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第13話
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充実した恋愛をしていた。
始めは親子のように歳の離れた息子のような尾形に抵抗はあったが、年下の尾形と付き合うことでいつの間にか自分も若返ったような気分になっていた。
仕事もまどかという天敵も消え、楽しかった。
だがその反面、課長の島崎からの誘いが鬱陶しかった。
「槇村さん、どう今夜? たまには僕と一緒に外で食事でも?」
「ありがとうございます、母が待っておりますので折角ですが」
「少しくらいならいいでしょう? 鰻の旨い店があるんだよ」
「私みたいなオバチャンではなく、もっと若い人を誘ってあげて下さいよ。
課長は人気があるからきっと喜ぶと思いますよ」
皮肉だった。
島崎は行員たちから酷く嫌われていた。
部下の手柄は自分の手柄、自分のミスは部下のせいにして上司に擦り寄り、そうしてのし上がって来た男だったからだ。
「若い子たちは彼氏とデートで忙しいようなんだ。槇村さんは介護しなければならないお母さんがいるから少しは息抜きもした方がいいよ」
「ありがとうございます。ではその母が待っておりますのでお先に失礼します」
「それじゃあまた誘うね? ご苦労様でした」
結局この男は私のカラダだけが目的なのだ。
静江はこの男のエゴにうんざりだった。
尾形とのデートは銀行にバレないようになるべく平日には会わず、週末に遠出したり、静江の家で過ごすことが多かった。
「ウチの両親にも会って欲しいんだ。今度の土曜日はどうだろう?」
うれしかったが躊躇いもあった。それは自分の年齢のことだった。
(必ず反対されるに決まっている)
ご両親に会うことには勇気がいる。静江にはその勇気がなかった。
「嫌われるんじゃないかしら? お母さんとあまり差がない歳だから」
「そんなことは気にしなくてもいいよ。そんな両親じゃないから大丈夫。
実は静江さんのことはもう話してあるんだ。両親は承諾してくれたよ、僕たちの真剣交際を」
だが一度はお会いしてみたい気持ちもあった。
この好青年の両親がどんな人なのか、興味はあった。
週末の土曜日、尾形の実家を訪ねた。
手土産にはお母さんの好きだというフリージアの花束と、お父さんにはカリフォルニアワイン、そして有名洋菓子店のケーキも持参した。
お二人ともホームドラマに出てくるような理想的な穏やかな夫婦だった。
笑顔に品があった。
「はじめまして、槇村静江と申します。これはほんのご挨拶とお口汚しでございます」
「まあありがとう、静江さん。私たちの好みは壮一から聞いているようね? でもこれからは気を使わないでね? 私たち、永いお付き合いになるんだから」
(永いお付き合い? 私、認められている?)
「あらプモリのケーキ? それじゃあさっそくいただこうかしら、美味しいお紅茶があるの、今淹れて差し上げるわね? 私、紅茶には少し自信があるのよ、好きだから。うふっ」
「君の淹れるマルコポーロは最高だからね?」
静江は安心した。
ささやかなお茶会が始まった。
「良かったわ、静江さんのような姉さん女房で。これで壮一も安心ね?
