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第6話
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毎週日曜日は『蓮の会』の教祖、芦名玄斎の説法の日であった。
静江は初めて玄斎の説法会に早苗と参加していた。
教祖の玄斎は凄まじいオーラを放ち、仙人のような清浄なお姿をされていた。
100名ほどの信者たちが本堂に集い、教祖に手を合わせて低頭していた。
教祖の説法が始まった。
「みなさん、こんにちは。最近は世間も騒がしくなりましたねえ?
お米が高いとか安いとか? アメリカの大統領が法外な関税を掛けると脅して来たり。
夫婦別姓なども国会で議論されているようです。
夫の苗字を名乗りたくない? だったら結婚なんてしなければいいんです、愛がないんだから」
会場からクスリと笑い声が出た。
「お米が高くなったのはスーパーの棚からお米がなくなったからです。どうして? 風評被害です。「南海トラフ地震が来るぞ!」なんてデマが広がり、自分だけは助かりたいと、取り敢えずお米だけは今のうちに買って置かないとと考えたわけです。そしてそのデマを拡散した人たちが今度はお米を買い占めてしまった。いや、デマを流す前に買い漁っていた形跡さえある。そしてお米がなくなり高値になったわけです。
そこのエルメスのスカーフを巻いたご婦人、あなたは備蓄米を購入なさいましたか?」
「はい、先日夫と3時間も並んで買ってまいりました」
「それは大変でしたね? それでもう召し上がってみましたか?」
「はい、すぐに家族で食べてみました」
「どうでしたか? お味の方は?」
「お米に少し臭みがあり、お味も食感もあまり良い物ではありませんでした」
「そうでしたか? いつもは魚沼産のコシヒカリを食べていれば当然のことです」
信者たちが笑っている。
「そしてそのお米がご主人やお子さんのお弁当に詰められて、お昼になってお弁当を食べて思うはずです。「やっぱり備蓄米はダメだな? 高くても美味しいお米が食べたい」と。
するとどうなるでしょう? そちらの奥様」
「安い備蓄米は食べなくなります」
「そうなんです、あの時、あのお坊っちゃんがドヤ顔で放出したお米。農家のみなさんが汗水垂らして作ったお米が家の中で更に備蓄されてしまうのです。そして食べることはなくなり、虫が湧き、捨てられてしまう。
元は美味しいお米だったんですよ。それを出荷せずに倉庫に眠らせて古、古、古、古米に折角の美味しいお米が不味くなってしまうのです。
そしてそれをありがたく食べろというわけです。
そもそもお米を国が備蓄する必要があるんでしょうか? 日本の食糧自給率は僅か30%ほどだと言われています。輸入に頼っているわけです。お米は作れませんか? 減反しているんですよ、日本では。そしてわざわざ高いお米を輸入している。
農業だけではありません、漁師さんたちだってそうでしょう? なぜ輸入してまで日本の第一次産業を衰退させる必要があるのでしょうか?
子供たちや体型を気にする女性たちはパンやパスタがいいという。
どうして? おしゃれっぽく見えるからですか?
いえ、白人たちの陰謀なのです。子供の頃からパン食に慣れさせられているのですから。
戦争に負けるまでコッペパンなんてありませんでした。
ハンバーガーばかりを食べて育っているわけです。手軽で安くて美味しいから。簡単に食べられるから。
昔の日本人はちゃんと正座をしてご飯を食べました。
「いただきます」「ごちそうさまでした」と感謝を込めて。
お母さんの作る母の味は消え、マクドナルドがおふくろの味になってしまいました。
その結果、お米離れが進みました。何のために? アメリカから小麦や牛肉を買わせるためです。
テレビを見るとグルメ番組ばかり。SNSもそうです。世界では今も殺し合いが起きています。それなのに日本では呑気に「あれが旨い」「これが美味しい」と浮かれている。
日本はなんて平和な国なんでしょうか?
大切なご主人や父上、男子や恋人が戦争に強制的に駆り出されることもない。
でもご高齢の方は覚えていらっしゃるはずです、かつて日本もそうであったことを。
戦争体験をあまり語りたがらない人たちがいます。それは戦争で人を殺した経験がある人が多い。
でも本当はそういう人たちが戦争の悲惨さを後世に語り継いでいくべきなのです。
テレビ等のマスコミを信じてはいけません。彼らは与党の手先であり、アメリカの犬だからです。
ではなぜそんな信義にも劣ることを平然とするのでしょうか?
