕方がないね? それじゃあまた今度」
課長は熨斗を受け取って自分の背広の内ポケットに入れた。
抜け目のない男だと思った。それを自分の持金として、この店の支払いをするつもりのようだった。
銀行のデジタルシステムは変わったが、そこで働く人間の本質は変わってはいないようだった。
「それではみなさん、今日はありがとうございました。お先に失礼いたします」
「槇村さん、またね~」
ホームで電車を待ちながら、静江は溜息を吐いた。
課長は静江をどうにかするつもりのようだった。それは今までの経験から分かる。どうして男は女とやりたがるのだろうか?
女をまるで物扱いしている。
同じ女子行員に手を付ければセクハラだ、不倫だと騒がれて出世に影響するが、パートの部外者であれば安全だと考えているのだろう。
課長の脂ぎった顔が目に浮かび、反吐が出そうだった。
(男なんて大っ嫌い!)
静江は週末で混雑している電車のドアに凭れて泣いた。
車窓から見る都会のネオンが涙の海に沈んでいった。
離婚の手続きは事務的に淡々と進んだ。
財産分与も慰謝料も揉めることはなく、弁護士に依頼するまでもなかった。
「それじゃあね」
「ああ、すまなかったな。体に気をつけてな」
白々しい男だと思った。もっと別に言う言葉があるだろうと静江は思った。
静江は改めて前夫を蔑んだ。そしてそんな男を信じて結婚生活を続けて来た自分を憎んだ。
静江は世田谷の家を出て、母がひとりで暮らす浦和の実家へ戻ることにした。
母は喜んでいた。
「離婚して良かったわよ。女は家政婦でも介護師でもないんだから。
これからは自分の人生を楽しみなさい」
やはり結婚とは修行なのだと思った。そしてその修行が終わり、新たな人生が始まった。
試練はあるだろう、だが今までとは確実に違うのは、同じ苦労でも人のためにする苦労ではなく、自分のための修行であれば納得出来ることだと思った。
当分は食べることには困らないが、静江は何か仕事をしようと思った。
結婚する前まではメガバンクで働いていたので、地銀の事務のパートをすることにした。
仕事を始めてみると歳を取ったと感じた。金融システムは格段に進歩していた。
「槇村さん、今日、歓迎会をしたいんだけどどうかな?」
静江は旧姓の槇村に戻っていたが、まだ馴染めなかった。
夫の姓、川村静江が長すぎたからだった。
今日は金曜日、予想はしていたがデリカシーのない人たちだと思った。断れるわけがない。
要するに私を出汁にしてストレスを発散したいということだ。
「あ、はい。わざわざすみません」
「じゃあ居酒屋スタートでその後は倒れるまでね? あはははは」
あきらかにパワハラ、セクハラに該当する案件だった。
「はい」
ありがた迷惑だと思った。知らない人たちとの飲食は苦痛でしかない。
静江は憂鬱だった。
参加者は男性行員が4人と女性行員が5人、そして部長と課長だった。
部長は1次会で帰った。
スナックの2次会の途中で帰ろうとすると、課長から引き留められた。
「え~、主役がもう帰っちゃうの~? まだいいじゃん、終電までさあ」
「認知症の母の介護があるので、どうもすみません。今日は本当にご馳走様でした」
ウソを吐いた。
静江はバッグから予め用意しておいた5千円札を入れた熨斗袋を課長に渡した。
「こんなことをしなくてもいいよ、招待なんだから」
「帰りにみなさんでラーメンでも召し上がっていただける位しか入っていませんので」
パートなのだから五千円が妥当だと思った。
「お母さんの介護なら仕方がないね? それじゃあまた今度」
課長は熨斗を受け取って自分の背広の内ポケットに入れた。
抜け目のない男だと思った。それを自分の持金として、この店の支払いをするつもりのようだった。
銀行のデジタルシステムは変わったが、そこで働く人間の本質は変わってはいないようだった。
「それではみなさん、今日はありがとうございました。お先に失礼いたします」
「槇村さん、またね~」
ホームで電車を待ちながら、静江は溜息を吐いた。
課長は静江をどうにかするつもりのようだった。それは今までの経験から分かる。どうして男は女とやりたがるのだろうか?
女をまるで物扱いしている。
同じ女子行員に手を付ければセクハラだ、不倫だと騒がれて出世に影響するが、パートの部外者であれば安全だと考えているのだろう。
課長の脂ぎった顔が目に浮かび、反吐が出そうだった。
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