あの子は私が言うのも親バカなんですけど、人に凄くやさしい子なんですよ。壮一は。
必ず静江さんのことを守ってくれると思います。壮一のこと、これからもよろしくお願いしますね?」
「かなり年上ですので、なんだか申し訳なくって。壮一さんにも最初はお断りしたんですよ、私みたいなオバサンではなく、もっとちゃんとした若い女性とお付き合いした方がいいと」
「あはははは 気にしないわよ、私は。私もオバサンだから」
「そういう意味ではなくて・・・」
「冗談よ冗談。ただひとつお願いがあるの」
「何でしょうか?」
「私たち家族はみんなクリスチャンなの。だから静江さんにも洗礼を受けてもらいたいの。
私たちは神の子、イエス様を父としたファミリーだから。どうかしら?」
静江は困惑した。それは『蓮の会』の信者だったからである。
静江は即答することを避けた。宗教は洋服のようなものである。まさか着物にドレスというわけにはいかない。
教祖の玄斎と陰陽師の樹旺のことが頭に浮かんだ。
「すみませんが、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「ごめんなさいね? よく考えてみてね?」
それはつまり洗礼を断れば壮一との関係は終わるということを意味していた。それはイヤだった。
静江は悩んだ。
始めは親子のように歳の離れた息子のような尾形に抵抗はあったが、年下の尾形と付き合うことでいつの間にか自分も若返ったような気分になっていた。
仕事もまどかという天敵も消え、楽しかった。
だがその反面、課長の島崎からの誘いが鬱陶しかった。
「槇村さん、どう今夜? たまには僕と一緒に外で食事でも?」
「ありがとうございます、母が待っておりますので折角ですが」
「少しくらいならいいでしょう? 鰻の旨い店があるんだよ」
「私みたいなオバチャンではなく、もっと若い人を誘ってあげて下さいよ。
課長は人気があるからきっと喜ぶと思いますよ」
皮肉だった。
島崎は行員たちから酷く嫌われていた。
部下の手柄は自分の手柄、自分のミスは部下のせいにして上司に擦り寄り、そうしてのし上がって来た男だったからだ。
「若い子たちは彼氏とデートで忙しいようなんだ。槇村さんは介護しなければならないお母さんがいるから少しは息抜きもした方がいいよ」
「ありがとうございます。ではその母が待っておりますのでお先に失礼します」
「それじゃあまた誘うね? ご苦労様でした」
結局この男は私のカラダだけが目的なのだ。
静江はこの男のエゴにうんざりだった。
尾形とのデートは銀行にバレないようになるべく平日には会わず、週末に遠出したり、静江の家で過ごすことが多かった。
「ウチの両親にも会って欲しいんだ。今度の土曜日はどうだろう?」
うれしかったが躊躇いもあった。それは自分の年齢のことだった。
(必ず反対されるに決まっている)
ご両親に会うことには勇気がいる。静江にはその勇気がなかった。
「嫌われるんじゃないかしら? お母さんとあまり差がない歳だから」
「そんなことは気にしなくてもいいよ。そんな両親じゃないから大丈夫。
実は静江さんのことはもう話してあるんだ。両親は承諾してくれたよ、僕たちの真剣交際を」
だが一度はお会いしてみたい気持ちもあった。
この好青年の両親がどんな人なのか、興味はあった。
週末の土曜日、尾形の実家を訪ねた。
手土産にはお母さんの好きだというフリージアの花束と、お父さんにはカリフォルニアワイン、そして有名洋菓子店のケーキも持参した。
お二人ともホームドラマに出てくるような理想的な穏やかな夫婦だった。
笑顔に品があった。
「はじめまして、槇村静江と申します。これはほんのご挨拶とお口汚しでございます」
「まあありがとう、静江さん。私たちの好みは壮一から聞いているようね? でもこれからは気を使わないでね? 私たち、永いお付き合いになるんだから」
(永いお付き合い? 私、認められている?)
「あらプモリのケーキ? それじゃあさっそくいただこうかしら、美味しいお紅茶があるの、今淹れて差し上げるわね? 私、紅茶には少し自信があるのよ、好きだから。うふっ」
「君の淹れるマルコポーロは最高だからね?」
静江は安心した。
ささやかなお茶会が始まった。
「良かったわ、静江さんのような姉さん女房で。これで壮一も安心ね?
あの子は私が言うのも親バカなんですけど、人に凄くやさしい子なんですよ。壮一は。
必ず静江さんのことを守ってくれると思います。壮一のこと、これからもよろしくお願いしますね?」
「かなり年上ですので、なんだか申し訳なくって。壮一さんにも最初はお断りしたんですよ、私みたいなオバサンではなく、もっとちゃんとした若い女性とお付き合いした方がいいと」
「あはははは 気にしないわよ、私は。私もオバサンだから」
「そういう意味ではなくて・・・」
「冗談よ冗談。ただひとつお願いがあるの」
「何でしょうか?」
「私たち家族はみんなクリスチャンなの。だから静江さんにも洗礼を受けてもらいたいの。
私たちは神の子、イエス様を父としたファミリーだから。どうかしら?」
静江は困惑した。それは『蓮の会』の信者だったからである。
静江は即答することを避けた。宗教は洋服のようなものである。まさか着物にドレスというわけにはいかない。
教祖の玄斎と陰陽師の樹旺のことが頭に浮かんだ。
「すみませんが、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「ごめんなさいね? よく考えてみてね?」
それはつまり洗礼を断れば壮一との関係は終わるということを意味していた。それはイヤだった。
静江は悩んだ。
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