それはこれのためです」
教祖は右手の指で輪を作って見せた。
「そう、お金です。人はみなお金が大好きです。
そのブルーのネクタイを締めたご主人、あなたはお金が好きですか?」
「大好きです!」
本堂がどっと湧いた。
「そうですよね? お金が嫌いな人はおりません。
なぜならお金があればなんでも手に入り、何でも出来るからです。
「愛はお金では買えない」という人もおりますが、確かにお金で愛は買えないかもしれません。でもその人にお金があって欲しい物を何でも買ってくれて美味しい物をたくさん食べさせてくれて、あの大臣さんのようにエステ三昧の生活が出来たらそれでお金が愛に変わるかもしれません。お金は神の叡智なのです。
つまり殆どの物はお金で手に入れることが出来るのです。ではお金とは何でしょうか?
お金とは道具なのです。ゆえに使わなければ何の効果もありません。
一万円札の原価は80円だといわれています。
お金を何百兆円持っていようと使わなければ何も起こりません。
大切なのは「何のためにお金を使うのか?」ということなのです。
10万円の高級フレンチを食べてもウンチになるだけです。
でもその10万円を1万円ずつ10人の恵まれない人たちに差し上げたなら、それは大変有意義なお金の使い方になるということなのです。そう、独り占めしないで分かち合う。
お金には良いお金も悪いお金もありません。でも人殺しや詐欺、不正で得たお金ならそのお金には悪因がついてまわります。
お金はどのように稼ぎ、如何に世の中のために役立てたかでお金の価値は変わります。
『蓮の会』は信者を増やしてお金儲けを企む宗教団体ではありません。もちろん信者獲得も集金ノルマもありません。
どうしたら人間としての本当の幸福を得られるか? それを高めあう我々は家族なのです。
人間は神の下に平等です。私たち一人ひとりが魂を成長させ、自分の周りにいる人たちをしあわせに導いてゆく。
それが『一燈照隅』です。そしてそれが広がり『万燈照国』になるのです。
みなさん、良き道、正しい道をお進み下さい」
本堂では盛大な拍手が湧き上がり、涙する信者さえもいた。
静江と早苗も抱き合って泣いた。
「『蓮の会』に連れて来てくれてありがとう。早苗」
「これからも一緒にがんばろうね? 静江」
ふたりはそう誓い合った。
静江は初めて玄斎の説法会に早苗と参加していた。
教祖の玄斎は凄まじいオーラを放ち、仙人のような清浄なお姿をされていた。
100名ほどの信者たちが本堂に集い、教祖に手を合わせて低頭していた。
教祖の説法が始まった。
「みなさん、こんにちは。最近は世間も騒がしくなりましたねえ?
お米が高いとか安いとか? アメリカの大統領が法外な関税を掛けると脅して来たり。
夫婦別姓なども国会で議論されているようです。
夫の苗字を名乗りたくない? だったら結婚なんてしなければいいんです、愛がないんだから」
会場からクスリと笑い声が出た。
「お米が高くなったのはスーパーの棚からお米がなくなったからです。どうして? 風評被害です。「南海トラフ地震が来るぞ!」なんてデマが広がり、自分だけは助かりたいと、取り敢えずお米だけは今のうちに買って置かないとと考えたわけです。そしてそのデマを拡散した人たちが今度はお米を買い占めてしまった。いや、デマを流す前に買い漁っていた形跡さえある。そしてお米がなくなり高値になったわけです。
そこのエルメスのスカーフを巻いたご婦人、あなたは備蓄米を購入なさいましたか?」
「はい、先日夫と3時間も並んで買ってまいりました」
「それは大変でしたね? それでもう召し上がってみましたか?」
「はい、すぐに家族で食べてみました」
「どうでしたか? お味の方は?」
「お米に少し臭みがあり、お味も食感もあまり良い物ではありませんでした」
「そうでしたか? いつもは魚沼産のコシヒカリを食べていれば当然のことです」
信者たちが笑っている。
「そしてそのお米がご主人やお子さんのお弁当に詰められて、お昼になってお弁当を食べて思うはずです。「やっぱり備蓄米はダメだな? 高くても美味しいお米が食べたい」と。
するとどうなるでしょう? そちらの奥様」
「安い備蓄米は食べなくなります」
「そうなんです、あの時、あのお坊っちゃんがドヤ顔で放出したお米。農家のみなさんが汗水垂らして作ったお米が家の中で更に備蓄されてしまうのです。そして食べることはなくなり、虫が湧き、捨てられてしまう。
元は美味しいお米だったんですよ。それを出荷せずに倉庫に眠らせて古、古、古、古米に折角の美味しいお米が不味くなってしまうのです。
そしてそれをありがたく食べろというわけです。
そもそもお米を国が備蓄する必要があるんでしょうか? 日本の食糧自給率は僅か30%ほどだと言われています。輸入に頼っているわけです。お米は作れませんか? 減反しているんですよ、日本では。そしてわざわざ高いお米を輸入している。
農業だけではありません、漁師さんたちだってそうでしょう? なぜ輸入してまで日本の第一次産業を衰退させる必要があるのでしょうか?
子供たちや体型を気にする女性たちはパンやパスタがいいという。
どうして? おしゃれっぽく見えるからですか?
いえ、白人たちの陰謀なのです。子供の頃からパン食に慣れさせられているのですから。
戦争に負けるまでコッペパンなんてありませんでした。
ハンバーガーばかりを食べて育っているわけです。手軽で安くて美味しいから。簡単に食べられるから。
昔の日本人はちゃんと正座をしてご飯を食べました。
「いただきます」「ごちそうさまでした」と感謝を込めて。
お母さんの作る母の味は消え、マクドナルドがおふくろの味になってしまいました。
その結果、お米離れが進みました。何のために? アメリカから小麦や牛肉を買わせるためです。
テレビを見るとグルメ番組ばかり。SNSもそうです。世界では今も殺し合いが起きています。それなのに日本では呑気に「あれが旨い」「これが美味しい」と浮かれている。
日本はなんて平和な国なんでしょうか?
大切なご主人や父上、男子や恋人が戦争に強制的に駆り出されることもない。
でもご高齢の方は覚えていらっしゃるはずです、かつて日本もそうであったことを。
戦争体験をあまり語りたがらない人たちがいます。それは戦争で人を殺した経験がある人が多い。
でも本当はそういう人たちが戦争の悲惨さを後世に語り継いでいくべきなのです。
テレビ等のマスコミを信じてはいけません。彼らは与党の手先であり、アメリカの犬だからです。
ではなぜそんな信義にも劣ることを平然とするのでしょうか?
それはこれのためです」
教祖は右手の指で輪を作って見せた。
「そう、お金です。人はみなお金が大好きです。
そのブルーのネクタイを締めたご主人、あなたはお金が好きですか?」
「大好きです!」
本堂がどっと湧いた。
「そうですよね? お金が嫌いな人はおりません。
なぜならお金があればなんでも手に入り、何でも出来るからです。
「愛はお金では買えない」という人もおりますが、確かにお金で愛は買えないかもしれません。でもその人にお金があって欲しい物を何でも買ってくれて美味しい物をたくさん食べさせてくれて、あの大臣さんのようにエステ三昧の生活が出来たらそれでお金が愛に変わるかもしれません。お金は神の叡智なのです。
つまり殆どの物はお金で手に入れることが出来るのです。ではお金とは何でしょうか?
お金とは道具なのです。ゆえに使わなければ何の効果もありません。
一万円札の原価は80円だといわれています。
お金を何百兆円持っていようと使わなければ何も起こりません。
大切なのは「何のためにお金を使うのか?」ということなのです。
10万円の高級フレンチを食べてもウンチになるだけです。
でもその10万円を1万円ずつ10人の恵まれない人たちに差し上げたなら、それは大変有意義なお金の使い方になるということなのです。そう、独り占めしないで分かち合う。
お金には良いお金も悪いお金もありません。でも人殺しや詐欺、不正で得たお金ならそのお金には悪因がついてまわります。
お金はどのように稼ぎ、如何に世の中のために役立てたかでお金の価値は変わります。
『蓮の会』は信者を増やしてお金儲けを企む宗教団体ではありません。もちろん信者獲得も集金ノルマもありません。
どうしたら人間としての本当の幸福を得られるか? それを高めあう我々は家族なのです。
人間は神の下に平等です。私たち一人ひとりが魂を成長させ、自分の周りにいる人たちをしあわせに導いてゆく。
それが『一燈照隅』です。そしてそれが広がり『万燈照国』になるのです。
みなさん、良き道、正しい道をお進み下さい」
本堂では盛大な拍手が湧き上がり、涙する信者さえもいた。
静江と早苗も抱き合って泣いた。
「『蓮の会』に連れて来てくれてありがとう。早苗」
「これからも一緒にがんばろうね? 静江」
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